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第90話 諦めたいのに


 理玖くんのことは、きっと自然に忘れていける。


 早川くんとちゃんと向き合ってみよう。


 他に好きな人が出来たら、理玖くんへのこの気持ちもいつか忘れられるはず。


 早川くんを好きになれたら、今度こそあたしの理想の恋愛が出来そうな気がする。



 あたしは、早川くんのおかげで、少し気持ちが前向きになったまま、それから自宅へと向かった。



 自宅に着き、玄関で靴を脱いでいると。



「おかえり。沙羅」


「ただいまぁ。って、え? 颯兄? あっ、そっか、しばらくうち帰ってくるって言ってたっけ」



 玄関で出迎えてくれた颯兄に気付いて、前に聞いてた話を思い出す。



 そういえば大阪に行く前に今住んでる部屋の更新の関係で、向こうに行くまで何日か実家に帰ってくるって言ってたな。


 もうその時期になっちゃったんだ。


 じゃあそろそろ向こう行く時期が近づいてるということ。


 理玖くんは茉白ちゃんがいなくなる前に気持ち告げようとしてるのかな……。


 たまたま知ってしまった理玖くんの強い決意を、さすがに颯兄にも言えず、内緒にしてるような気がして少しモヤモヤする。


 理玖くんの気持ちは報われてほしいとは思うけど、でもこれから新生活をしようとしている二人の邪魔になっちゃったりするのもな……。


 どちらも幸せになってほしいあたしは、なんだか一人で複雑な気持ちになる。



「あっ、沙羅、帰ってきたんだ。おかえり」



 すると、さっき聞いた言葉が、またどこからか違う声で聞こえる。



「え!  理玖くん!?」



 そこには、上半身裸で風呂上がりであろう姿に、首からタオルをかけ濡れ髪をゴシゴシと拭いている、なぜかいるはずのない理玖くんが見える。



「えっ、何してんの?」


「風呂入ってた」


「うん。それは見たらわかるけど……。なんで理玖くんが今うちのお風呂に?」



 すべてが意味不明すぎて、一つ一つ聞いていくのも面倒なくらい。



「あっ、今日理玖うち泊まるから」



 颯兄が理玖くんの代わりに答える。



「えっ? 泊まるとは?」


「今日近くで理玖と飲んでたんだけどさぁ。飲み足りなくて家一緒に来たんだよ。で、遅くなったから明日会社休みなら泊まってけばってなって」


「そういうことー」



 理玖くんが颯兄の隣に立って、颯兄の肩に肘を置き、そう言いながらこっちに向かって二ヤッと笑う。



 っていうか、上半身裸の濡れ髪の破壊力……!


 頼むから人の家の玄関で、しかもあたしの前でそんな色気全力出したりしないでほしい……!


 ついさっきまで早川くんのこと考えようとか思ってたのに。


 この男の破壊力ですべて吹っ飛んだ。


 あぁ、まだあたしってばチョロいままだ。


 諦めなきゃいけないと思ってるのに、目の前でこんな色気見せられてドキドキしちゃうし、今日泊まると聞いて、なんだかんだ言いながら喜んでしまっている自分がいる。


 会社の保管室でも平気なフリしてたけど、あれもあれでホントはドキドキして仕方なかった。


 ずるいよ、理玖くん。


 諦めようとすればするほど、なぜか距離を縮めてくる。


 それもきっとたまたまだったり、気まぐれなんだろうけど……。


 結局振り回されるこっちの身にもなってほしい。



 それから二階に上がり自分の部屋に戻ろうとすると。



「沙羅」



 部屋のすぐ前で、背後から名前を呼ばれる。



「理玖くん……」



 後ろを振り向いてそこにいた理玖くんの名前を呼ぶ。


 今度はちゃんと服を着ていて、少しホッとする。



「遅かったな」


「あっ、うん」


「楽しかったか?」


「まぁ……うん」


「飲み過ぎなかったか?」


「うん……」


「なんだよ、歯切れわりぃな」



 あたしの反応を見て、そう言って笑う理玖くん。



 なんだろう。なぜかさっきまでの早川くんとのやり取りを思い出すと、つい反応に困ってしまう。



「もしかして……なんかあった? あの早川ってヤツと」


「えっ!? なん、で!?」



 ドンピシャに言い当てられて、動揺したまま反応する。



「やっぱな……。お前なんか隠す時、いっつもそういう反応してるし」


「えっ」


「お前嘘つけねぇし。なんかやましいことあったら、そうやって歯切れ悪くなんの気付いてなかった?」


「やましいことなんて、別に……」


「お前、最近ずっとそんな反応だよな」


「ずっと、って……?」


「そうやってずっとオレに対して濁した反応ばっかしてる」


「あっ……」



 確かにそれは自覚はあった。


 自分の気持ちを隠して、自分の気持ちを抑えて、理玖くんの前では、ずっとホントの言葉を隠していた。


 言い聞かせるように呟いてただけのその言葉を、感の鋭い理玖くんはきっと気付いてたってことなんだ……。



「オレは……。いつものお前らしくいてほしいんだよ。今のお前はお前らしさがなくなってる。……って、そうさせたのはオレなんだろうけど……」


「わかってんじゃん……」


「で。どうなの?」


「何が……?」


「あいつと何があった……?」



 また真剣な目で見つめてくる。



 最近の理玖くんの視線が今までと違う気がして、少し戸惑ってしまう。


 ここまで気にかけてくるのがどういう意味かがわからない。


 だけど、あたしはそんな理玖くんの気持ちを知りたいと思ってしまう。




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