「なんで、そんなに、気になるの……?」
「なんでだと思う……?」
そう言って少し意味深な視線と表情で、理玖くんがあたしに聞き返す。
上半身は着たものの、まだ濡れていた髪は乾いていなくて、少しずつ髪から滴り落ちる雫が、理玖くんの色気を増す。
あたしはこんな時でも、そんな理玖くんに目を奪われそうになって、結局心は簡単にまだ惹かれているのかと切なくなる。
そして、そんなあたしの心をいたずらにいつまでも振り回す理玖くんと、さっきまでストレートに気持ちを告げてくれた早川くんを比べて、少しガッカリしてしまう。
元々そんな駆け引きの正解なんてあたしにはわからないし、今のあたしにはこういう駆け引き自体が辛い。
素直に好きだと伝えてくれた早川くんみたいな人の方が、心穏やかになれるのは確かだ。
「理玖くんは、やっぱりずるいよね……」
「なんで……?」
「好きな人がいるくせに、そんな風に思わせぶりな態度……。あたしには残酷だよ……」
だから、つい思ったままの言葉が出てしまう。
「いや、違う。沙羅……」
すると、さすがに理玖くんも動揺したのか、すぐに表情を変えて、あたしの方に近づこうとする。
「早川くん」
「え……?」
「早川くんに、好きって言われたよ……」
「は……?」
なんで理玖くんそんなに驚いた顔してんの?
そんなにあたしが誰かにそんな風に言われるのが信じられないのだろうか。
だけど、素直に伝えてくれる早川くんの気持ちが嬉しくて、だけど理玖くんはやっぱりいつまでも意地悪で。
そんな風に思ったら、理玖くんの意地悪に反抗したくなって、言うつもりもなかった早川くんのことを話してしまっていた。
「だから、もういいよ。理玖くん」
あたしは少し切なくなりながらも少し笑いながら、理玖くんに伝える。
別にこれを伝えたからって、何も変わりはしないけど。
きっとこれは最後のあたしの悪あがきだ。
「最近なんかずっと構ってきて意味わかんないけど、フッたこと気にしてるならもう大丈夫だよ。早川くん、すごいいい人でさ。好きって言われて素直に嬉しかったし、ホントに好きでいてくれてるの伝わってきたんだよね」
早川くんのことを話すあたしを理玖くんは複雑な表情をしながら見つめて黙って聞いている。
「だから……、多分、早川くん好きになると思う。今度こそ理想の人に出会えたって感じするし、きっと早川くんとなら幸せになれる気がする」
あたしはもうこれ以上理玖くんにあたしの気持ちを重荷に感じてほしくなくて、そしてあたしも諦める決心がつくように、精一杯の笑顔を返して理玖くんに強がりめいた言葉を告げる。
そんなあたしを見て、結局理玖くんは何も言わない。
なんの動揺もしてないってことか……。
結局は何も変わらない理玖くんとの関係にガッカリする。
ほんの少し、ほんの少しだけだけ、ホントは期待していた。
最近の理玖くんの言動が、もしかしたら、少しでもあたしを意識してくれてるのかなとか、気にしてくれてるのかなとか、やっぱりそんなこと思ったりしてしまった。
だってあんなに勘違いさせるような素振りや言葉……。
うん。その時はそう思ったけど、やっぱり理玖くんにとってはそれは意味のないことで、あたしの望みと同じじゃなかったってことだったんだよね……。
やっぱり期待するんじゃなかった。
やっぱり諦めなきゃいけない人だった。
あたしは笑っていた表情が、どんどん涙で歪みそうになって、理玖くんに見られたくなくて背中を向ける。
そして、「じゃあ……」と理玖くんに告げて自分の部屋に入ろうとしたら、その瞬間……。
……え? ちょっと待って。何これ。今何が起きてんの……?
信じられないことが自分に起こっていて、脳内がいきなりパニックになる。
「何がいいんだよ。全然良くねぇよ……」
悲しそうに呟く理玖くんの声が、すぐ背後で耳元で聞こえる。
あたしの体は、なぜか後ろから理玖くんにガッツリと抱き締められていて、すぐそばに理玖くんを感じている。
どうしてあたしは理玖くんに抱き締められてるんだろう……。
ありえない現状に、あたしは今起きてることがまったく理解出来ない。
「返事……したのかよ」
耳元で呟くその言葉も、どうしてか都合よく悲しそうに聞こえる。
「あいつと、付き合うの……?」
なんでそんな弱弱しく聞いてくるの……?
今までこんな理玖くんの不安そうな声聞いたことなくて……。
後ろから抱き締められたままで見えないでいる理玖くんが、今どんな顔してるのか、気になって仕方ない。
その言葉と、その声と、この抱き締められてることで、あたしの思考はまた勘違いしそうになってしまう。
理玖くんは茉白ちゃんが好きなはずなのに。
あたしはとっくにフラれてるはずなのに。
頭ではわかっていても、まだ未練が残っているあたしは、こんな風に抱き締められて心臓がドキドキして死にそうで、理玖くんの呟く言葉すべて意味があるんじゃないかと期待してしまう。
「なぁ、沙羅……」
そう呟いたと同時に、あたしを抱きしめる力が更に強くなる。
ギューッと強く抱き締められたその腕から、どうしてかその言葉通りの理玖くんの想いが伝わってくるような気がして、あたしは何も言えなくなる。
「どうして……。理玖くん……。なんで、こんなこと……」
その中で言葉に出来たのは、そんな問いかけで。
「もう……これ以上沙羅を失いたくない……」
耳元で聞こえるか聞こえないかの声で、囁いた理玖くんの言葉に、あたしは驚いてしまう。
それってどういう意味……?
だけど、今までそんなニュアンスの言葉何度も理玖くんは言って来て、そしてそれはすべて妹的な感情なのだと、結局何度も思い知ることになる。
勘違いしちゃいけないと思っているのに、耳元で聞こえるその声と、抱き締める腕の強さから、信じたいと思ってしまう。
抑えていた理玖くんが好きだという想いが、またどんどんと溢れ始める。
「他の男なんて見んな。他の男なんて好きになんな。オレだけを好きでいて……」
ギューッと抱き締めながら、力強く、だけど切ない声で、理玖くんがあたしの耳元で呟く。
そんな理玖くんの言葉を聞いて、あたしの胸もギューッと締め付けられる。
さっきはあんなストレートな早川くんの告白が嬉しかったはずなのに、勘違いかもしれないそんな言葉でも、やっぱり理玖くんに言われてしまったら、こんなにも胸がドキドキして、早川くんの時よりも何倍も何百倍も嬉しいと思ってしまう。
どこまでの気持ちかわからなくても、そんな言葉だけであたしは単純に喜んでしまう。
だけど、きっと気まぐれな理玖くんだから。
勘違いしちゃいけないんだよな。
ずっと近くにいたあたしが誰かの所に行くのがきっと寂しく感じただけなんだ……。
あたしは何度も裏切られたせいで、自分にそう言い聞かせ、理玖くんのこれも全部勘違いしないようにと、そう思おうとしたら……。
今までで一番ありえない衝撃的な言葉を、理玖くんはあたしに告げた――。