そして、ようやく家の前に着いて、理玖くんが一緒にタクシーから降りる。
「タクシーいいの?」
「いいよ。駅近いしまだ電車あるから」
「そっか」
そんな話をしながら、家の前でたたずむ。
言わなきゃ、ちゃんと……。
「理玖くん……」
「ん?」
優しく答えてくれるその声が今は辛い。
「もう。大丈夫だからね」
「何が?」
「あたしが好きだって伝えたこと。忘れていいから……」
「……えっ?」
「二度と理玖くんには好きだって言わないから、安心して?」
あたしは精一杯平気なフリをして少し無理をしながら理玖くんを見てそう言って笑う。
「はっ……?」
なんでそんな驚いた顔してるの……?
理玖くんにとっては、あたしの気持ちは全部重荷なだけでしょ……?
「もうこの気持ち全部なかったことにするから。あたしも理玖くんのこと忘れる。もう我儘言わない」
「いや、沙羅……」
「だから。もうあたしのことは気にしなくていいから」
「どういう意味……?」
「あたしは理玖くんの妹でもなんでもない。赤の他人。あたしの面倒をこんな風に見ようと思わなくていいし、妹みたいにもう気にかけてくれなくていい」
「いや、ちょっと待てって、沙羅……」
「あたしと理玖くんは、ただの先輩と後輩。ただのお兄ちゃんの親友。ただそれだけ。あたしと理玖くんはそれだけの関係」
あたしはまた泣きそうになるのをこらえて笑って伝える。
「理玖くんはずっと茉白ちゃんを好きでいていいし、誰とでも関係を持てばいい。あたしを選んでほしいなんて二度と言わないから……。だから、理玖くんは安心して自分の思うようにしてね」
あたしなりの小さな強がりと嫌味を入れた言葉を最後に理玖くんに告げる。
ホントは茉白ちゃんじゃなくあたしを好きになってほしかったし、どんな女性ともこれ以上関係を持ってほしくなんてなかった。
ホントはあたしだけの理玖くんでいてほしかった。
だけど、どうやったって、理玖くんはあたしのモノにならないから。
どうしたって、理玖くんはあたしじゃダメだから。
それなら、この気持ちを諦めるしか、方法がない。
どれだけ時間がかっても、どれだけ辛い想いをしても、あたしはただその努力をし続けるしかない。
あたしの気持ちを理玖くんに負担に感じることだけはしてほしくないから。
「今までありがと。理玖くん」
「沙羅……!」
「だけど、最後にこれだけ言わせてね。理玖くんに再会出来て、理玖くんを好きになれて、ホントに楽しかった、ワクワクした、ドキドキした、幸せだった。ホントに大好きだったよ、理玖くん」
あたしは溢れてくる涙をこらえきれず、そのまま流しながら、精一杯の笑顔を理玖くんに返す。
最後に泣いてごめんね。
最後に重い気持ち伝えてごめんね。
好きになって、ごめんね。
だけど、最後はごめんじゃなく、ありがとうで、この恋を終わらせたかったから。
このごめんねは、心の中で伝えるだけになってしまうけど……。
「バイバイ理玖くん」
あたしはあの部屋で一人呟いたその言葉を、ようやく理玖くんに伝えた。
「ちょっと待って沙羅! オレの話聞けって!」
あたしの言葉を聞いてさすがに理玖くんも動揺したのか言い訳したかったのか、珍しく理玖くんらしくない叫ぶ姿を目にする。
だけど、これ以上一緒にいるのが辛くて、あたしはその声を後ろに聞きながら、家の中に入って、理玖くんの姿もその声も消した……。
やっぱり言葉にすると、まだこの理玖くんへの想いが痛いほど悲鳴を上げる。
こんなにも好きなんだと、まだあたしの心に訴えてくる。
だけど、どうしようもないこの想いは、いつまでもこのままにするわけにはいかなくて。
いつか自分でこの気持ちを失くさないと、きっともっと辛くなる。
今なら多分まだ間に合う。
この気持ちが、心が、本当の意味で壊れてしまう前に、あたしがあたしを救ってあげなきゃ。
理玖くんを好きな自分のままでずっといたいから。
あたしは理玖くんにちゃんと別れを告げた。
これからはただの後輩として……。
ただそれだけの存在として……。