「成る程、そのようなことが……」
「はい……」
時田達は明智城に戻り、すぐさま光秀と光安に起こった事を説明した。
監視されていた事すら気付いていなかったようで、自身の軽率な指示に、光秀はお里に頭を下げた。
「お里。すまなかった。まさか、このようなことになるとは」
「いえ……仕方が無い事です。あ、そんな事より」
そこで、お里は何かを思い出し、光秀に耳打ちする。
「ん? おお。そうだな。もう良いだろう。時田殿。これをお主にあげようと思ってな」
「私に?」
光秀はお里から荷物を受け取り、それを時田に渡す。
荷物を受け取った時田は中身を確認した。
「これは……櫛?」
「あぁ。そうだ。お主がここに来てから渡したものは急だったので、全部お古だったからな。お主に何かあげようと考えたのだ。しかし、儂には良し悪しが分からんのでな、お里に見繕って貰ったのだ」
「まぁ、情勢が情勢だから、こんなものしか調達出来なかったんだけど……」
時田はそれを見て、また眠れる記憶が蘇る。
(これは……そう……そう言う事だったんだ……)
本来の歴史では、時田は平松商会を率いておらず、何の力も持っていない。
そんな中で時田が明智城に帰ろうとすれば、同じようにお里が櫛を買いに行き、敵に襲われる。
しかし、それを防ぐ力を時田は持っておらず、時田は捜索には出ない。
お里が帰って来ないことに違和感を覚えた光秀らによって捜索隊が出された頃には、お里は既に帰らぬ人となっており、お里の手には今時田が手にしている櫛が大事そうに握ってあった。
つまり、本来の歴史ならばお里は最後まで時田へのプレゼントである櫛を守り抜き、死んだのである。
そんな光景が蘇ってくる。
「……ありがとうございます。十兵衛様が提案し、お里が選んだこの櫛、一生大切にします」
「そんな大層な物でも無いが……」
時田がそう言うと、二人は少し照れくさそうにする。
しかし、時田の心の中では、すでに別の思いがこみあげていた。
「……さて、あんな事があったんです。じっとはしていられません。次は誰が被害に遭うか分かりません……私達は動くことにします」
「……そうか。ならば、我等も動こう」
時田が動こうとすると、光秀も口を開く。
「叔父上。あらかじめ話していた通り、道三様に味方する諸将へ連絡を。義龍の虚を突き、我らから仕掛けましょう」
「うむ。味方は少ないが、義龍は道三様が雪解けに動く事を知っている。虚を突く事は出来るだろう」
「……良いのですか?」
光秀と光安は頷く。
「うむ。遠慮などするな。道三様と示し合わせれば敵を分散させることも出来る。そうなれば、お主も動き易かろう?」
「……そうですね。状況によっては信長様も兵を出してくれるそうです。そうなれば……よし、分かりました。では、平松商会の皆にまず義龍の監視を全て始末するように命じて下さい。それが済めば、明智家を主軸として兵を集め、稲葉山へ兵を進めて下さい。道三様には私から話をします」
「承知しました。すぐに伝えて来ます」
小次郎は頷き、すぐさまその場を後にする。
「さて、道三様をお救いする為、死力を尽くしましょう!」
道三を救うため、時田達は動き始めるのであった。