「──なるほど、つまりスペシャルヒーラーは人体の構造を知り尽くしているがゆえに、病気の根本から治療する術、ということですね」
「そう! さすがね、執事さん! 普通のヒーラーは、ケガをしたところにポワワーって回復魔法をかけるだけのいわば対症療法でしかないから、治りも遅いし病気なんかは治癒が難しいの。だけど、スペシャルヒーラーは、根本からアクセスする。だから、適切な処置をすれば回復も早いし治療の範囲も広い! これが!!」
「「スペシャルヒーラー!!」」
……いや、もうわかったから落ち着いて座っててもらえないかな?
人酔いを治してもらって、夕食までごちそうになってなにを文句なんて口が裂けても言えないけれども、今は食事中だ。せっかくお腹もペコペコになったことだし、目の前に広がる格別においしい料理を堪能したい。
それなのに「スペラ(略)だ!」とか言って二人で立ち上がってポーズを決めているんだ、と。
空気が冷え冷えとしているのに気がついたのか、あるいは黙々──いや、かぶりつくように次々と料理をほおばっているグレースの姿に食事中だったことを思い出したのか、エルサパパとエルサママはすっと席に戻った。
かっこつけたような微笑みをたたえていたけど。
「よぉく食べるお嬢さんだね。皆も遠慮せずに食べなさい。人体を作るのは食べ物。健康の基本はおいしい食事からだよ」
ありがとうございます。もう食べてます。フォークに刺したままだった、なんかホワイトなソースがかかったプリップリの白身魚を口に運ぶ。
ん~これは……マーヴェラス。見た目通り、肉厚の魚は歯ごたえもあってなおかつあっさりとしている。しかし、たんぱくにならないようにかけられたソースは、なにを入れているのかわからないけど、繊細かつ大胆に自然の味を引き立てている。
ふむ。いつも食べているチハヤの肉料理が「動」とするならば、このエルサ家もといブラックウェル家の魚料理は「静」だ。
エルサさん、エルサさん、って呼んでいたけど、エルサさんの名前はエルサ・ブラックウェルというらしい。そして、エルサパパがカール・ブラックウェル、エルサママがカロリーナ・ブラックウェル。
「どうでしょうか? 自然豊かなアビシニア村の料理とはまた違うと思いますが、みなさまのお口に合うかどうか」
話しかけてきたのはブラックウェル家のシェフの人。とってもふくよかでとっても笑顔で、人懐っこいオーラが出ている。
「めちゃくちゃうまい! 料理ももちろんだけど、この白ワインも! 私、酒場やってるんですけど、後で都会のお酒のこと教えてくれませんか?」
クリスさんは上機嫌だ。夕食前にもお酒飲んでたけど、ぐびぐびぐびぐび飲んでる。料理よりもお酒、の勢いで飲んでる。
私の横にいるグレースも、口いっぱいにご飯を詰め込みながらうなずいていた。こう見ると、猫というよりもリスに見えてくる。頬袋みたい。
「それはよかった」
そう言うと、コック帽をかぶったままのシェフは、白ワインを傾けた。ブラックウェル家では、こうして家族だけじゃなくていわゆる召使い的な人たちも一緒に食卓を囲むみたいだ。
屋敷に辿り着くなり倒れた私を運んでくれたメイドさんも、広い庭を手入れしてた庭師の人も、とにかく屋敷に住まう全員が一堂に会して同じ食事を食べている。村だったらちょっとした宴会みたいな雰囲気で、なんとなく和やかな感じで食事が進んでいた。
──約一名を除いて。
「……エルサ様は、どうですか? 久しぶりに腕を振るってみましたが……」
「う、うん! お、おい、おい、おいしいよ! ハハッ」
エルサさん~空笑い~ぎこちなさすぎる~。
「……そうですか。それは、その……よかったです」
シェフの人も、ちょっと間があったじゃねえか。き、気まずい……。
なにせ私の座っている位置はこうだ。エルサパパ、エルサママ、間に私、グレース、そして私たちをはさんでエルサさん。
なんか緩衝材みたいになってんですけど!
アビシニア村にはまずいない、デカすぎる屋敷を持つ名家の二人。そして、その家を飛び出して10年ぶりに帰ってきた娘。
私は、この地獄みたいな状況に対抗するため、目の前の料理をただただ味わうことに集中していた。
あっ、このサラダ。採りたてみたいに新鮮! ドレッシングも優しくておいしい~ああ~おいしい~。
パンも、これまたうまいんだよな。焼きたてっていうよだれが出るような素晴らしいフレーズで紹介されたクロワッサンに白パン。ふわふわでサックサク。私はライ麦パンも好きだけど、このふわふわはたまらない!
そして、スープだ。たぶん、貝類が入っているんじゃないかな? 海の濃厚な香りが──。
『サラ様。仕事です。エルサさんのご両親とエルサさんの間を取り持ってください。ちょうど、間にいるんですから』
……おい、チハヤ。お前、なにちょっと面白い感じで言ってんだよ! 間に入るぅ~? 地獄だぞ!
『エルサさんは、見ての通りぎこちなさの固まりみたいになってます。見てください。さっきからスープをスプーンですくっては戻して、すくっては戻して。これでは、話が進みません!』
確かに。いや、もちろん気づいてはいたよ。こっちもパパ、ママがちらちらと娘の顔を見てるけど、なにを言ったらいいのかわからんみたいな感じになってる。
痛々しい! 痛々しいことこの上ない!!
ゴホン。咳払いを一つする。しゃあない、私が上手いこと話題を振って。
と決意を固めたところでなぜかグレースがエルサさんに飛びかかっていった。
ドンガラガッシャンシャーン!!!
「えー!! ちょ、グレースなにやってんの!?」
突然、飛びつかれたからもちろんエルサさんはイスごと倒れる。グレースのイスも倒れる。近くにあった料理もお皿も巻き込まれて床に落ちていく。お皿は割れるわ料理はぐちゃぐちゃになるわ。
なんてことを! 高そうな食器だったんだぞ! 弁償──じゃない、とりあえずグレースを引き離さないと!!
「グレース!!」
すぐさまグレースの体をつかんで後ろに引っ張るも、小さな女の子の見た目と違ってしがみつく力がすごくて全然離れない。
「ん~! ん~!!」
「手伝うよサラちゃん!」
クリスさんが加勢してくれて思いっきり後ろに体重をのせると、やっとのことでグレースの腕がエルサさんから離れた。
「エルサ、大丈夫か!」「エルサ、大丈夫!?」
駆け寄るエルサパパとママの腕を借りながら、起き上がったエルサさんはさすがにあぜんと目をまん丸くさせていた。
「うん、パパ、ママ、ありがとう。私は大丈夫だけど、グレース、どうしたの?」
「んっ! んっ!! んっ!!!」
グレースの顔をのぞき込むと、口を大きく開けて抗議をしているように見えた。言葉にならない声でなにかを必死に訴えようとしている。
グレースの言葉がわかれば、突然なぜこんなことをしたのかわかる。普段は大人しく隙あらば寝ているようなのんびりしているグレースが、こんなこと──。
……悪いものでも食べたんか?
「『エルサ、素直になる──んじゃ』。……なるほど、エルサさんを思っての行動だったんですね、グレース」
違ったわ。
「それは、本当か? チハヤ。っというか、人間になったグレースの言葉もわかるの?」
チハヤはナプキンで口の周りを拭くと、音を立てずにイスを引いて立ち上がった。
「もちろんです。今、グレースはこう言っています。『こんな気まずい雰囲気はいやじゃ。うっとおしい。食事もおいしく食べられんわい』と」
奇跡的にうなり声のようなグレースの声と、チハヤの言葉が一致する。でも──。
「グレースって、そんなババ言葉なのか?」
「語尾には少し脚色がありますが」
「脚色すんな!! こんなかわいいのに! ……まあ、いいよ。本題はそうじゃないから。……エルサさん」
エルサさんの青い瞳が優しくグレースに注がれる。その後ろにいるエルサパパとママも、同じく優しげな瞳をたたえていた。
「そう、そうだよね。グレース。ご飯はおいしく食べたいよね」
にっこりと、エルサさんが笑う。その笑顔はいつものとおりで。
エルサさんは、肩に置かれた両親の手に触れるとくるりと後ろを振り向いた。
「パパにママ。私は、血を克服するために戻ってまいりました」