「にしても、よく気づいたね? 結構分かりにくかったけど……」
「え? あ、あぁ……私の父によく狩りに連れて行かれていたので……」
お冬は少し恥ずかしがりながらもそう言うと、足跡の先を見る。
「……気をつけたほうが良いかもしれません。どれも走った後のようです。それに、一つは他と比べても小さい。女性のものかもしれません。まるで、追われているかのような……」
「そんなことまで分かるのか……これは、今後も活躍期待だな」
康高が軽く笑いながら話す。
しかし、時田は表情を緩めない。
「無駄口はそこまでにしてください。早く追いかけますよ。これがお里の足跡なら、お里の身に危険があるのかもしれません」
時田は先行して駆け足で足跡を追いかけていく。
その様子を、三人は静かに見ていた。
「……らしく無い、な」
「はい。これまでの時田殿なら慎重に動く筈です」
「……やっぱり、それ程までにお里さんが大事ということですか……。少し、危険かもしれませんね」
三人は頷き合うと時田の後を追いかけた。
暫くすると、時田は足を止めていた。
足跡は三つに分かれていたのだ。
「これは……」
「……恐らく、途中で見失った……もしくは、迂回して挟み撃ちにするつもりか……つまり、追っ手は三人。足跡の二つは向こうへ行ってます。結構近いかもしれません。足跡が新しいです」
「……よし」
お冬が指をさす。
その方へ、時田は走り出した。
「ちょっ!?」
「ちっ! 俺が後を追う! お前ら二人は迂回した足跡を追ってくれ!」
いきなり走り出した時田にお冬は驚くも、康高はすぐさま後を追う。
小次郎とお冬も、それぞれ足跡を追うのであった。
(お願い……無事で居て!)
走りながら時田は思う。
先程から、時田は嫌な予感がしていた。
その嫌な予感を拭うように、時田は走る。
すると、喧騒が聞こえてくる。
「近寄らないで!」
「おいおい、何も殺そうとしてるわけじゃないんだぞ? 話を聞かせてくれって言ってんだ」
声が聞こえ、時田は木の後ろに隠れつつ様子をうかがう。
「あなた達を城下町で見かけた事がありません。どこの家の人間ですか。いえ、答えは分かってます。斎藤義龍殿の手の者ですね?」
木を背後に、女性は荷物を手に身構えている。
その女性はお里であった。
(お里! ……でも、男は一人……他の男はまだ見えない)
時田は木の陰に隠れつつ状況を把握する。
しかし、状況は芳しくは無かった。
「へへ、そう警戒すんなって」
男はジリジリと近付いていく。
「っ……」
お里は振り返り、その場を去ろうとする。
しかし、その足はすぐに止まる事となる。
「おっと。逃がさねぇぞ」
「くっ……」
もう一人男が現れ、お里の行く手を塞ぐ。
(敵は二人……もう一人はまだ現れてない……今出ていっても不利だけど……)
「やめて!」
「へっ、暴れんなよ。大人しくしてたら殺さねぇからよ」
背後から迫ってきた最初の男にお里は手を取られ、振り払おうとしたもう片方の手も押さえられる。
身の危険を感じたお里は暴れるが、男にそのまま押し倒される。
「離して!」
「ちっ! 面倒くせぇ!」
男は片手でお里の両手をお里の頭の上で押さえつける。
そして、刀を抜いた。
それをお里の首筋に当てる。
「正直、俺達は義龍様がどうとか道三様がどうとかどうでも良いんだ。ここの監視を命じられて来てみたら、こんな上玉がいるなんてな……」
「……私を殺せば、明智十兵衛様が黙ってませんよ」
「おう。だから殺しはしねぇさ」
お里は涙目ながらも、男を睨み続ける。
「少しばかり、俺達を楽しませてくれや。女なんだから、わかるだろ?」
「っ……」
お里は目を背ける。
(……もう、待てない!)
時田は走り出す。
突然の出来事に、あたりを警戒していたもう一人の男は対応しきれなかった。
「……死ね」
時田は懐から銃を取ると、立っている男の頭に狙いを定め、迷わず引き金を引く。
轟音が轟き、男は顔面から血を吹き出し、倒れる。
「な、何だぁ!?」
お里を押し倒していた男は突然の出来事に慌てふためき、お里から目線を外す。
「っ!」
その一瞬の隙をお里は見逃さず、男に頭突きを食らわす。
「ったぁ! このクソ女!」
男は時田の事など気にもとめず、お里を殺そうと、刀を振りかざす。
が、それを時田は許すはずが無かった。
「なっ!?」
「……女の敵は」
男を後ろから羽交い締めにすると、そのまま時田が下になる形で転がり、お里から引き剥がす。
そして、手に持っていた小刀を男の喉元に当てる。
「ま、待て待て! 話せば……」
「……死ね!」
男の言い分を聞かず、時田は迷わず喉に小刀を刺した。
「かはっ……」
男は血を吹き出し、絶命する。
時田は立ち上がり、死体を見る。
(……私が甘かった……この時代、大切な物を守る為なら、甘い事は言ってられない……殺される前に、殺さなきゃ)
時田の決意が変わった瞬間であった。