目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第18話 「運命の人」

《紗和side》


「ご子息様の未来の花嫁は……。神谷結愛です」


私の言い放った言葉が会場全体に届いた時。


明らかにザワザワと騒がしくなり、みんな混乱しているのがわかった。私だってこんなこと言っていいのか分からない。


だけど……私は自分の力を信じて、この決断をした。数十分前、巫女の舞を踊りながら力を発揮している時。


ふと違和感を覚えた。


どの花嫁候補にもご子息様と結ばれるべき女性はいないと気づいた私。


見えるはずの赤い糸は全然見えなくて正直心の中は焦りと戸惑いでいっぱいだった。


まさかここまで未来の花嫁が分からないなんて思わなかった。騒がしく鳴る心臓を抑えながら、私はそっと顔を上げる。


その時、ふと今まで見えなかった赤い糸が見えた。


その先を辿っていくと……。


ご子息様と神谷結愛さんの小指が繋がっているのが見えた。最初はどういうことなのかさっぱり分からなくて何度も2人を交互に見る。


だけどやっぱり2人は赤い糸で繋がっていて。心做しかご子息様も神谷結愛さんの方を見ているように感じた。


舞を踊りながらちらっと琴葉の方も見てみると。同じように驚き、2人を見ていた。


どうやら琴葉も2人のことが気になったらしく、そわそわと落ち着かない。


「……お義姉様。これはいったいどういうことかしら?花嫁候補の中じゃなくて、もっと他に赤い糸が繋がっていたなんて」


舞が終わったあと。


琴葉は戸惑いながらもそう話していた。皇帝様からは花嫁候補の中から未来の花嫁を選ぶ前提として私と琴葉は巫女の舞を披露した。


それを承諾して執り行ったというのに……。


予想外の結果が出てしまった。


「琴葉も感じたのね。あの女性の人は神谷結愛さんって言って、私のお世話係の人なの。長い間華月家に仕えていて、使用人の仕事をしていたみたいなの。もしかしたら……神谷さんはご子息様と面識があるのかもしれないわ」


琴葉に軽く神谷さんの詳細を話すと納得したように頷いた。華月家に仕え、かなり優秀な使用人だと聞いていた。


実際、私のお世話係として申し分なく動いてくれるし、優秀だと思う。


だとしたら、旦那様の付き添いで皇帝様と話をする機会があってもおかしくは無い。


神谷家は代々華月家に仕える家系なので、信頼は厚いはずだから。


「……ふーん。なんだかご子息様もその人見てそわそわしていたわね。もしかしたら2人とも両想いなんじゃない?」


舞台袖の隅っこで琴葉とコソコソ話をするが、この結果をどう発表しようか頭を悩ませていた。


結果発表は舞の終わった30分から1時間後に行わなければいけない。その後園遊会で2人を祝うというのだから、なおさら悩ませた。


神谷さんはこの結果を聞いて納得するだろうか。大きな不安と今後について混乱させてしまうかもしれない。


どうしたらいいのだろうか。


「どうする?このまま神谷さんが花嫁ですって発表しちゃう?こんな結果皇帝様が納得するかしら」


琴葉ははぁと小さくため息をつく。


花嫁候補はどこも名家のご令嬢揃いで、誰もが目を引く容姿の持ち主が多い。


更にはみんな異能を必ず受け継いでおり、後継人としては申し分なかった。皇帝様が神谷さんが花嫁だと聞いても納得しないだろう。


琴葉は私の心の中の言葉を代弁するかのようにつぶやいた。


「もし、神谷さんが受け入れられなくて皇帝様の怒りを買ったら、本当に今度こそ八重桜家は終わりよ?かといって、他の花嫁を選んで、将来この国に大きな災いが来てしまったり、不景気に陥ったら八重桜家が訴えられる。どっちにしろ、八重桜家の責任になるわね」


琴葉の言う通りだ。


これは未来のこの国を決める大事な儀式と言っても過言ではない。


どちらにしろ、八重桜家の責任になり何か悪いことが起これば相当重い罰が下される。


それは私も同じ。


悩みに悩んだ末、この結論を出した。


「……未来の災いを呼ぶより、異能の力を信じてそのままお伝えしましょう。責任は全部私が取るわ」


「お義姉様、本気!?」


数十分悩んで出した答えに琴葉が驚く。


元はと言えば私の力を信じて依頼してくださったこの儀式。琴葉に迷惑かける訳にはいかないので、こう宣言するしか無かった。


旦那様には迷惑かけるかもしれないけど。なんて心の中で旦那様に謝罪する。もうこの結果からは逃げられない。


私は決心してこの結果を報告することにした。そして、数十分後の今に至る。私はそっとご子息様に視線を送る。


ご子息様は驚いたような表情をしていて、神谷さんを見つめていた。


皇帝様は案の定この結果に納得していない様子で怒っている。旦那様は私の方を見て微笑んでいた。


みんなそれぞれ違う感情が入り交じる会場は。


とても混乱していた。


「おい!八重桜紗和と琴葉!いったいどういうことか説明しろ!」


皇帝様の怒りの声が響く。


その瞬間、騒がしかった会場が静まり帰った。


琴葉と私は一瞬皇帝様の方を見たけど特に何も言わずに黙り込む。


説明しろと言われても、今伝えた結果が全てだから説明のしようがない。あとはご子息様と神谷さんがどうするか決めること。


私と琴葉は未来の花嫁を見定めただけ。


旦那様は相変わらず皇帝様の後ろに座り、黙っている。


旦那様はきっと私のこの結果を信じて自分は何も口出ししないと決めているのだろう。いつだって旦那様はそうだった。


私のことを否定することは一切せず、ただ黙って応援してくれる。そんな方だから。


「……どうした!なぜ何も言わない!」


余程この結果が不満らしい皇帝様。


責任は全部私が背負うと決めたものの、内心焦りと緊張でいっぱいだった。


琴葉は何を考えてるのかいまいち分からないし、会場は緊張の糸が張り詰めている。


「今お伝えした結果が全てです。私たちからはもう何もお伝えすることはありません。もし、この結果で何か悪いことが起これば、その責任は全て私が背負います」


今にも飛びかかってきそうな皇帝様に冷静に答える振りをしてみる。


こんな真っ向から皇帝様に意見を言ったのは初めてで。ありえないくらい心臓が暴れていた。


「そ、そんなこと言ってもな……!」


「父上。少し、落ち着かれてはいかがです?」


私の言葉にさらに興奮した頃。


今まで黙って聞いていたご子息様の落ち着いた声が聞こえた。


はっとしてご子息様を見ると、皇帝様を制するように立ち上がり、睨み返している。あまりにも希薄な雰囲気にみな圧倒されていた。


神谷さんはというと怯えたようにしてご子息を見つめたまま動こうとはしなかった。


いくら“運命の人”が見えたからって神谷さんには少し悪いことをした気がして。申し訳なく思ってしまった。


でも……色んな苦労をした神谷さんだからこそ幸せになって欲しい。


ご子息様を想う気持ちが少しでもあるならば、諦めないで欲しい。


……なんて思うのはお節介でしかないのだろうか。


「お前……神谷結愛とは何も無いんだろうな?今まで話したこともない相手が花嫁候補に選ばれたのだぞ?それでいてなぜ落ち着くことができる」


ご子息様に注意され、少し落ち着いたものの気持ちは収まっていないらしく、さらに詰め寄る。一気に険悪な雰囲気になり、誰もが息を呑んで事の行く末を見守っていた。


「話したことは、あります。覚えてませんか?私が10の頃、神谷結愛がうちに来て、話あいに混ざっていたことを。そして……その時、私の心を神谷結愛でいっぱいにしたことを」


「……はぁ!?どういうことだ!」


私はご子息様の言葉に驚いた。


会っているのではないかと推測していたが、まさかほんの一瞬の出来事の中で神谷さんへの想いでいっぱいになっていたなんて。思わぬ暴露に会場は再びざわつく。


神谷さんは、遠くから見てもわかるくらい頬を、顔を赤く染め、身を縮こまらせながら立っていた。


どうやらご子息様の話は本当らしい。琴葉も驚いたようにご子息様を見つめていた。


「ですから、私は神谷結愛のことを愛しているんです!一瞬しか関わったことのない女性を愛してるなんて軽く言えないことはわかってます。ですが、どうしようもないくらい私は神谷結愛のことが忘れられなかったのです。本当はこんな儀式なんて断ろうかと思っていました。ですが……八重桜紗和様、琴葉様。ありがとうございます」


皇帝様の胸ぐらを掴む勢いで神谷さんへの想いを皇帝様にぶつけたご子息様。


思わぬ愛の告白にこっちが恥ずかしくなるほど彼の思いはまっすぐだった。


「なっ……」


「自分勝手で申し訳ごさいません。ですがこればかりは……この気持ちばかりは譲れないのです。私は……神谷結愛を、花嫁として迎え入れたいと思っています」


まるでここにいる人全員に宣言するかのように言い放つご子息様。


縁結びの儀でここまで波乱な結果になるとは思わなかったけど……ご子息様の思いは本物だった。


「神谷結愛さん、あなたはどうですか?私への想いが少しでもあるのなら……この手を取っていただけますか?」


ご子息様の大胆な行動。美しい仕草で腕をすっと伸ばすと神谷さんを求めて視線を向ける。


数秒の沈黙の後、神谷さんがとった行動は……。


「やっぱり、両想いだったのね」


震えながらもご子息様のいる舞台に向かってゆっくりと歩いてきた。琴葉はうっとりとした表情で神谷さんとご子息様の方を見つめている。


皇帝様は、もう何を話しても無駄だと割り切ったのか放心状態で2人を見ていた。


神谷さんにはお世話になりっぱなしだから幸せになって欲しいと思っていた私。


今後どうなるか分からないが2人ならきっと大丈夫だろう。


「覚えていてくださっていたなんて……。本当にこんな私でよろしいのでしょうか」


神谷さんが舞台にたどり着き、ご子息様をまっすぐ見つめる。その姿はとても儚く、美しく見えた。


「ああ。お前じゃなきゃ私はダメだ。神谷結愛だから愛している。あの時の真剣な眼差し、緊張で泣きそうな表情、私を見た時少し微笑んだ表情。全て覚えている。それくらい、愛してしまったのだ」


まっすぐ見つめ合う2人。


そんな2人をみんなは見守っていた。どうするべきか決まったらしい神谷さんはそのままご子息様の手に自分の左手を重ねる。


「……不束者ですが、よろしくお願いいたします」


神谷さんが頭を深く、深く下げた時。これから共に過ごす覚悟が見えた。


神谷さんの言葉に会場はぱらぱらと拍手が鳴り、やがてそれは会場全体に広がり割れんばかりの拍手が2人を包み込み、お祝いをした。


こうして、いろいろあった縁結びの儀は。無事に幕を閉じたのだった。


「お義姉様。いろいろ、ありがとう。そしてお疲れ様」


大役をやり切った琴葉は私と向き合うと小さい声でそう言い、握手を求める。


こんなふうに琴葉から労いの言葉を言われたのは初めてで。驚きながらも私は琴葉の手をとった。


「琴葉こそ。お疲れ様」


私の大事な大事な妹。


これからも何があっても支えていく。


そう心の中で誓いながら幸せそうに微笑むふたりと旦那様を見つめた。


琴葉の手を握りながら。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?