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第84話 葛藤


 えっと、なんで今こんななってんだっけ……。


 あたしまだ酔っぱらってる?


 いや、今日はホントにそこまで酔っぱらってない。


 ただ、まだ理玖くんへの傷が癒えなくて、どんな男性も理玖くんと比べてしまって切なくなって、ただあの場から逃げ出したかっただけ。


 だけど、早川くんは、それでも接し方が優しくて、理玖くんを想い出しながらも一緒に話してて嫌な気持ちにはならなかった。


 多分それはあたしに好意を持ってくれているからだと、多分あたしもわかっているから、その好意が今の自分にとっては少し有難かったのかもしれない。



 それもそうだ。


 最初からこれは一葉に聞かされていた話。


 理玖くんのことで落ち込んでいるあたしを見て、それならばと彼を紹介してくれたのだ。



 正直あたしはまだ誰か新しい人を好きになる余裕もなくて、一度は断った。


 だけど、一葉の強い要望で、結局あたしはここに来ることになった。


 一葉の話によると、早川くんは、なぜだか前からあたしが気になっていたらしく、好意を寄せてくれていて、一葉と友達だと知って、あたしと知り合いになりたいとその男性から直接頼まれていたのだと教えてくれた。


 彼は同じ会社の人で、実は同期だったこともその時知った。



 早川くんは同期なのに、どこかしら品があって、優しさと落ち着いた大人の雰囲気を感じる人。


 穏やかな微笑みが似合う、心穏やかになれる人だった。


 理玖くんとは正反対で、多分きっと、理玖くんと出会う前なら、あたしはまさにこの人が理想の王子様だと運命を感じてしまっていたと思う。



 だけど、いくら素敵な人でも、やっぱりあたしには理玖くんだけで。


 あんなに冷たくフラれても、そう簡単にこの気持ちを失くすことは出来なくて。


 一葉にあんな風に堂々と言い放ってはみたけど、そう簡単に諦めることも他の男性に気持ちが向くことも、あたしには簡単なことじゃなかった。



 一葉が新しい恋をして忘れたらいいという気持ちで、他の同期の男性や女性も数人交えて、同期会と称して、開いてくれた今日の飲み会。


 今は理玖くんのいない気楽な場で何も考えず楽しめたことが今の自分には有難かった。



 そして、あたしに好意を持っているのだと、一葉から直接聞かされ彼を紹介されたけど、彼をいい人だとは思いつつ、まだ好きだと感じられる気持ちにまでは動かなかったけれど。


 今気にかけてくれるそんな彼の好意も優しさも、今のあたしには素直に嬉しかった。






 なのに、なぜ、あたしは今理玖くんと二人タクシーに乗っているのか。


 理玖くんを忘れたくて参加した飲み会。


 なのに、その店に理玖くんがいて、なぜかそんな理玖くんに連れて帰られて……。



 いやいや、意味がわからない。


 この状況も理解出来ないし、それ以上にあの時のことを何も気にすることなく、あたしを面倒見てる理玖くんももっと理解出来ない。



 え? あたしフラれたよね?


 あたし話したくないって言ったよね?


 別に永遠に理玖くんと口を聞かないってわけじゃないけど。


 ただ昨日の今日で、全然時間も経ってないのに、理玖くんとどう接していいかもわかんなかったし、自分の気持ちともどう向き合えばいいかわかんなかったから。


 だからあたしは理玖くんと普通に戻れる……、ただの後輩になれる時間がほしかっただけなのに……。


 こんなことしたら全然気持ちに踏ん切りがつかないこと、なんで気付かないんだろう……。


 この自分の気持ちは、理玖くんにとってはただ迷惑なだけで、だから必死にこの気持ちを失くそうと思ってるのに……。


 なんで理玖くんはそんなこと気にせず接してくるわけ……?


 自分があたしじゃダメだって言ったんじゃん!


 もう兄貴ぶらなくていいよ!


 理玖くんにとっての妹もやめて、ただの後輩に戻る、ただそう言えばいいだけ。


 そう言いたいのに、まだこの距離を嬉しく思ってしまうあたしには、そんな言葉もうまく伝えられない。


 理玖くんのそばにいられるなら、変わらずいたいと、そう願ってしまう。


 だけど、きっとこれは颯兄に頼まれたから仕方なくしてくれたことで、理玖くんだって、多分もうあたしが気持ちを伝えてしまった以上お兄ちゃんの代わりなんてしたくないはず。



 うん。あたしには颯兄がいるんだし、大丈夫。


 どれだけ今は辛くても、ちゃんと理玖くんに伝えなきゃ。


 もう理玖くんを好きだなんて言わないから心配しなくていいよって。


 あたしのそんな気持ち忘れていいよって。



 絶対伝える。



 もうこれ以上理玖くんに辛い想いもしてほしくない。


 理玖くんが楽になる状況を作ってあげたい。



 結局心の中でそんな風に思ってるだけで、タクシーの中では、何一つ言葉に出来なかった。


 そして理玖くんもあたしと同じように何一つ話そうとはしなかった。



 話そうって言ったくせに……。


 結局はそういうことなんだよね……。



 あたしは一人また納得をして静かに気持ちを抑え込む。








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