〔理玖side〕
「あの……! すいません!」
沙羅に無視されると思ったオレは、咄嗟の判断で隣の男に声をかける。
「はい」
「あの、こいつ。オレらが連れて帰るんで」
「はっ!?」
「ちょっ、理玖くん!」
オレがいきなり言ったその言葉に驚く沙羅とその男。
「どういうことですか?」
「こいつの兄貴、そこにいるんですよ。酔っぱらってるこいつ任せるの申し訳ないんで、こっちで引き受けます」
「あなたは……?」
不審そうにその男がオレに尋ねる。
「オレは……」
こんな時なんていう?
こいつが好きなのはオレだからって、ホントは言いたかった。
だけど、今のオレはそんなこという資格もなくて。
自分の気持ちについさっき気付いたオレは、こいつのことが好きだからと、もちろんこんなタイミングで言えるはずもなく。
逆にどう説明すればいいのかうまく当てはまる言葉が見つからない。
そう思いながら言葉に詰まっていると。
「お兄ちゃん、みたいなもんなんで……。だから、早川くん、心配しないで」
沙羅は、なぜだかそいつに優しく微笑みかけてそう伝える。
何度もそう言われた言葉。何度もそう思った言葉。
だけど、今こんな風に沙羅の口から告げられるその言葉は、オレにとって胸が痛む言葉なのだと初めて思い知る。
「あっ、そっか。なら大丈夫か」
「ごめんね? 早川くん。わざわざ送ってくれようとしてありがとう」
は? やっぱこいつ送る気だったんじゃねぇかよ。
「いや、オレが楠さん、心配だっただけだし。でも、ホントはもう少し一緒にいたかったっていうのが本音だったんだけど……」
その男は照れながらそんな言葉を沙羅に告げる。
「だから……。もし良ければまた誘ってもいいかな……?」
「あっ、うん。ぜひ」
沙羅はその男の誘いに躊躇することなくすぐにOKした。
そんな沙羅は、どこか知らない沙羅のようで。
目の前でオレ以外の男に優しく微笑みかけて、気持ちを向けている現実に直面して、今まで経験したことないほどの苛立と焦りと切なさが込み上げる。
前に酔っぱらったこいつを助けた時は、明らかこいつが狙われていたのを助けたという状況で、どう考えてもふざけた男だったけど。
多分こいつは違う。
沙羅が理想とする男がそのまま現れたような……。
それだけじゃなく、多分こいつの視線や態度で、沙羅に好意があるのだと明らかにわかる。
沙羅はオレから気持ちは離れないなんて勝手にそう思い込んで余裕ぶっこいて、現実にこんなことがすでに起こっているなんて思いもしなかった。
のんびり沙羅に気持ちを伝える余裕なんてねぇだろ。
うかうかしてたらマジでこいつに沙羅持っていかれる。
そんなんたまるかよ……。
「沙羅。行くぞ……」
そう思ったらいてもたってもいられなくて、オレは気持ちのままこいつと離れさせたくて、沙羅の腕を力強く引っ張って颯人の元へと連れて行く。
「あっ、ごめんね! 早川くん」
それでもまだその男を気にかけてる沙羅に苛立って、その握る力も強くなる。
「ちょっ! 理玖くん! 痛いよ!」
「あっ、ごめん」
そして、ようやくその沙羅の言葉に気付いて、オレはその手を離す。
「あたし、もう大丈夫だから……」
「うん……」
「だからちゃんと一人で帰れるし」
「颯人がそこにいるから、今日は颯人と一緒に帰れ」
「いいよ。そんなこと」
「いいから」
そう話してた時に、颯人が会計を終えて合流する。
「沙羅。大丈夫?」
「颯兄……。もう……。ホント心配しなくて大丈夫だから……」
「うん。そうは思ったんだけどね。オレ以上に理玖が沙羅を心配で仕方なかったみたいだから」
「は!? おい! 颯人」」
いきなりそんなことをぶっこんだ颯人にオレは焦って思わず反応する。
「いいよ。そんな気遣わなくて……」
だけど、沙羅は変わらない反応で……。
「うん。だけど、理玖がさ、ちゃんと家まで送り届けてくれるみたいだから。沙羅は安心して一緒に帰んな?」
「おい!」
「えっ!? 颯兄!?」
またこいつは言ってもないことを勝手に……!
「これはチャンスだと思って、ちゃんと沙羅と話せ」
颯人がコソコソとオレに耳打ちしてくる。
あぁ、そっか。そういうことか。
確かに、無理やりでも話せる状況作らなきゃ、沙羅は一切話そうともしないもんな……。
「オレは茉白が家で待ってるからさ。そろそろ帰りたいんだよね」
そして颯人なりにアシストをする。
「わかった。沙羅はちゃんとオレが送り届ける」
「……え? 理玖くん……? ホントあたし平気だし、理玖くんも帰ってくれれば……」
「いいから。言うとおりにしろ」
颯人のその言葉を聞いて、沙羅は茉白のことを気にしているのかもしれない。
それでオレと二人っきりだもんな。
そりゃこいつも渋るか……。
でも、オレも引かずにはいられないから。
オレはこいつを……沙羅を、全力でオレのもんにする。