「某、大須賀康高と申しまする。先程は城からも兵を出して頂き、ありがとうございまする。助かりましたぞ」
「おお。城主、織田信広だ。援軍、感謝するぞ」
東門を包囲していた敵は一時的には潰走したが、すぐさま態勢を立て直し、再度包囲した。
被害も軽微で、死傷者が数名のみであり、状況が落ち着いて部隊の再編が済むと、すぐさま再包囲していた。
「さて、一体何が目的で城に入ったのかな? 兵糧でも持ってきているのならまだしも、たったそれだけの兵ではものの足しにもならんが」
「流石は信広様。援軍が来たことにただ喜びを覚えるのでは無く、疑いまで持たれるとは」
「……それに、そなたは上野の酒井忠尚殿の家臣ではなかったか?」
信広は大須賀康高の事を知っていた。
信秀より西三河を預かる身として、周囲の有力者やその家臣等、調べ尽くしている。
「左様にございます。上野は既に今川に下りましたが、某が殿より命を受け城を出たのは今川に下る前。今は忠尚様の命をそのまま遂行し、信秀様にバレぬよう、密かに時田殿に使われております」
「……成る程。時田殿は先の任で上野の酒井忠尚殿との繋がりを得たか……酒井殿も時田殿の能力に注目しているようだな……」
暫く考えた後、信広は康高に聞く。
「……で、要件はなんだ? たったそれだけの兵でここまで来たのだ。それ相応の用件があるのだろう? ……いや、しかし父上にバレぬように動いているのなら父上からの命では無いのか……ならば、時田殿からの伝言、という辺りか?」
「はは、ご明察、ですな」
康高は軽く笑い、続ける。
「時田殿は抵抗せず、城を明け渡すようにと言っておりまする。兵の命を無駄に散らさず、開城するようにと」
「……儂が首を縦に振ると思うか?」
「……いえ」
康高は首を縦に振る。
信広のその返しは、時田は勿論、康高も容易に想像がついていた。
「時田殿はこう仰せです。このまま抵抗を続けても兵は無駄死にすると。このまま包囲をされ続ければ、兵は飢え、士気は落ちます。そこを力攻めされれば、まともな抵抗は出来ず、今川に対して痛手を与えることすら出来ないだろうと」
「……」
信広は静かに時田の伝言を聞く。
「ならば、兵の命を救うべきと。死を覚悟で今川と戦えば聡明な信広様をも失いかねませぬ。しかし今城を開けば兵の命は勿論、信広様の命も助かります」
「……儂は首を刎ねられるやもしれぬぞ」
信広がそう言うと、康高はニヤリと笑う。
「それはありえませぬ」
「……何?」
「今、この戦が起こっている原因は松平広忠が死に、三河の情勢が安定せぬ故。しかし、松平家の跡取りがいなくなったわけではありませぬ」
「……成る程。儂と尾張にいる松平広忠の子、松平竹千代で人質交換を行うたろうと? しかしそう言い切れるのか? もし違えばお主の……いや、時田殿の軽率な判断が儂の命を奪った事になるが……」
信広の言う通り、確証はなかった。
しかし、時田だけが未来を知っている。
時田だけは確証を持っていたのだ。
そんな時田から譲り受けた言葉を、康高は話す。
「……相手はあの黒衣の宰相、太原雪斎。この好機を逃すとは思えませぬ」
「……それもそうか」
太原雪斎の名を出すと、信広は暫く考え、頷く。
「分かった……城を開けよう」
「の、信広様!?」
その信広の言葉を聞いた家臣は動揺する。
しかし、信広は慌てずに答える。
「ここで兵を無駄に死なせる事こそ下策よ。この者の……いや、時田殿の言う通りにしよう」
「あ、そう言えば言い忘れておりましたが、我らの事は内密にお願いいたしまする。信秀様には秘密裏に動いております故」
「ふっ……分かった。今川方との交渉で、城を明け渡す条件としてそれも付け加えるとしよう」
かくして、信広は開城を決意する。
この決断は、多くの者の命を救い、時田の目指す未来への第一歩となるのであった。