「殿、先日、皆様方がご出港なされましたぞ。」
虎助の報告を聞き、三郎は咳き込みながら起き上がり、答える。
「うむ。」
「……殿。もうよろしいのでは?」
その言葉を聞き、三郎はしばらく考え、立ち上がる。
「そうだな。密偵も船に乗ったか?」
「は。確認致しました。」
三郎は頷く。
三郎が病に倒れたというのは嘘であったのだ。
「よし、では参るぞ。」
「は!」
三郎はすぐさま甲冑を着て手勢を引き連れ征伐軍が駐留していた勝瑞城を発つ。
そして、港には織田勢が乗る筈だった船の他に複数の軍船が用意されていた。
「おお、織田殿。お待ちしておりましたぞ。」
「これは生駒殿。蜂須賀様も。私の提案を受け入れてくださり、ありがとうございまする。」
港には蜂須賀至鎮と生駒一正の二人が待っていた。
「既に出港の支度は整っておりまする。父親正は所領に残り防衛に務めておりまする。」
「某も領は父、家政に任せておりまする。」
三郎は頷く。
生駒親正、蜂須賀家政は自領で西から来るであろう藤堂高虎、加藤義明らの軍に備えるのであった。
「では、参りましょう。」
「織田殿は残念でしたな。」
「いや、あの者は少々働きすぎだ。少し位休ませてもよかろう。」
小早川は家臣である、稲葉正成と話す。
稲葉正成は関ヶ原において徳川に内通しており、小早川秀秋に寝返るように言っていた。
が、結局西軍として秀秋は活躍したため、内通に負い目を感じた正成は出奔しようとしたが、秀秋に止められる。
以降、秀秋に忠誠を誓っていた。
そして、既に出港して数日。
上陸予定の日時には十分間に合う予定であった。
「しかし、織田殿は中々切れ者。此度の戦ではかなり心強かったのですが……。」
「居ないものを望んでも意味が無かろう。」
秀秋は遠くに見える四国を見つめながら言う。
「……一体、何を考えているのか……。」
「殿?」
「いや、何でも無い。……っ!?」
すると、秀秋の視界に見覚えのある人影が移る。
あれは宇喜多秀家に会っていた男だ。
名は確か、渡辺新之丞。
「おい!待て!」
「と、殿!?」
秀秋は慌ててその男を追う。
が、その男は逃げ、海に身を投げた。
「誰か海に落ちたぞ!」
周りの者も騒ぎ始める。
「……何だったんだ?」
すると、突如として爆音が鳴り響く。
その振動に船は傾き、秀秋も尻餅をつく。
「何事だ!」
「と、殿!船底が、爆発いたしました!」
正成の言葉を聞き、秀秋は慌てて船内を見に戻る。
すると、既に船内は浸水しており、爆発の規模が大きいのか、次々と水が入ってくる。
そして、その時、船が波に揺られ大きく傾いた。
「くっ!」
秀秋は物に掴まり、姿勢を維持しようとするが叶わず、船内に落ちる。
さらに物が倒れ、出入り口は塞がれてしまう。
既に船内は殆どが水に満たされ、沈没は時間の問題であった。
「殿!」
「逃げよ!近くの船に助けてもらうのだ!」
秀秋は爆発したのが自分の船だけだということに気付いていた。
そして、自分が助からないという事も。
「このまま黒田討伐を成功させよと長宗我部に伝えよ!指揮はお主に任せると!」
「と、殿!」
「……織田には、三郎には必ずやお前の大願を成就させろと伝えよ!」
秀秋は織田三郎が天下を狙っていることには気付いていた。
小早川の天下は決して訪れない事も。
全てを承知の上、小早川を利用して立場をより良いものにするという三郎の策に乗ったのだった。
「早く行け!」
「と、殿!申し訳ありませぬ!」
小早川秀秋の船は沈んだ。
何とか船外に脱出した将兵たちは付近の友軍に救出され、多くの者が命を救われた。
しかし、助けられた将兵の中に小早川秀秋の姿は無く、豊臣方は総大将を失う事となった。
「小早川殿。あなたの意思は儂が継ぐ!黒田を決して許しはせぬぞ!」
伝令を聞いた長宗我部盛親は決意する。
しかし、黒田討伐が難航することは目に見えて明らかであった。