「止まれ! 何者だ!?」
数カ月後。
平松商会の選別された最精鋭部隊は当初は商人として潜入するはずだった稲葉山城へ訪れていた。
勿論、顔が割れている時田は潜入せず、大桑城から稲葉山城までの道のりを整備する部隊を指揮する予定である。
が。
「この顔を見れば私が誰だか分かるでしょう?」
「な……お主は!?」
先頭に立つ人物が頭巾を取ると、それは時田その人であった。
「斎藤義龍殿に取り次いで下さい。尾張、織田信長様からの援軍の使い、時田光が来た、と」
「わ、分かった! しばし待たれよ!」
門番はそう言うと、慌てて城内へと駆けていった。
「はぁ……」
「全く……道三殿も無茶言うな? 義龍が離れた理由も分かる気がするぞ?」
「康高殿……あまりそういうことは……」
康高の漏らした言葉に小次郎が反応する。
潜入部隊の主要メンバーとして選ばれたのは大須賀康高、山口小次郎、お冬に孫次郎の四人である。
そして、それについてきた三十名の選び抜かれた精鋭である。
「それにしても、私もとは……」
「どうやら孫次郎君、道三様に気に入られたみたいだね? 道三様直々のご命令だったし」
元々、孫次郎は潜入班ではなかった。
が、道三が孫次郎の名を聞き、少し考えた後潜入班に入れるように指示をしたのだった。
「そういえば、義龍に殺された道三様の息子の中に孫四郎って人がいたよね? 名前似てるし……だからじゃない?」
「それだけの理由か? あれほどのお方がそんな単純な理由で……」
等と話していると、門番が戻って来る。
「すまぬ。待たせたな。義龍様がお会いになられるそうだ」
四人は顔を合わせ、互いに頷き、稲葉山城へと入っていくのであった。
「荷物や供の者達はここで待っておれ。義龍様に会うのはそこの時田殿だけだ」
案内に従い、時田以外の仲間は全て指定された場所で待機した。
そして、案内人の後をついていき、義龍のいる間に通される。
「時田殿が参られました」
「うむ」
戸の奥から義龍の声が聞こえる。
久々に聞く声は、何処か怒りに満ちているようだったが、時田は違和感を覚えた。
戸が開かれ、時田は部屋に歩みを進める。
「織田信長様の援軍の使いとして参りました。時田光にございます。義龍様。お久しゅうございます」
時田は頭を下げる。
「……信長どのが我に援軍を……か」
義龍は独り言を呟く。
「おい。暫く二人だけにせよ」
義龍がそう言うと、側近の者らは全てその場を去り、ここには時田と義龍の二人だけになった。
「……久しぶりだな。時田光。面を上げよ」
「……」
時田は面を上げる。
その時見えた義龍の表情は、何処か悲しげであった。
「……義龍様……」
「ふ……かつてはお主のことを嫌っておった。しかし、お主が才にあふれていることは分かっていたのだ……」
義龍は深く息を吐き、刀を右に置いた。
武士は基本的に右利きに育てられており、刀をすぐに抜けないように右側に置くのは敵対の意思が無いことを示す行為である。
「一体何を企んでいる。時田光。お主も、儂が何を思っているのか気になっているのであろう? 腹を割って話そうではないか……」
「……」
二人の対談が始まる。