「光。気を付けてね」
「うん。お里も何があるか分からないから、十兵衛様から離れないでね」
時田は明智城を出立する直前、お里から話しかけられる。
櫛を見て思い出した記憶のせいか、お里のことは全身全霊で守らなければと時田は決め、平松商会の人間にも既に指示を出しており、密かに護衛させていた。
「それと……その……あんまり、無茶はしないでね? 人を殺すのも……」
「……お里、私はもう大丈夫だから。心配しないで。あ、そうだ」
時田はとある事を思いつき、お里の手に先程の櫛を持たせる。
「これは……」
「これを持ってて。お里に預けるから。必ず取りに帰るから。だから、お里も必ずお里自身の手でそれを返してね」
「……うん!」
時田とお里は頷き合い、時田はその場を後にする。
するとその先には伝令に走ったはずの小次郎が、康高とお冬と話していた。
「あ、時田殿。義龍の監視を始末するように、各所へ伝令を飛ばしました。最低でも我らが道三様の大桑城に着く頃には、大桑城周辺の監視は始末出来てる筈です」
「明智城周辺ももう監視は居ない。お冬と俺で調べたから大丈夫だ」
「が、頑張りました……」
お冬はそもそも体力があまり無いのか既に疲れ切った顔をしていた。
お冬はあまり長期的に行動出来ないのだろうと、時田は推測する。
「まぁ、あんまり急いでも大桑城の監視が始末できてないかもしれませんからね。ゆっくり向かうとしましょう」
「あ、ありがとうございます……」
時田一行はお冬に気を使い、大桑城へと向かうのであった。
「あ、時田様!」
暫く進み、大桑城の手前へと辿り着いた頃、道の脇には見覚えのある顔があった。
「孫次郎君! 久しぶりだね!」
「平松様の指示で、こちらの方面への配属となりました。既に義龍の監視も全て排除しました。今は逆に我らの手勢が大桑城周辺を固めており、城には問題無く入れる筈です」
「手際が良いな。鳴海城の時も思ったが、こいつは有能だぞ」
康高の言葉に時田も頷く。
「そうですね。もう少し規模を拡大したら支部長を任せても良いかもしれません。あ、じゃあこのまま大桑城にも一緒に入りましょう」
「え!? 良いのですか!?」
「はい。孫次郎君はここの責任者では無いのでしょう? なら、自由に動ける筈です。直接道三様から話を聞いて、そのまま責任者へ伝令に向かって下さい。そしたら、小次郎君の手間も省けます。それに、道三様との邂逅で得るものもあるはずですし」
「し、しかし……恐れ多いというか……」
まだ未だに渋っていた孫次郎を見て、時田は笑顔で強硬手段に出る。
「孫次郎君。平松商会の主は?」
「え? ええと……平松様……です」
「じゃあその平松商会を作ったのは? 平松忠広に指示を出せる人間の名前は?」
「……と、時田様です」
「じゃあ、もう一回言うよ? 一緒に道三様に会おうか?」
「はい……」
時田の圧に負け、孫次郎は頷く。
「おい……小次郎殿。なんか、時田殿変わったよな……怖くなったよな?」
「えぇ……なんというか、遠慮がなくなったというか、強気になったというか。この美濃への旅路が始まった頃から少しずつ…!」
「……まぁ、良いことなのでは? 組織の上に立つ人間ならその方が相応しいというか、納得です。これまでが優しすぎた気がしますし」
三人はヒソヒソと話す。
が、それは時田に聞こえていた。
「三人共? 聞こえてますからね?」
「おっと。おまけに地獄耳ときた」
康高の言葉に時田は溜息をつく。
「はぁ……もう良いです。早く行きますよ」
時田達は、あまり乗り気ではない孫次郎を仲間に加え、共に大桑城へと向かうのであった。