「……渋といな……」
今川軍約一万は安祥城を包囲して数日が経過していた。
早朝、太原雪斎は未だに籠城を続ける安祥城を見つつ口を開く。
「信秀の援軍はもう来ぬというのに、粘りよるわ……」
「雪斎様。もはや兵力差は歴然。力攻めをしてみては?」
側近が口を開く。
しかし、雪斎は首を横に振った。
「いや、もう少し待つ。安祥城の織田兵の士気はもうすでに落ちる所まで落ちている筈。連日鬨の声を浴びせ続けられれば、気が滅入る。後数日続ければ、開城するやもしれん。今晩の内から鬨の声を当番制で交代させながら上げさせろ。声を上げない者にはしっかりと休むように伝えろ」
「は! もし開城しなくても、その時に力攻めをすれば被害を抑えられると……流石は雪斎様にございますな!」
暫くと話していると、辺りに霧が立ち込め始める。
「霧か……」
「かなり濃いですな……もう城がよく見えませぬ」
辺りに立ち込めた霧が、視界を悪くする。
この状況に、雪斎は警戒を強め、伝令に指示を飛ばす。
「……斥候を辺りに放て。敵が接近しておらぬか調べるのだ」
「は!」
伝令はすぐさまその場を去っていく。
「……杞憂か? 何事もなければ良いが……」
「霧、か。ちょうど良い。我らの気配を消してくれる」
「平松殿。時田殿の策とは? ……まぁ、これをみればわかりそうな気がしますが」
大須賀康高はついてきていた兵、およそ五十名を見る。
その中の三十名ほどが火縄銃を持っていた。
「うむ。我らの目標は安祥城に入城し、信広殿を開城するように説得する事だ」
「しかし、しっかりと囲まれており、付け入る隙は無さそうですが……」
平松は頷く。
「うむ。その為、時田殿は策を講じた。我らの兵を十倍に見せるのだ、とな」
「……一体どうやって?」
「すでに先行させている者達が支度を……ん?」
すると、徐々にだが、霧が晴れ始める。
しかし、それは自分達が切りを抜けたのだと気付いた。
「……ふむ……丁度雪斎の本陣辺りが濃いようだな。東の方は殆ど霧がかかっていない」
「敵もまさか東側から我らが来ているとは思わないでしょうな」
平松達は大きく迂回し、安祥城の東。
つまり、今川領側から安祥城に接近した。
太原雪斎も、まさか東側から信秀の援軍が来るとは思っておらず、霧も災いして平松勢を見つけるに至らなかった。
暫く行軍を続け、平松達は目的地につく。
「……いましたぞ。完全に油断している」
「よし……火縄銃の音が作戦開始の合図だ。皆、構えよ」
三十名の鉄砲隊が密かに鉄砲を構える。
そして、縄に火をつけ、火蓋を切り、狙いを付ける。
「敵は気付いていない……皆、訓練の通り、策の通りに頼むぞ。訓練の時間が少々足りなかったが、頼むぞ」
「……腕が鳴るな……圧倒的不利なこの戦況、果たして何人生き残れるかな?」
平松が腕を上げる。
そして、準備が整ったのを確認し、腕を振り下ろす。
「放てぇ!」
最悪の初仕事が今始まる。