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第44話 北政所 ねね

「三郎殿は、信忠様の最後のお子だとか?」

「はい。本能寺の変の数日前に生まれ、公表する前に我が父が明智に討たれました。それで、無事に逃がす為、我が父は最後に私の事を徹底して秘匿せよと申されたそうです。」


 すると、北政所はしばらく考える。


「……母君はどなたですか?」

「……分かりませぬ。早い内に亡くなり、父代わりに育ててくれた者も早世致しました。気にした事もありませぬし、聞いた事もありませぬ。その後は父代わりに育ててくれた者の遺言で、兄、秀信の元へ送られたので。」

「そうでしたか……。」


 北政所は三郎の答えに満足しなかったのか、質問を続ける。


「あなたは……織田家をどうしたいのですか?様々な噂を耳にしております。小早川殿を操っているとか、三成殿を貶めて殺したとか。」

「……織田家を豊臣家第一の家臣までもり立てて行きたいと。それだけに御座います。」


 すると、北政所は鋭い目つきに変わる。


「それは、五大老や五奉行の制度を崩して、豊臣家中で一番になりたいと?」

「……は。そのように捉えていただいて構いませぬ。が、織田家の主は我が兄秀信。兄の意に反する事は致しませぬ。」


 三郎は否定し続けるのも怪しまれると思い、肯定した。

 それが裏目にでた。

 その答えに北政所は返す。


「嘘ですね?」

「……いえ。」

「いいえ、嘘です。あなたのその言葉からは真の意思が感じられませぬ。」


 北政所は三郎の真の意思を見抜いているようであった。

 三郎も、もう嘘はつけないと思い、本音を話す。


「……私の願いは、織田家を、織田秀信をもう一度天下人に立たせたい。そう思っておりまする。」

「やはりですか……。」


 北政所は軽く咳払いをする。


「申し訳ありません。私は、天下を取る人の目を知っています。かつて、あなたの祖父、信長公の目を見て、天下を取る人とは目つきが違うと思いました。そして、我が夫が山崎の合戦の後、段々と信長公のような目つきになってきていました。あなたはその目をしている。」


 北政所は淡々と続ける。


「そして、徳川家康殿も、太閤殿下が亡くなられてから、同じような目つきをするようになってきておりました。私は、豊臣の天下は終わると、その頃から思っておりました。ですが、家康殿は死に、私の観察力も衰えたのかと思いましたが……。」

「……。」

「成る程。あなたの様な新しいお方が現れたのですから、納得です。」

「……豊臣の天下は、よろしいのですか?」


 すると、北政所はしばらくの沈黙の後、答えた。


「誰が天下人でも構いません。日の本から戦を無くすことが出来るのならば、誰でも良いのです。」

「……そうですか。」

「でも、無駄に人が死ぬのは避けて欲しいですがね。かつて信長公の行った比叡山の焼き討ち。ああいうのは勘弁です。」


 北政所は三郎を見つめながら言う。

 織田家の人間だからか、それとも信長だと見抜いているのか。

 わからないが、わからないフリをしておこう。


「勿論にございます。出来る限り人が死ななくて済む様に済ませまする。」

「……頼みましたよ。正直に言って、秀頼では心許ないのです。あなたが無駄に人を死なせず天下を狙うというのであれば、私は協力いたしましょう。」


 北政所は近付き、握手を交わす。


「ですが、出来れば、秀頼は殺さないで下さい。あの子は太閤殿下の忘れ形見。頼みましたよ。」

「勿論にございます。織田家が今日まで存続出来たのは豊臣家あってのこと。滅ぼすつもりなど全くありませぬ。」


 しかし、三郎の言葉は嘘であった。

 そして、北政所もそれを理解していた。


(北政所の支持を得られたのは大きい。今後、何かあれば頼ることが出来る。有効活用させてもらうか。)


 三郎は目の前の北政所を見る。


(ま、ねねの顔を立ててやる必要もある。か。秀頼は殺さない方針で行こう。だが、徳川は……。状況次第だな。)

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