「エルサ……」「エルサ様!」
エルサパパがそっとエルサさんを抱きしめ、ついでエルサママが同じように抱きしめる。その様子を見守る屋敷の人たちは、なぜか拍手を送っていた。感極まり、泣くメイドさんまで。
しかし、部外者の私は、まだいまいちピンと来ていない。そりゃ、10年ぶりに仲たがいしていた親子が会ったら感動くらいするだろうけどさ。
「あったかいよな」
クリスさんがボソリとつぶやいた。
「なにがですか?」
「これが、親子の再会ってやつなんだなって。ウチにはもうイリアムはいないし、父親もどこにいったんだかって感じで、なんにも思わないけど、なんかあったかいなって」
そう言うクリスさんの横顔が、ちょっぴり、ほんの少しだけ陰りがあるように見えた。
……そうかも。ピンと来ないのはもしかしたら、おじいちゃんもいなくなって私には元から両親がいなくて。
エルサパパとママが、なぜだか見たことのない両親に重なって見えた。
「……ん~! ん~!!」
グレースが私の顔を見てまたなにか言いたげにしゃべっていた。
『サラ様、今グレースは──』
首を横に振って、頭の中に響くチハヤの声を止める。
言葉がなくたって言いたいことがわかるときもあるんだよ、チハヤ。
「ありがとう、グレース」
私はグレースの頭をなでるとぎゅっと抱きしめた。
『……いいですね。猫アレルギーじゃない人は、気軽にモフモフを味わえて』
おいおいおいおい、危うくこんな感動的な場面で舌打ちが出るところだったぜ。
台無しなんだよ! チハヤ!!
『冗談です』
おっ、お前!
思わずチハヤをにらみつけると、コホンと一つ咳払いをしてチハヤはみんなの視線を引きつけた。
「エルサさんの帰還を祝して、改めて夕食を再開しませんか? 我々はエルサさんから護衛の依頼を受けてここまでやってきました。血のトラウマとはなんなのか、そしてこの先どうするのか、お聞かせ願います」
エルサパパがうなずく。
「うむ。そうだな。スペシャルヒーラーには、血がつきまとう。その呪いとエルサの関係について、君たちには話をしておく必要があるようだ。エルサ、いいね?」
「はい、パパ。サラちゃんを始めギルドのみなさんは、みんな信頼できる方たち。ぜひ、私のことを知ってもらいたいと思っています」
「それでは! 今すぐ片付けて準備をいたしますね!!」
シェフの一言で思い出した。べ、弁償……。
テキパキと動き始めたメイドさんたちの間を通り抜けて、私はグレースを連れておそるおそるエルサパパに近寄った。
「あの~……」
「ああ、いや、気にすることはない。その子のおかげでエルサの本心が聞けた。むしろ、感謝の気持ちでいっぱいだ」
よ、よかった。エルサさんに似て寛大な人だった。
あっという間にきれいになった食卓を囲み、夕食が再開される。でも、もう今の騒動である意味お腹いっぱいになっちゃったんだけども。
とりあえず、新しく出された紅茶を口にする。まったく同じタイミングでチハヤも紅茶を飲んでいた。
「さて、お話しください。スペシャルヒーラーの血の呪いとはなんなのか。さきほどのサラ様の治療では、そのような不吉な要素などなにもなかったように思えましたが」
そういえば、そうだ。別のあれは出そうになったけど、なんにもないから出なかっただけで、もし、今このお腹いっぱいの状態で人酔いなんてしたら間違いなく全部出してしまう。
「私から話しますね~」
エルサママは、フォークを置いてナプキンで口回りをふいた。
「スペシャルヒーラーは、さきほど言ったように根本から治療します。回復速度は早いですが、その分ある意味で副作用が起こります。私たちは好転反応と呼んでいますが。治療により刺激を受けた部分が超再生を起こすときに、一時、症状が悪化したような反応が現れます。サラさんの場合は、もう胃の中が空っぽだったので一瞬の痛みと苦しみですみましたが、これがたとえば大ケガを負っていた場合、血が噴き出すのです」
えっ、なにそれこわ……。
「そう。それは、ときには口から飛び出る噴水のように」
いや、まじでそれは怖すぎ……。
「うん。穴という穴から血が流れ出るのも見たことあるの。その光景は今も頭にこびりついていて」
エルサさんまで! 怖いって! そりゃ、トラウマにもなるわ!!
「えっ、ってか大丈夫なんですか! 出血多量で逆に危ないんじゃ──」
「それは大丈夫。重いと一日ぐったりしちゃうかもしれないけど、あくまでも治療の一環だから」
「そ、そうですか……」
とはいえ、そんなのびっくりするよな。さっきもめちゃくちゃ痛かったし。思わず立ち上がっちゃうくらい。
「あっ、そう言えば本で読んだんですけど、スペシャルヒーラーって治療だけじゃなくて髪を切ったり、他にも出産の手伝いをしたりとかって」
「そう~よく知ってるわね~。なんでも屋さんみたいなものよ~昔は、みんな、なにかあったらすぐに私達のところへ来たものなの。その頃は教会とももっと親密でね~教会が引き受けられない血にまつわることをスペシャルヒーラーが引き受けてたのよ~」
……教会。そう言えば、チハヤが教会の下請けのようなものだったって言ってた。確か。
「そんなスペシャルヒーラーも、時代が下るにつれてどんどん数が減っていってしまってね。今では公に名乗っているのは、王都ではブラックウェル家くらいのものだ。そこで、私もカロリーナも一人娘であるエルサに跡を引き継いでもらえたらと、幼い頃から現場に立たせていたんだが……どうやらそれが逆効果になってしまったらしく」
いや、まあ……子どもに毎日のように壮絶な場面を見せたら、トラウマになりますわ、それは。
「私も諦めないでなんとか頑張ろうと思ったんだけど、やっぱり無理で。治療はできないけど、美容師の技術だけはあったから、それで逃げるように屋敷を出たの。だけど、ずっとずっと血が怖くて、髪を切っているときでも、もしかしてお客さんを傷つけてしまったらどうしようかとか、そういうことばっかり考えていて……」
エルサさんは目をつむった。胸の前で合わせた手が微かに震えているのを、私は見逃さなかった。
たぶん、毎日血を見ていただけじゃない。根本的にエルサさんは優しすぎるんだ。人を傷つけるのを恐れるあまりに、血に呪われたスペラの治療ができない。
だってやっぱり、エルサさんは笑顔で話を聞きながら髪を切っているのが一番似合う気がする。
「事情はよく理解できました。それで、血のトラウマを克服する方法はあるのでしょうか?」
チハヤが鋭く話に切り込む。こういうときは、遠慮のない悪魔の話術が役に立つのかもしれない。
「慣れ、ですな。血はなにも特別なものではなく日常にありふれたもの。人酔いが人ごみに慣れることでだんだんと症状が起こらなくなっていくように、血に慣れることが近道、と私は思います」
……それって、子どもの頃と同じで現場に出るってことだよな? 同じことをして本当に効果があるんだろうか。
心の中の疑問を見透かしたように、グレースが私の顔を見上げていた。