そして、家の前に停めてあった理玖くんの車に乗り込む。
「悪かったな。いきなりこんな強引に誘って」
少し走り始めた頃、理玖くんが声をかける。
「いや、別に予定もなかったし」
「無理してない?」
「無理は、してない……」
「なら良かった。まぁ断ってもどっちにしろ連れて来てたけど」
「えっ!? 拒否権ないの!?」
「っていうか、オレがもう我慢すんのやめようって決めたから」
「我慢……?」
「そう。茉白の時みたいな我慢。沙羅だけは……、絶対他の男に奪われたくないから。だから、我慢も遠慮もしない」
そんなことをいう理玖くんが、あまりにも別人すぎて、あたしはそんなストレートな言葉にも、何かまだ理玖くんの違う気持ちが隠されているんじゃないかと思ってしまう。
あんなにも茉白ちゃんを好きだった理玖くんが、あたしにどれだけストレートな言葉を伝えてきても、どこかで信じられない疑念がどうしても拭えない。
最初にこの車に乗った時は、あんなにもワクワクして幸せだったのに。
あんなにも理玖くんの気持ちが溢れていっぱいだったのに。
理玖くんのそんな言葉にそのまま何も反応出来ずにいると。
信号が赤に変わったタイミングで、理玖くんはハンドルの上に両腕を置きながら少し体を預け、「沙羅」とあたしを見つめながら名前を呼ぶ。
それに気付いて、運転席の理玖くんを隣から見つめ返す。
「沙羅。今日は全部信じて」
「信じるって、何を……?」
「今日オレが沙羅に伝えること。全部ホントの気持ちだから。一切誤魔化したり嘘ついたりしない」
「うん。わかった……」
「オレがどれだけ沙羅が好きかちゃんと伝えていくから」
そう言って、あたしを見つめながら優しく笑う。
その微笑みにその言葉に、あたしは視線を合わしながらただ固まる。
理玖くんとあたしの関係でそんなことを言われて、どんな風に反応すればいいのかわからない。
きっとフラれる前なら、そんな言葉を言われたら、天にも昇るような気持ちだった。
嬉しすぎて、きっとはしゃいで大変だった。
だけど、一度経験したあの傷は、ちょっとしたトラウマみたいな
その言葉を信じたいと思うより前に、その自分の傷を守ろうとしてしまう。
そんな自分が悲しい。理玖くんの言葉を素直に信じられないことが悔しい。
理玖くんのことホントに大好きだったからこそ、また好きになって裏切られて傷つくのが怖い……。
やっぱり茉白ちゃんが好きだって、忘れられないってまた言われたら……。
そんな風に考えてしまう自分が嫌になるけど、二度とあんな辛い想いはしたくない。
もうこれ以上理玖くんのことで傷つきたくない……。
そう思うのに、何も答えられないあたしを嫌になったらどうしようとか不安になったりもして……。
恋ってこんなに難しいことなんだな……。
信号が変わっても何も言えないあたしに、特に何も言わずにそのまま運転をしている理玖くん。
「ごめんね。ちゃんと答えられなくて……」
「フッ。沙羅は思った通りにしてくれたらいいよ。沙羅に伝わるのは長期戦だと思ってるし。それだけのことオレがしたんだから」
少し気落ちしながら理玖くんに伝えるも、優しい言葉を返してくれる。
「うん。ありがと」
「あっ、でも……」
「でも……、何?」
「オレの気持ちに無理に応えようとはしなくていいから、一つお願い聞いてくんない?」
「お願い……?」
理玖くんはそう伝えたあと、「今から行く場所でそのお願いを聞いてほしい」と言い、あたしはどこに向かっているかもわからないまま、その場に到着するまで聞くのを待った。
「ここ……。なんで……?」
そして目的地に到着して、前に来た事あるその場所に気付いて理玖くんに尋ねる。
「もう一回、オレのために料理作ってほしい。これがオレのお願い」
前に買物に来たショッピングモールの駐車場で理玖くんがそんなことを言った。
「え……?」
「ごめん。これはオレの我儘。あの時作ってくれた沙羅の料理。マジでうまかった。だけど、ちゃんと味わいたい。沙羅がオレのために作ってくれる料理。また同じように。あの時のリベンジさせてほしい」
理玖くんは運転席から助手席のあたしの方に体を向けて、「頼む」と言って頭を下げる。
「ちょっ、やめて! 理玖くん。頭なんて下げないで!」
理玖くんの行動に驚いたあたしは、理玖くんの体を起こして、それをやめさせる。
「ホントに後悔してる。あの日のこと。どれだけ沙羅がオレを想って作ってくれたのか、どれだけ辛い想いをしてあの部屋に一人いたのか……。今はそんな過去のオレを殴り飛ばしてやりたいくらいだけど、現実的にそれは出来ないから……。だから、あの日のことを忘れてとは言わないけど、でも、やり直させてほしい。沙羅に悲しいままの記憶でいてほしくない。悲しい想いさせた記憶をオレが幸せな記憶で上書きしたい。これはホントにオレの勝手なお願いだけど……、でも頼むから聞いてほしい」
そしてまたさっき以上に頭を下げて頼み込む理玖くん。
そのお願いしてくる声は、切実で。
あたしに頭を下げるなんて今までの理玖くんから考えたら絶対ありえないこと。
そこまでするほどその時のことを後悔してくれていて、それほど自分のことを想ってくれているのだとわかって胸が痛む。
「わかった。わかったから。もうこんなことしないで」
「なら……。いいってこと?」
頭だけ上げてあたしを見る理玖くん。
「うん。作るよ。でも同じのしか無理だよ。他のまだ練習してないから」
「もちろん! あれでいい。あれが食いたい」
そう言いながら嬉しそうな顔をして、あたしの両腕を掴む。
そして、「ありがとう沙羅」とまた微笑みながら、今度はあたしの両手を取り、沙羅に包み込むように両手で握り締める。
今理玖くんとこういう関係性になって、初めての理玖くんがたくさん見える。
こんなにいちいち嬉しそうにするとことか、必死に頭まで下げてお願いするとことか、ストレートに気持ちのまま言葉にして伝えてくるとことか……。
どれもそれはあたしに向けられているもので、今までのあたしには決して向けられなかったもの。
こんなに感情が豊かで素直に表現する人だなんて知らなかった。
だけど、今そんな理玖くんを知っていくことで、好きの想いが少しずつ変化していく。
それは好きが小さいとか大きいとかそういうのじゃなく、初めて理玖くんの本当の部分を見せてもらえたような、人間らしさを感じられる嬉しさ、みたいな。
ちゃんと向き合えてるようなそんな感覚。
それならあたしは……?
ここまで丸裸で素の理玖くんを見せてくれてる理玖くんに対して、あたしはこんな意地張ったままでいいの……?
こんな可愛くない自分のままじゃホントに好きにはなってもらえないよね……。
こんなのあたしじゃないよね……。
「じゃあ、理玖くん。あたしからもお願いしてい?」
「えっ?」
「今からあの日のことは二人とも忘れよう。今日はあの日のやり直し。二人の初めての日として、あたしも今日は理玖くん好きな自分に戻ってい……?」
もう一度あの時間に戻れるなら、今度こそあの日知ることが出来た幸せを味わってみたい。
「あぁ。もちろん。オレが好きな沙羅に戻ってくれるのすげぇ嬉しい。あっ、でも一つだけあの日には戻れないことがある」
「え……?」
「今はもうオレは沙羅が好きだってこと」
「理玖くん……」
「だから。沙羅はちゃんと今のオレを受け止めてほしい」
「うん……。ちゃんと今の理玖くんと向き合う」
まっすぐ見つめて伝えてくれた理玖くんに、あたしもまっすぐ見て伝える。
「ありがとう沙羅」
あの日のやり直しだけど、過去じゃない今の二人としてのやり直し。
次こそは、きっと望んでいたあの日のように……。