「てか……。もう離れたくないんだけど」
すると、抱き締めながらボソッと理玖くんが呟く。
「はっ!?」
「沙羅のことが好きすぎる」
「えっ!?」
またそんないきなり……。
ただ呟いたその言葉も、あたしにとってはドキドキしてしまう言葉でしかなくて、サラッとそんなことを言える理玖くんは、やっぱりあたしとは経験も考え方も全然違うのだとわかる。
「颯人が茉白には溺愛してるって言ってたのわかる気するわ」
「えっ? 何? いきなり」
「お互い好きだってなったらずっと離れたくなくなるし、どんだけでも好きって伝えたくなるって」
「え!? 颯兄ってそんなタイプだったの!?」
いやいや、颯兄がそんなタイプなんて意外すぎる。
ってか、理玖くんのがもっと意外か。
絶対溺愛とかと無縁のところにいる人だと思ってたんだけど……。
ん? それって今理玖くんはそう思ってるってこと……?
特にそこを深く語らない理玖くんに、あたしも追及出来るわけもなく、こっそり一人ドキドキしてしまう。
「沙羅もあいつが茉白に激甘なことは知ってんだろ」
「あぁ、確かにそれは知ってる。っていうか、そんな話、理玖くん聞いて平気……?」
颯兄がどのタイミングでその話をしたのかわからないだけに、また理玖くんが辛い想いをしてたんじゃないかと心配になってしまう。
「あ~。ハハ。それ聞いたのついこの前で、沙羅好きになってからだし。あいつもオレが茉白のことずっと好きだって知ってたらしいから、さすがにそれは気遣ってその時は言わなかったからな」
「えっ!? ちょっと待って! 颯兄知ってたの!?」
初耳だったその話を聞いて、あたしは抱き締められていた体をグイっと理玖くんの方に向けて確認する。
「あぁ。侮れねぇよな、あいつ。さすが親友。全部わかってて、あいつも気付かないフリしてくれてた」
そのタイミングで、理玖くんもあたしから手を離して、シンクにもたれかかる。
颯兄のことを話す理玖くんは、穏やかに、そして嬉しそうな優しい表情をしている。
「そうだったんだ……。颯兄知ってて知らないフリしてくれてたんだね……」
颯兄が理玖くんの気持ち知ってたのはビックリだけど、でもずっと黙っていた颯兄も優しいな。
「今思えばオレみんなにしんどい想いさせてたよな」
「そんなことないよ。好きになる気持ちは自由だもん。あたしだって絶対好きにならないって思ってた理玖くん好きになっちゃったわけだし、ホントわかんないよね」
「うん。だからまさか沙羅がオレを好きだなんて思いもしなかった」
「あたしも頑張って気付かれないようにしてたし」
「だよな。だから沙羅がオレに気持ち伝えてくれた時、全然気付いてなくて、正直あの時はちゃんと沙羅の気持ち受け止めてやる余裕がなかった……」
「当然だよ。あの時は茉白ちゃんが大変な時だったし。あたしがあんなタイミングで好きな気持ち溢れて我儘言っちゃったのが悪いんだから」
そうだよね。ちゃんと考えればあたしが我慢出来なかったからきっと理玖くんにも辛い想いさせてたんだろうな……。
あの時は自分だけが傷ついて辛いと思ってた。
だけど、理玖くんもこんなに傷ついて苦しんで、あたしのことを考えてくれていた。
「だけど。あの時沙羅がその気持ち伝えてくれたおかげで、オレは沙羅を好きだって気付くことが出来た」
「そう……なの?」
「あぁ。沙羅がオレのためにどんだけ頑張ってくれたのかわかって、すげぇ胸痛くて。それから沙羅のことがずっと頭から離れなくていっぱいだった」
「理玖くん……」
「あの時、沙羅が一番大切で一番好きだって気付いたのに、沙羅はオレから離れようとして……。それで心底後悔した。絶対沙羅を手放したくないって思った。今のオレはお前がオレのそばからいなくなるのが一番怖い」
目を伏せながら少し悲しそうな表情で呟く。
理玖くん、そんな風に思ってたの……?
そこまであたしのこと必要としてくれてたんだ……。
「あたしは、いなくならないから」
「フッ。オレから離れようとしてたくせに」
「だって、それは……! 理玖くんのこと諦めようと思ったから……。近くにいればどんどん好きになっていっちゃうし、だけどそんなあたしの気持ち迷惑になるのは嫌だったから……。だから離れるのが一番いいって思ったんだもん……」
話すたびにどんどん声が小さくなって、どんどん俯いていってしまう。
こんなこと伝えるつもりなかったのに、理玖くんが心の中をちゃんと伝えてくれたことで、気付けばあたしも素直な気持ちを伝えていた。
「うん。オレも絶対もう沙羅手放さないから。どんどん好きになってくれていい。これからは全部受け止めてやる」
そう言って俯いたままのあたしを横から抱き寄せ、頭ごと理玖くんの胸に埋めて優しく触れながらそう伝えてくれる。
「うん……。理玖くん……。好き……」
そんな丸ごと抱き締めてくれる理玖くんに、そんな優しい言葉をかけてくれる理玖くんに、あたしの気持ちはまた溢れてしまって、その言葉を理玖くんに伝える。
「うん……。オレも。沙羅が好き……」
視線を交わさず、理玖くんの胸に埋まりながら、優しく頭を何度もなでてくれる理玖くん。
理玖くんの胸に一ミリの隙間もなく顔をくっつけ、そこから聞こえてくる理玖くんの胸の鼓動の音があたしと同じくらい早く打ち付ける。
同じようにこの温かさもドキドキも感じられていることが幸せだと感じられる。
この瞬間、初めて本当に理玖くんと気持ちが通じ合えたような、想いが重なったような気がした。