「……皆、城を出ますよ」
「お。義龍殿との対話はもう良いのか?」
康高の言葉に時田は頷く。
「ええ。互いにとって有意義な時間でした。ただ、信長様の援軍の話は断られましたけどね。さっさとここを出ますよ。皆、準備は良いですね?」
準備は良いか。
この言葉は、破壊工作が済んだかどうかの確認でもあった。
「おう。と、言いたい所だが、小次郎が厠から戻って来てない。恐らくもうすぐだとは思うが……」
「申し訳ありませぬ! お待たせ致した!」
すると、小次郎が戻って来る。
「いや、時田殿のお声が聞こえたので待たせたのでは無いかと心配致しましたが……」
「ええ。待ちました。義龍様は援軍は断ったのて、私達は斎藤軍にとっては敵です。義龍様はここを出るまでは敵ではないと言ってくれたので今は大丈夫ですが、大変気まずい状況でした」
すると、小次郎は頭を下げる。
「それは……本ッ当に申し訳ありませぬ!」
小次郎は頭を下げつつ、こっそりと時田を見る。
その視線は準備よしを意味していた。
敵に聞かれても大丈夫なように、あらかじめ設定していた演技である。
「じゃ、出ましょうか」
「既に義龍様より話は聞いておる。城を出れば、敵同士だとな。だが、城門を跨いだらすぐに矢を放つとかはせぬから安心してくれ」
「ありがとうございます。それは助かります」
時田は門番に頭を下げる。
「では、これで失礼します」
「うむ。達者でな」
時田達はそのまま稲葉山城を後にする。
暫く進み、長良川を越えた頃に、時田は口を開いた。
「さて、道三様は既に出陣した筈……支度は充分ですね?」
「おう! 何人か城兵に紛れ込ませ、壁や城門には目立たない所に油の入った樽を隠しておいた。合図があれば火をつける手筈になってる」
「皆、この日のために訓練してきたんです。必ず成功しますよ!」
孫次郎も自信満々のようであった。
「では、戦が始まったらお冬は出来るだけ後ろでね? 前には出ないように」
「は、はい……」
お冬は頷く。
「良いですね? 道三様の主力は長良川を越えて北川の登山口から攻め上ります。そこは本丸に直通しますので。その前に、我ら平松商会は南側にて陽動を仕掛け、義龍の目を釘付けにします」
「もうすぐ、先発して道を整備していた本隊も合流します。お、来ましたね」
すると、遠くから見覚えのある顔が先頭に立っている集団が近付く。
時田は懐から単眼鏡を取り出す。
実は、平松商会の活動で手に入れた物であった。
それを覗き、集団を見る。
「平松殿。かなりお疲れのようですね」
「まぁ仕方が無いだろう。数千の軍勢が問題なく通れるように除雪するなんて大変だろうからな」
「……しかし、何か違和感が……数多くない?」
しかし、少し数が少し多いことに気が付く。
そして、もう一度しっかりと集団を見る。
「あれは……十兵衛様!?」
平松の隣にいたのは、明智光秀、そして光安であった。
「これは……思わぬ援軍の登場、だね」