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第3章 人が多いって一種の罠だ

第29話 スペシャルヒーラーってイメージと違う

「うぉぇえええええ!!!!!!!」


 込み上げてきたものを思い切り便器に向かって吐く。くっ、うう……いいのか。こんな痴態をさらして……私は花の乙女だぞ、それなのに……。


「うっうっうっうぅううううおおええええええええ!!!!!!!」


「大丈夫? サラちゃん?」


 背中をさすってくれるのはエルサさんだ。そして、なぜかグレースも一緒に背中をなでなでしてくれている。


「だいじょう……ぶうぅええええええええええ!!!!!!」


 さ、さすがに大丈夫くない。おじいちゃんから噂には聞いていたけど、こんなに、こんなに人酔いがひどいなんて……。


 せめてチハヤに見られていないのが幸いだ。こんな姿、あいつに見られたらこの先どんなことを言われるか……。


「サラ様、ご加減いかがで──」


「出てけー!! お前、今、乙女のピンチ! 絶対不可侵!! こっちくんな!!!!」


「こっ、これは、失礼しました」


 トイレのドアが閉められる。う、今のでまた気持ち悪くなっ──。


「うごぉおおおおお!!!!!」


 苦しいよ……苦しい。いっそのこと、誰か気絶させてくれないものだろうか。目が覚めたら、気分良くスッキリと。なにもなかったことにはなるまいか。


「ごめんね~サラちゃん。私じゃ治療できなくて。パパやママが帰ってくればすぐに楽にしてあげられるんだけど」


「い、いいんです……エルサさんの……せいじゃな──うっうっ……」


 調子に乗っていた私も悪いんだ。でも、初めての都会、調子に乗らずにいられるだろうか。


 そんなことはどうでもいい! 今は、今は──この苦しみをなんとかしてくれぇえええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!



「あ~まだ頭がくらくらするよ~」


 我ながら情けない声を出すと、すぐにグレースが駆けつけてくれて私の手を握ってくれる。


「う~ありがとう~グレース~」


 私たちは今、エルサさんの実家にいた。客室というやつだ。


 私の家にも客室はあって、今はそこでチハヤが生活している。が、そんな部屋とは比べ物にならないほどでかい客室のベッドの上で、私はうなされていた。


 大陸の王都のど真ん中。村を出てからここへ来るまではわずか半日。くり返しになるが、本来船を使えば大陸まで5日間かかる。


 しかし、チハヤのゴーレム船団の力であっという間にたどり着いてしまった。5日間を半日で、ありえない事態だ。


 あまりにも人智を超えたスピードだったため、チハヤは空間魔法と重力魔法の応用とかで私達の周りだけ時間をゆっくりにさせた。相変わらず原理はわからないけど、そういうことだ。


 そして、私は海の上では全く酔わなかった。それなのに王都についた途端、「あれぇ? おかしいな~」と違和感を感じ始め、頭のぐらぐらと胸のむかむか、そして脈打つ動悸で違和感を確信し、頑張ってエルサさんの家までたどり着いたところで限界を迎えた。


 よかった。まだ、私は生きている。


「大丈夫か、サラちゃん。こういうときは酒が一番いいぞ! どっちで酔ってるかわからなくなるからな!」


 自分で言って爆笑しているクリスさんは、片手にワインボトルを持っていた。一応私のために部屋に残ってくれていたはずだが、もう、でき上がっているのかもしれない。


 クリスさん。こういうときだけお酒進めるってなんでだよぉ。


「うぅ……」


 寝返りを打つと、さっきの要領でグレースは背中をさすってくれた。ああ、手、あったかいし、柔らかいし気持ちえぇ~。でも、あ~具合悪~。


 天国と地獄を同時に味わっているような、熱が出たときの悪い夢でも見ているような状態が続く。


 エルサさんとチハヤは、エルサさんの両親が帰ってきたとかで話をしに行っている。


 なんか、私は自分のことで精一杯だったけど、エルサさんは事前に手紙も送っていなかったらしくて、家──というか屋敷中がお祭りみたいにパニック状態だった。


 まあね、それがまた、私の胃を刺激したわけだけれども。


 とにかくなんだかんだいろいろ連絡が飛び交って、エルサさんの両親は飛んで帰ってきて、今に至るわけだ。


「──とにかく、まず病人を優先しなければ」「人酔いなんて、レブラトールでは珍しいわね~すぐに楽にしてあげなくちゃ」


 なんだ? ドアの向こうの廊下から人の話し声と足音が近づいてくる。


「サラ・マンデリン殿。容態はどうですかな?」


 静かにドアを開けて入ってきたのは、高そうな白い服に身を包んだメガネをかけたおじさんと、エルサさんによく似た青い髪のおば──女性だった。そして、2人の後ろには居心地悪そうなエルサさんと、無表情のチハヤがいる。


 つまり、おそらく、たぶん、この2人がエルサさんの両親だ。


「あっ、その!」


 起き上がろうとしたものの、気持ち悪くなって体が言うことをきかない。再びベッドに潜り込む。


 初対面がこれって、マジかよ。


「無理する必要はありません。今、治療を」


 エルサさんのお父さん、つまりエルサパパは私の額に手を置いた。ひんやりとした手が気持ちいい。勝手に目が閉じていく。


「あれは、なにをしているのですか?」


 チハヤの声が聞こえる。こんなときでも、魔法の勉強をしようとしているのかもしれない。


「手当てです。ヒーラーは、治療の前にまず相手の状態を把握しなければいけません。症状の訴えとは別のところに原因があることもありますから」


 エルサさんの声がどこか強張り、逆に普通のしゃべり方になっていた。きっと、緊張しているんだろう。久しぶりに会う両親だし。


 なんとなくだけど、エルサパパとエルサママは厳格そうな気がする。


「最近は、手当てをしないヒーラーも増えてきたのだけれどね。我々は、スペシャルヒーラーとして伝統的なやり方をしている」


 エルサパパは、諭すように解説する。


 う~ん、いるか? 今、この状況で。治療してくれるだけでありがたいんだけど、できれば、なるはやでお願いできたらうれしいな~って。


 そんな厚かましいお願いを心の中でつぶやいていると、エルサパパの手が離れた。


「自律神経が以上に興奮しているね。そこから強い吐き気に、めまい、動悸が症状として現れている。しばらく安静にしていたらよくはなるだろうけど、原因は人酔いからくるものだから、また外に出たら同じ症状に悩まされることになる。慣れは必要だけど、ひとまず後は頼めるかい? カロリーナ」


「もちろんです。女の子だもん。女の子同士がいいわよね」


 女の子同士……? 目を開けると、今度は、エルサママの顔が近づいてくる。お団子にまとめた青い髪に青い瞳、エルサさんはエルサママ似だということが一目でわかる。


「エルサ、手伝ってちょうだい。それから、執事のチハヤさんは後ろを向いていて。あら、もちろんあなたもよカール」


 男性陣は後ろを見ていろって、いったいなにを……。


「私たちの治療はちょっと刺激が強いの。でも、すぐに楽になるから、ちょおーっと我慢、ね?」


「ごめんね。サラちゃん」


 言うてエルサさんは私の両腕をつかんだ。え、いやだ、なにをされるの? 怖いよ、いやだ、いやだー!!!!


「……っっはぁああああ!!!!」


「うごぼべぼべぇ!!!!!!」


 衝撃が体を襲った。いや、明らかになぐられた。みぞおちの辺りがきゅーっとなって、せっかく落ち着いていた吐き気が一気に駆け上がってきた。


 吐くものがなかったから、なにも出てこなかったけど、今まで生きてきて出したことのない低音ボイスを披露してしまう。


 ってか。


「痛っつ!! いきなりなにするんですか!?」


 エルサさんの手を振りほどいて慌てて起き上がった私をなだめるように、エルサママはニコって感じで笑った。


「ほら、一瞬つらかったと思いますが、もう元気になりましたね」


「はい? え? あっ、ホントだ! え、すご! えっ! あんなに苦しかったのに、もう治ってる!!」


 グレースが、ぽかんと口を開けて私の方を見ていた。


「「これが、スペシャルヒーラーの力!」」


 エルサママとエルサパパが仲良く、打ち合わせしていたように同時にセリフを吐く。最初のイメージとは全然違う。


 対照的に二人の陰で縮こまっているエルサさんの姿が、印象に残った。

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