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第48話 五十対一万

 戦場に轟音が響く。

 その音は、安祥城の西側に陣取っていた太原雪斎の陣にも届いていた。


「何事だ!? どこの部隊が逸った!?」


 太原雪斎はこの時、敵の攻撃だとは考えていなかった。

 というのも、織田軍に戦に活用できるほどの鉄砲があるとは考えていなかったからである。


「城の反対側から聞こえました! 東側の部隊ではないかと!」

「東側……だと?」


 太原雪斎は異常に気づく。


「東側には鉄砲隊はおらぬぞ!」

「な!? では……」


 太原雪斎はすぐさま立ち上がり、おそらく事が起こっているであろう東側を見る。

 東側から敵の援軍は来ないだろうと予測し、雪斎は鉄砲は預けていなかった。

 それところか、他の箇所よりも兵は少なかった。

 つまり、今川軍の唯一の弱点であった。


「敵の援軍だ! すぐさま兵を……」

「せ、雪斎様!」


 すると、城の周囲で無数の旗が上がる。

 旗印は、織田木瓜。


「く……いつの間に……斥候は何をしていた!?」


 今川軍の将兵は、突然の奇襲に動揺が隠せていなかった。


「落ち着け! 敵の数は決して多くはない筈だ! 返り討ちにするぞ!」




「よし、頃合いだな」


 鉄砲隊の銃撃によって、敵は浮足立つ。

 さらに、鉄砲隊を二段に分け、銃撃の間隔を短くする。

 それは後に行われる信長の三段撃ちを参考にした時田の策であった。

 そして。


「突っ込め!」


 大須賀康高が二十名の兵を連れて突撃する。

 不意を突かれた今川勢は混乱に陥る。


「な、なんだ!?」

「鉄砲だと!?」


 しかし、数が少ないのはすぐに今川勢に気付かれる。


「ひ、怯むな! 敵の数は少ない! 鉄砲も味方がいては撃てぬはず! 落ち着いて対応せよ!」

「は! 舐めるな!」

「がっ……」


 敵の指揮官を大須賀康高の槍が貫く。


「我等は数は少なくとも精鋭無比! 今川勢など物の数ではないわ!」

「放て!」


 すると、再度火縄銃の音がする。


「み、味方がいるというのに撃っただと!?」


 銃撃が来ないだろうと油断していた今川勢は更に虚を突かれる。

 その隙を、平松勢は逃さない。


「今だ! 斬り殺せ!」


 平松勢が次々と敵を斬り伏せていく。

 しかし、戦況を見渡していた今川勢の指揮官は、異変に気がつく。

 先程の銃撃で、銃弾を食らうものはいなかったのだ。


「どういう事だ……」

「よし! 伏せろ!」


 大須賀康高の声で平松勢はその場に伏せる。


「な……なんだ?」


 すると、再度銃撃が放たれる。

 その瞬間、今度こそ今川勢が銃撃に倒れる。


「よし! かかれ!」


 再度大須賀康高らは突撃を開始する。

 一度目の銃撃は弾が込められておらず、それはただの合図である。

 それから十秒後、今度は本命の銃撃が放たれる。

 それを理解していた平松勢はその場に伏せる。

 敵と刀を交わし、伏せられないものは、敵を盾にする。

 敵からすれば、味方の被害も恐れず絶え間なく放たれる銃撃は、平松勢を死兵に見せた。

 絶え間ない銃撃と、虚を突いた突撃により今川勢は完全に混乱に陥る。

 まともに抵抗も出来ずに、今川勢の士気は崩壊しつつあった。

 更に。


「味方の援軍だ! 我らも行くぞ!」


 安祥城の城門が開かれる。

 城壁側から矢が放たれ、城門からは織田兵が出陣する。


「くっ! 退け! 退けぇ!」


 挟撃を受けることとなった今川勢は撤退する。

 当時の火縄銃の音はとても大きく、撃てば煙もかなり出る物である。

 その大きな音は今川勢の士気を下げ、辺りに漂う煙は視界を悪くし、平松勢の数の少なさをうまく誤魔化した。


「よし! 今のうちに城に入るぞ!」


 大須賀康高率いる部隊が城内に入って行く。

 その様子を、平松は確認し、指示を下す。


「……よし、我等も撤退するぞ」

「良いのですか?」

「うむ。安祥城には三河の人間もいる。顔を合わせる訳にはいかんからな」


 かくして、大須賀康高が平松忠広の代わりに入城を果たす。

 今川勢の負傷者が多数だったのに対し、平松勢は軽傷者数名のみであった。

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