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第96話 あの日のように


 それからスーパーで一通り前と同じレシピの材料を揃えた。


 あの日絶対成功したかったから、ホントにたくさん練習して今では唯一の得意料理になった。


 そのおかげでいきなりお願いされても、材料も無事揃えられたし作り方もどれもバッチリ覚えている。


 正直理玖くんからあの日の料理を作ってほしいってお願いされた時は驚いたけど、あたしもあの悲しい記憶のままで終わるのはちょっと悲しかった。


 もう二度とあの時間を過ごせないと思ったし、あの料理を食べてもらえないんだって、すごく悲しかったけど、でも今日リベンジ出来たら、なんかあたしの気持ちもリセット出来るようなそんな気がして、また作りたいと思った。


 材料を揃え、理玖くんの家のキッチンで、買ってきた材料を準備し始める。


 すると、キッチンになぜか一緒にいる理玖くん。



「理玖くん。どしたの? また出来るまで好きなことしてくれてていいよ」


「あぁ。今日はちょっと見ててい?」


「え!?」


「沙羅がどんだけ頑張って作ってくれるのか、ちゃんと見てたい」


「え~。そんなの緊張しちゃうじゃん」


「てか、ホントはずっと沙羅のそばにいたい。沙羅見てたい」



 キッチンの隣で理玖くんが立ちながら、材料を用意してるあたしの顔をそう言って覗き込む。



「はっ!?  何言ってんの理玖くん!?」



 急に甘い言葉をぶっこまれて、あたしは動揺しまくってしまう。



「言っただろ。今日はホントのことしか言わないって」


「言ってたけど……」


「不思議だよな。好きだって自分で認めたらさ、もう好きって気持ちが溢れて止まらないんだよ。その気持ち全部伝えたくなる」



 穏やかになんの戸惑いもなく、あたしに微笑みながらそんな言葉をいう。



「えっ、ホントに理玖くんだよね……?」



 あまりにも別人のようで、あたしは思わず聞き返してしまう。



「何が」


「今日ずっと理玖くんじゃない人みたい……」


「そうさせたのは沙羅だろ」


「えっ、あたしなの!?」


「そりゃそうだろ。今までこんな気持ち誰にも思わなかったし」


「そう……なんだ……」



 そう言って、隣で覗き込みながらニコニコしてあたしを見る理玖くん。



「ねぇ。待って。ホント理玖くんじゃないみたいで困る!」



 あたしはあまりのその視線に耐えられなくなって、材料を置いて隣の理玖くんに告げる。



「お前がそうさせたんだから早く慣れろ」


「慣れろって言われても……」


「オレさ。嬉しいんだよね」


「え? 」


「今まで茉白好きでいることでさ。好きって気持ち誰にも言えなかった。そんな気持ち当然伝えるなんてこと出来なかったし、自分でその気持ち存在させることでさえないことにしようとしてた。だけどさ、沙羅を好きになって堂々と好きって言えることがこんな嬉しいんだって初めて知れた。……沙羅の気持ちが追いついてなくてもそれでもいい。ただオレがその気持ち伝えたいだけ」


「理玖くん……」


「沙羅は……?」


「え?」


「沙羅はいつからそんな気持ち隠してた……?」


「え……」



 理玖くんが真剣な顔をしてあたしに尋ねる。



「きっと沙羅も同じ気持ちだったんだよな? オレとずっといることで、きっとホントの気持ち言えなくて辛い想いしてたんじゃないのか?」


「それは……」



 なんでそういうとこ気付くかな。


 あたしなんかよりずっと何年も、一人で抱えて辛い想いしてきたのは理玖くんなのに。


 一人で誰にも言わずに抱えてきたその想いと時間は、それだけ理玖くんが優しいという証拠だ。



「茉白のこと沙羅に言わなければ、沙羅もそんな辛い想いしなくてもよかったかもだよな……」


「理玖くんは悪くないよ。理玖くんは自分だけ我慢して、犠牲になって、皆を守って優しかっただけ」


「いや、オレは壊す勇気がなかっただけだよ。結局自分自身をオレも守ってたのかもな……」



 そう呟きながら何かを思い返しているような、少しそんな寂しそうな表情をする。



「理玖くん。あたしは、茉白ちゃんを好きな理玖くんだから、好きになったんだよ?」


「え?」


「誰にも言わず自分だけ我慢して、茉白ちゃんだけじゃなく家族や颯兄のこと、皆を守ってた、そんな優しい理玖くんだから好きになったんだと思う。だからそんな理玖くんを、あたしが守ってあげたいって思ってた」


「じゃあ……、沙羅は、茉白を好きなオレだってわかってても、好きでいてくれてたってことだよな……?」


「そうだよ。それだけ守ってもらえて一途に好きでいてもらえる茉白ちゃん。羨ましいって思っちゃった」



 あたしはちょっと照れくさくて笑って隣の理玖くんに伝える。


 そしてまた料理の手を動かそうとすると……。



「沙羅。ごめんな」


「えっ、何!?」



 理玖くんはまた後ろからあたしを抱き締める。



「これからは沙羅だけを守る。沙羅のこともう絶対傷つけないから……」



 そう言ってまたギュッとしてくれる理玖くん。


 囁くように伝えるその言葉は、理玖くんの表情が見えなくても、なぜだかすごく気持ちが伝わってくる。



「うん。理玖くんがあたしのことをそれほど気にかけてくれてるのは嬉しいけど。でもあたしだけなんて言わないで? 」


「え?」


「理玖くんにとって茉白ちゃんは大切な妹だし、一番大切なのもわかってる。だから理玖くんもお兄ちゃんとして、これからも茉白ちゃんを変わらず守ってあげてほしい」



 別にあたしが理玖くんを全部一人占めしたいわけじゃない。


 茉白ちゃんにとって理玖くんは大切なお兄ちゃんだし、理玖くんにとってもやっぱり茉白ちゃんは一番特別な人だと思うから。


 あたしを好きだと言ってくれる理玖くんの言葉を100%信じられないかと言われれば、そうではなくて。


 今の理玖くんは、ホントにあたしだけを大切にしたいと思ってくれているのかもしれない。


 だけど。きっと理玖くんの中では茉白ちゃんが一番なのは変わりはしないと思う。


 だけど今はそれでいい。


 あたしは絶対茉白ちゃんを超えることはなくて、二人は何より強い絆で結ばれているのは事実だから。


 茉白ちゃんを大切にしていた理玖くんだから好きになったんだし、これからもそんな理玖くんでい続けてほしいと、そう思う。



「ありがと、沙羅……」



 そう言いながらまたギュッとする力が強くなる。




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