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第70話 決意を変える出来事

「にしても、よく気づいたね? 結構分かりにくかったけど……」

「え? あ、あぁ……私の父によく狩りに連れて行かれていたので……」


 お冬は少し恥ずかしがりながらもそう言うと、足跡の先を見る。


「……気をつけたほうが良いかもしれません。どれも走った後のようです。それに、一つは他と比べても小さい。女性のものかもしれません。まるで、追われているかのような……」

「そんなことまで分かるのか……これは、今後も活躍期待だな」


 康高が軽く笑いながら話す。

 しかし、時田は表情を緩めない。


「無駄口はそこまでにしてください。早く追いかけますよ。これがお里の足跡なら、お里の身に危険があるのかもしれません」


 時田は先行して駆け足で足跡を追いかけていく。

 その様子を、三人は静かに見ていた。


「……らしく無い、な」

「はい。これまでの時田殿なら慎重に動く筈です」

「……やっぱり、それ程までにお里さんが大事ということですか……。少し、危険かもしれませんね」


 三人は頷き合うと時田の後を追いかけた。

 暫くすると、時田は足を止めていた。

 足跡は三つに分かれていたのだ。


「これは……」

「……恐らく、途中で見失った……もしくは、迂回して挟み撃ちにするつもりか……つまり、追っ手は三人。足跡の二つは向こうへ行ってます。結構近いかもしれません。足跡が新しいです」

「……よし」


 お冬が指をさす。

 その方へ、時田は走り出した。


「ちょっ!?」

「ちっ! 俺が後を追う! お前ら二人は迂回した足跡を追ってくれ!」


 いきなり走り出した時田にお冬は驚くも、康高はすぐさま後を追う。

 小次郎とお冬も、それぞれ足跡を追うのであった。


(お願い……無事で居て!)


 走りながら時田は思う。

 先程から、時田は嫌な予感がしていた。

 その嫌な予感を拭うように、時田は走る。

 すると、喧騒が聞こえてくる。


「近寄らないで!」

「おいおい、何も殺そうとしてるわけじゃないんだぞ? 話を聞かせてくれって言ってんだ」


 声が聞こえ、時田は木の後ろに隠れつつ様子をうかがう。


「あなた達を城下町で見かけた事がありません。どこの家の人間ですか。いえ、答えは分かってます。斎藤義龍殿の手の者ですね?」


 木を背後に、女性は荷物を手に身構えている。

 その女性はお里であった。


(お里! ……でも、男は一人……他の男はまだ見えない)


 時田は木の陰に隠れつつ状況を把握する。

 しかし、状況は芳しくは無かった。


「へへ、そう警戒すんなって」


 男はジリジリと近付いていく。


「っ……」


 お里は振り返り、その場を去ろうとする。

 しかし、その足はすぐに止まる事となる。


「おっと。逃がさねぇぞ」

「くっ……」


 もう一人男が現れ、お里の行く手を塞ぐ。


(敵は二人……もう一人はまだ現れてない……今出ていっても不利だけど……)


「やめて!」

「へっ、暴れんなよ。大人しくしてたら殺さねぇからよ」


 背後から迫ってきた最初の男にお里は手を取られ、振り払おうとしたもう片方の手も押さえられる。

 身の危険を感じたお里は暴れるが、男にそのまま押し倒される。


「離して!」

「ちっ! 面倒くせぇ!」


 男は片手でお里の両手をお里の頭の上で押さえつける。

 そして、刀を抜いた。

 それをお里の首筋に当てる。


「正直、俺達は義龍様がどうとか道三様がどうとかどうでも良いんだ。ここの監視を命じられて来てみたら、こんな上玉がいるなんてな……」

「……私を殺せば、明智十兵衛様が黙ってませんよ」

「おう。だから殺しはしねぇさ」


 お里は涙目ながらも、男を睨み続ける。


「少しばかり、俺達を楽しませてくれや。女なんだから、わかるだろ?」

「っ……」


 お里は目を背ける。


(……もう、待てない!)


 時田は走り出す。

 突然の出来事に、あたりを警戒していたもう一人の男は対応しきれなかった。


「……死ね」


 時田は懐から銃を取ると、立っている男の頭に狙いを定め、迷わず引き金を引く。

 轟音が轟き、男は顔面から血を吹き出し、倒れる。


「な、何だぁ!?」


 お里を押し倒していた男は突然の出来事に慌てふためき、お里から目線を外す。


「っ!」


 その一瞬の隙をお里は見逃さず、男に頭突きを食らわす。


「ったぁ! このクソ女!」


 男は時田の事など気にもとめず、お里を殺そうと、刀を振りかざす。

 が、それを時田は許すはずが無かった。


「なっ!?」

「……女の敵は」


 男を後ろから羽交い締めにすると、そのまま時田が下になる形で転がり、お里から引き剥がす。

 そして、手に持っていた小刀を男の喉元に当てる。


「ま、待て待て! 話せば……」

「……死ね!」


 男の言い分を聞かず、時田は迷わず喉に小刀を刺した。


「かはっ……」


 男は血を吹き出し、絶命する。

 時田は立ち上がり、死体を見る。


(……私が甘かった……この時代、大切な物を守る為なら、甘い事は言ってられない……殺される前に、殺さなきゃ)


 時田の決意が変わった瞬間であった。

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