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第32話 人ごみはやっぱり苦手過ぎる

 エルサさんの滞在に合わせて、私たちも客室を借りることができた。「せっかく王都に来たのだから」というエルサパパとママのご厚意だ。


 こちらとしても、エルサさんが正式にギルド員になれないと困るし、怪しい村長の依頼も達成しないといけない。申し出は嬉しいことなんだけど。


「……でもなぁ~」


 私は、王都の夜景を見ながらため息をついた。


 なんつーか、こう釈然としない。エルサさんはああ言ってるし、パパとママも良い人だけど、なんだかもうもやもやする。


「サラちゃん」


「あっ、え、エルサさん!」


 いつの間にか後ろにいたエルサさんは、私の横に並んでバルコニーの白い手すりに腕を乗せた。


「私から依頼しておいてなんだけど、巻き込んでしまった感じでごめんね~」


「いえ、そんな……全然、気にしてないです!」


「ふふふ、ありがとう~」


 のんびりとした話し方は、いつものエルサさんだった。だけど、なんかいつものように自然に話せない自分がいる。


 ……村じゃないからかもしれない。夕食も終わり、日はとっくに暮れた夜だというのに、王都の街並みはまだ明るい。


 あちこちの家やお店の灯りがついていて、行き交う人がそれなりに歩いていたりする。


「私、ここから見る景色が好きだったんだ~」


「そうなんですか?」


「うん、朝はそよ風が気持ちよくて、昼は人の往来を見るのが楽しくて、夜はこうやって静かに心を落ち着かせることができる」


 確かに、日がな一日ここから街の景色を眺めているだけでも楽しいかもしれない。人がいっぱいいるだけでワクワクする気がする。……人酔いはまだするだろうけどさ。


「ねぇ、私、変だった?」


 えっ──と聞き返そうと横を見れば、エルサさんは手すりに顔を乗せてうかがうようにじっと私の目を見てきた。深い青色の瞳は、今は暗色に沈んでいる。


「びっくりさせちゃったかな~って。なんか、ほら貴族みたいじゃない? うちって。それに、パパとママの前じゃ、なんか背伸びしちゃうっていうか。……だから、サラちゃんの目から見てどうだったのかな~って」


 どうだったって言われても──。


 私は身を乗り出して、街を見下ろした。自宅に帰ってる途中なのかわからないけど、女の子が一人、歩いている。隣りにいる両親と両手をつないで。


「……エルサさんも子どもなんだなって思いました」


「え~サラちゃんひどいよ~私、サラちゃんよりずっとお姉さんなんだよ?」


 ぷくっとほっぺをふくませているのが、暗闇でもわかった。そういうところですよ、エルサさん。


「私、エルサさんってなんでもできるっていうか、勝手に大人だって思ってて。でも、そんなエルサさんでも簡単に解決できないような悩みを抱えていることがわかって、なんだろう、なんか前よりエルサさんのこと、好きになりました」


「え~急に告白~? 照れちゃうな~」


 途端にうれしそうにほっぺがゆるむ。エルサさんは単純、というかきっと素直なんだと思う。


「エルサさん、私のギルドに入ってください。今度こそ、必ず」


「うん、わかってるよ。そのためにも、特訓頑張らないとね!」



 と、言うわけで次の日。エルサさんはエルサパパとママと現場に、そして私たちは王都散策へと向かった。


 そして、私はまた気持ち悪くなっていた。


「うん~まだか~ギルドはまだか~チハヤ~」


 グレースに手を握ってもらいながら、私はギルドへ向かって──いや、引っ張ってもらっていた。


「おいおい、大丈夫か、サラちゃん」


 だいじょばないです。昨日、エルサパパは慣れが大事だって言ってたけど、確かに少しは良くなってるけど、念願の初王都でこんな目に遭うなんて、ありえないよ!!


「サラ様、ギルドではなくギルドセンターです。世界各地にあるギルドを統括する、言わばギルドの大親分。私たちのギルドも、ギルドセンターの認可を受けてギルドを名乗ることが許されているわけです。お間違いなきよう」


 う~……こんなときに能書きを垂れられても頭に入らないよ~。あぁ、ダメだ~気持ち悪いし頭もなんだかゆらゆらしてきた。


 でも、チハヤ、これだけは言っておくけど、ギルドの大親分は……ちょっと面白い。


「くっそ~グレースはさぁ、元々猫だから酔わない気がするけど、なんでチハヤとクリスさんは酔わないの~?」


「私は、サラ様のところへ来る前に世界各地を回っていましたから」


 まあまあまあまあ、そうだよね。


「ウチはほら、このボディを維持するために毎日トレーニングしてるからね」


 胸元を強調するクリスさん。うぇ、、やめて、、吐きそうになる……。


「じょ、冗談だ、サラ。そんな吐き気を催すような顔するな!」


「クリスさんの場合は、まったく冗談に聞こえないんですよ。ねぇ、グレース」


 グレースは「わからない」とでも言いたげに首を傾げた。けど、お前、実はわかってるだろ。


 う~あ~ダメだ、ダメだ、性格が悪くなる! 具合が悪くなるにつれて性格が悪くなる!


「チハヤ~早くしてくれ~」


 もう、限界だ!!


「着きました……ですが……」


「え? なに、ついた? いや、ついてねぇじゃん!!」


 なにを言ってるんだと自分でも思うが、チハヤの前方にはまだまだ人ごみがいっぱいいる。ギルドセンターなんてどこに──。


 あっ、あったわ。見上げたら、ウチのギルドなんて全然目じゃないくらいバカでかい建物があった。


 真っ白な石を組み立てて建てられたあれが、ギルドセンター……だとしたら、この人ごみは? まさか?


「気づきましたか? サラ様。これはギルドセンターに並ぶ列です」


 ……もう、帰ってもいいですか?

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