時は少しだけ流れて12月に入った。
街は一気にクリスマスに色づき始める。
この時期になると雑誌では〝聖夜のデート特集〟なんてものが組まれ、男女共に妙に意識をし始める。
カップルは、記念すべき日の過ごし方をあれやこれやと考え。
独り身の人は、クリスマスまでにはなんとかパートナーを! と焦りだす。
それは学校内、そしてクラス内でも一緒。
みんな、そわそわしているようで落ち着きがない。
ひとつ前の列のミユとユウトくんカップルも例外じゃない。
テーマパークやイルミネーションと、クリスマスの過ごし方を話し合っているみたい。
いつもより肩と肩が近く感じるのは気のせいかな?
「はぁ~~~~~~」
そんな教室の中、私のため息が響き渡った。
「どーしたの、ユイぴょん?」
「すごいため息だったね。まるで、人生の3分の1くらいの酸素を吐き出したみたいな」
ミユとユウトくんが目を丸くしながら私を振り返る。
いつもなら隣のレンにツッコまれているところだけれど、今はたまたま席を外していてここにはいない。
少し安心したような……。
なんとなく物足りないような……。
私のため息の理由。
それは、いまだ独り身であることの焦り……。
ではなくて!
「……これ、見て」
私は、二人にスマホの画面を見せた。
そこに大きく書かれた文字。
「えーと、なになに?
「あー、それー、前にユイぴょんに話したライブだよねー? チケット、発売になったんだー!」
「取れなかったけどね……」
がっくりと肩を落とす私。
「来年の4月最初の日曜日、ブレイクするキッカケとなったライブハウスで凱旋ライブをやるんだって。私、すっっっっごく行きたかったのにっ!」
「ユイぴょん、大ファンだもんねー」
「凱旋ライブか……」
ユウトくんが何かを思いついたのか、不意にスマホをいじり始める。
ややあって……。
「あ、やっぱそうだ!」
明るい笑みを浮かべ顔を上げた。
「前に、恋愛法の特別講習で教習所のおじさんが来たでしょ?」
「うん、来たね」
覚えてる。
私たちに恋愛法について面白く、そしてわかりやすく話してくれた人。
恋愛教習所の所長さんだ。
「その人の教習所、
「えっ、ホントにっ!?」
「うん。あの教習所、合宿所もあるみたいだし取りに行ってみたら? もしかしたらワンチャン、メンバーに会えちゃったりするかも?」
「えええええ!!!」
そ、そ、そ、そんなことになったら私、心臓止まっちゃうかも——っっ!!!
「ほーんと、ユイぴょんは
「うんっ! ボーカルのヒカルの、あの嘔吐感あるような歌声、大好きっ!」
「……アイリんも言ってたけど、その表現、ちょっとわかんなーい」
「そんなこと言ってるの、たぶん日野原だけだろ」
不意に後ろから聞こえる笑い声。
振り返ると、それはレンだった。
突然現れた彼に、この胸はドキッと音を立てる。
相変わらずレン耐性ができていない私……。
レンは椅子を引くと隣の席へ腰を下ろす。
何気ない動作なのに、なんだか絵になっているように見えるのは私の気持ちのせいだろうか……。
「……なに?」
ヤバッ!
思わず見とれてしまった!
「な、なんでもない!」
そう言って、慌てて目をそらす。
「もっと見てくれていいのに」
軽く笑うレン。
髪をかき上げながら小首を
その優しい微笑みが目に焼き付いていく。
次の瞬間、ユウトくんの顔にイタズラな笑みが浮かんだ。
「あれー? レンがユイちゃんに色目使ってねー?」
ぶ——っ!!!
私とレンは、思わず吹き出した。
「べ、別に使ってねーよ!!」
「ほんとかなー? 二人、仲いいし、付き合っちゃえばいいのに」
「お前……それ、水本のときにも言ってたよな」
「あれ? そうだっけ?」
「そうだよ! ……ったく」
レンは、疲れたように息を吐いた。
数日前、私はレンとキスをした。
でもそれは二人だけの秘密。
大切な思い出だ。
そのこともあってか、レンとの距離はグッと近付いたと思う。
ここまで来たら、どちらかが告白して彼氏彼女の関係になって。
そして、寒い夜に熱いクリスマスを……!
なんて流れが一般的なのかもしれない。
でも、そうできない理由が私にはあった。
まず、アイリのこと。
アイリには、
「私もレンが好き!」
って伝えなくちゃいけないと思う。
このまま何も言わずに付き合うのは、アイリに対する裏切りな気がして……。
なんか嫌だ!
それと、ショウ先輩にもハッキリ伝えないといけない。
私の気持ちは先輩に向いていない。
そして、これからも向くことはないと思う。
だから付き合うことはできないって。
まぁ……ずっと言ってるつもりではいるんだけれど……。
なぜか、全然伝わってないみたいだから。
そして、もう1つ。
私とレンが付き合えない決定的な理由。
忘れてはいけないこと、それは……。
私、恋免、持ってないっ!!
勢いで返納してしまった恋愛免許証。
まさか、それが今頃になって自分の首を絞めることになるなんて……。
無免許での告白は法律違反。
私に犯罪を犯す度胸はないし、親を泣かせたくもない。
レンだって、そんなの望んでいないだろうし。
それに……。
仮に私が返納してなかったとしても、レンが持っていないから、結局は付き合えないんだけどね。
恋免の取得にはお金がかかる。
教習所への入学金、技能や学科の教習代などなど。
合宿になると宿泊代や食事代が入るけど、総額としては少し割引になるみたい。
相場としては、25万円から30万円といったところ。
前に取ったときに、色々調べたのだ。
ちなみに、そのときは助成金が出るタイミングだったので、ほとんどお金はかからなかった。
でも今回は違う。
「恋免、また取りたいからお金出して、エヘヘー」
なんて親に言ったら怒られると思うし、怒られなかったとしてもそんなこと言いたくない。
私の都合で迷惑はかけたくないから。
だから、取るとしたらお年玉を貯めてか、アルバイトをしてになるかな……。
ううっ、先は長い!
頭を抱える私。
そのとき、教室の前の扉が開いてガク先生が入って来た。
みんな、自分の席へと戻っていく。
「起立ー、礼ー、着席!」
日直の号令に従って挨拶をしたところで、先生が何かのパンフレットを持っていることに気付いた。
「先生! それ、なんですか?」
クラスのみんなも気になっていたみたいで、生徒の一人が質問をする。
「ああ、これね」
ガク先生は、みんなにパンフレットが見えるよう前に出した。
そこには大きな文字で『恋愛免許証 合宿教習所』と書かれている。
「前に恋愛法の特別講習をしてくれた恋愛教習所の所長さんは覚えているかな?」
さっき、ちょうどミユたちと話していた人だ。
私たちは深くうなずく。
「その所長さんが持ってきてくれたんだよ。職員室に置いとくから、興味がある人は後で取りに来て」
顔を見合わせるクラスメート。
ユウトくんが、おどけたように口を開いた。
「でも先生、お高いんでしょう?」
テレビショッピングみたいな言い方に、教室内に笑いが起こる。
「いや、それがね。来年3月からまた助成金が出ることになって、教習代は全額無料で受けられるんだよ」
えっ!?
「恋免は、みんないつか必要になるかもしれないし……まだ持ってない人は、この機会に取るのもいいね。合宿教習なら、今は最短10日で取れるようになったからね」
10日!
それなら春休み中に取得できる!
レンに告白できない理由の1つが、思わぬ形で解消されそうで。
私は、机の下で小さく拳を握り締めた。