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第86話 気になる言動①


 理玖くんに自分から一方的なさよならを告げてから数日。


 完全に気持ちが整理出来たわけではないけど、仕事上の付き合いはどうしても理玖くんとしなければいけないだけに、とりあえずは自分なりに必要最低限の会話だけをして、なんとか冷静を保ちながら仕事をしている。



 そんな中、仕事の資料を保管室で探していると。


「高宮さん」


 入口の方で理玖くんの名前を呼ぶ女性の声が聞こえる。



 えっ、今入ってきたの理玖くん? しかも女性と一緒?



 保管室の奥にいるあたしは入口から見えない場所で。


 多分理玖くんもその女性も、あたしがいることはきっと気付いてはいない。



「お話いいですか?」


「えっ、あっ、うん」



 この場所に理玖くんが来たことでさえ後々気まずいのに、そのうえその女性はこんなタイミンクで何かを話そうとしている。


 そんな二人の会話を盗み聞き状態になっているあたしは、入口を塞がれている状況で、出て行きたくても出て行けなくて仕方なくその場で待機する。



「あの……。もう二人で会えないってどういうことですか? あたし何かしちゃいましたか?」



 その女性は今にも泣きそうな声で、理玖くんに伝える。



「いや。君に原因があるわけじゃないよ。オレの問題」


「高宮さんの問題って……?」


「好きな子が出来たから……。オレもうその子以外考えられないんだ。ごめんね」



 え……? 今まで茉白ちゃんを好きなうえで、そういう付き合いしてたのに、なんで今更……?



「それって彼女出来ちゃったってことですか?」


「いや……。自分の気持ちまだ伝えられてないから。でも諦める気ないし、オレが真剣だってことわかってもらうつもり」


「そうなんですね……。高宮さんにそこまで好きになってもらう人羨ましいです……」



 その女性は弱弱しく残念そうに呟く。



 茉白ちゃんには颯兄がいるのに気持ち伝えるってこと……?


 今までずっと我慢してたのに、あの日がきっかけでその気持ちが抑えられなくなったのかもしれない……。


 理玖くんのそれほどの茉白ちゃんへの強い想いを聞いて、あたしの胸もまだ変わらず痛む。


 その女性に、あの日フラれた自分の悲しい恋心が重なって、あの切なさをまた自分も思い出してしまう。



「その子にはオレがどれだけ好きか、これからちゃんとわかってもらうように頑張ろうと思ってる」


「高宮さんがそれほど好きになる女性だなんて……。よっぽど素敵な人なんでしょうね」


「……そうだね。オレにとってその子じゃないと意味ないから。オレにとって一番大切な存在」



 そんな風に語る理玖くんの声からも、ホントに茉白ちゃんが大切なんだと伝わる。



「わかりました。じゃあ、またお仕事で何かあった時は、変わらずよろしくお願いします」


「もちろん。またこれからもよろしくね」



 その女性はそんな理玖くんの話を聞いて悲しんでいた感じだったのに、意外とあっさり納得する。



 あたしはあの時、あんなに未練たらしく引き止めてたのに……。


 この女性はそれくらい軽い感じなんだ。羨ましい……。


 やっぱ理玖くんにはあたしみたいな本気で重い女は絶対迷惑でしかないよね。


 はぁ……。あたしは結局まだ変われずにいる自分に嫌気が差して、思わず溜息が零れる。



「何。盗み聞き?」



 今度はすぐそばで聞こえる声。


 その声のする方を見ると、腕を組んで資料の棚にもたれかかりながら、こっちを見つめている理玖くんがいた。



「え!?   いや……、そっちが後から入ってきて、勝手に話してたんじゃん」



 急に目の前に現れた理玖くんの存在と、盗み聞きを指摘されたことに焦って、あたしは思わず反論する。



「ふ~ん」



 意味ありげに反応する理玖くんが気になりつつも、あたしはそのまま目の前の資料を棚からまた探し始める。


 すると、明らか感じる視線。


 その視線が気になって横目で理玖くんを見ると、あたしをじっと見つめているのに気付く。



「な、何?」



 あたしはその視線が耐えきれなくて、探す手を止め理玖くんの方を向いて声をかける。



「ようやくちゃんと目合った」


「え?」


「3日」


「え、何が……」


「沙羅がオレとまともに目合わそうともしなけりゃ、会話もしなかった日数」


「そう、だっけ……。てか、仕事でちゃんと話してるし」



 自分で思い当たる節はあったけれど、なんとなくそれを認めたくなくて、そう誤魔化しながら視線も理玖くんからずらす。



「仕事ではな。だけど、お前あんま目も合わそうともしないし」


「いや、それは……」



 目を合わすと気持ちがブレそうになるからとは言えず、そのまま黙り込む。



 平気なフリをしてあっけらかんと気楽に接しようとまで思ってたはずなのに、実際のあたしは目を合わす勇気も、自然に会話することすらも出来なかったのが現状だ。


 今まで自然に接しすぎただけに、一度強く意識してしまってからそこからまた元に戻るという方法は、恋愛初心者のあたしには到底難しかった。



「そうやってずっと逃げ続けるつもりかよ」


「逃げ続けるって……」


「職場でも一緒なのに、オレ無視し続けるとか無理だろうが」


「別に無視し続けるわけじゃ……」



 最もな指摘ばかりされて、あたしはどれも強く言い返すことが出来ない。



「別に問題ないじゃん。仕事には別に支障ないんだし……」



 責められてる理玖くんと目を合わすことが出来なくて、あたしは少しずつ反論する声も小さくなっていく。



「オレ的には問題あるんだよ」


「なんで」



 その言葉に思わず反応して理玖くんの方を見ると、変わらずまっすぐあたしをじっと見つめていた。




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