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第33話 とにかくなんでも、陰口は嫌い

「……チハヤくん、これ、待つのかい? いくらなんでもサラちゃんが心配になるんだけど」


 珍しくイケメン大好きモードになることなく、真面目にクリスさんが質問してくれる。それだけ、私が周りから見て深刻な状態というわけなんだけれども。


 う~でも、チハヤの口から返ってきた言葉は、冷たいものだった。


「待つしかありませんね。ランク0のギルド長のサラ様が優遇されるわけはありません。もっと高いランクの方ならば優先して入れるのかもしれませんが」


 だよね~。でも、なんとか……して。


 チハヤがちらりと私の顔をうかがうように見ると、考え込むように「うーん」と首をひねった。


「すみません、サラ様。私に回復魔法が使えればいいのですが、あるいはあのスペシャルヒーラーの治療ができれば」


 やめてくれ。今、あれ喰らったら、こんな大勢人がいる前で乙女が汚されてしまう。


「でもさ、チハヤくん、このままじゃさすがに……! そうだ、一度、出直すのはどうだい?」


「出直してもまた並ぶはめになるかもしれません。それに何度も足を運ぶのもまたサラ様に負担を強いることになるでしょうし」


 それは、そう。こんな思いをもう一回しろなんて、絶対に嫌だ。


「うーん、どうしましょうか。手がないわけではないのですが」


 手はあるんかい……だったら、なんでもいいから、それを、お願い……。


 なぜか考えあぐねるチハヤ。そんな状態で列を待っていると、突然グレースの猫耳がぴょこたん、と大きく動いた。


 グレース? どうした?


「……おい、あれ、もしかして獣人か?」「珍しいな。王都に獣人なんて。まさか、ギルドに? ……入れんのか?」


 後ろの冒険者らしき二人組がこっちを──いや、グレースをジロジロ見ながらぼそぼそと話している。あんまり、いい感じはしないけど。


「なんだあの二人組? まあ、でも無視するんだ、サラちゃん。グレースも気にすることないよ」


 クリスさんが二人組の姿が見えないようにかばってくれる。正直、いい気分はしないから元気だったら文句の一つでも言いにいくところだけれども、今は……無理だ。構っていたら、身も心も持たないよぉ……。


「獣人? あっ、ホントだ。まだ子どもみたいだけど、危なくないの?」「フードで耳くらい隠すよな普通」


 なんだなんだなんだ? 急に──今まで平和な空気だったのに、周りがザワザワとし始め、私たちに注目が集まる。


「……なんなんだ? みんなしていったい。イリアムからは、昔、獣人には気をつけろって言われたけど」


 そうだ。確か、グレースがギルドに入るときに、クリスさんがそんなことを言っていた。


「チハヤくん、なにか知ってるかい?」


「グレースは魔法によって猫から人間になったので、獣人ではありませんが、しかし──」


 チハヤの声色が険しくなる。思わず私は、吐き気を覚えていることも忘れてチハヤの顔を見上げた。


 端正なイケメン顔が、ひどく歪んでしまっていた。


「……チハヤ……?」


「はっ。いえ、サラ様すみません」


 すぐに表情は柔らかくなったけど、どうにも気になる。なにか、事情を知っているような感じだったけど?


「詳細は後で話しましょう。別の意味でさらに目立ってしまうかもしれませんが、致し方ありません。空間魔法を使い──」


「ちょっと待ちなさい!!!!!!!」


 そのときだ。街中を響き渡る声に、ギルド前に並んでいた全員が振り返った。


 透明な感じのする高い女の子の声。だけど、ずいぶんと強気な声。……めんどうごとが起こりそうな気がする。


 私は、なんとか心を強く持って声の主を視認すると、ピンク色の長い髪をゆるりと二つに結んだ、いわゆるツインテールの女の子が立っていた。


 村ではまず見ることのないような、むしろ浮いてしまうようなきらびやかな服。そして、両隣には鎧を着た騎士風の男。──間違いない、この子は金持ちだ。たぶん貴族とかそういう感じの。


 うん、嫌な予感がひしひしとする。最近、私の嫌な予感が外れたことはない。だから。


「チハヤ……早く、魔法でなんとか」


「ええ。サラ様の考えていることは私と同じかと思います。ここはさっさと」


 そうだ。めんどうごとを回避する方法はたった一つ、逃げること。


 チハヤは手をかざした。けれどチハヤの魔法が発動するより前に。


「ファイアボール!」


 ピンクツインテールの女の子はこっちに向かって火の玉を放った。え? ウソ、なんで?


 だいぶ回らなくなってきた私の頭が、目の前の出来事を理解する前に、チハヤが魔法で水の壁をつくりだして火の玉を消火する。白い蒸気が上がった。


「無詠唱魔法とは、あなたできるわね!!」


 回らない頭がさらに混乱する。


 えっと、どういうこと? いきなり「待ちなさい」と言われ、なにか知らないけど魔法が放たれ、アナタデキルワネ? え?


「わたくしは待ちなさいと言ったわ! その忠告を聞かなかったから、実力行使したまでよ!!」


また待ちなさいって言った。待ちたいのはこっちだよ。わけがわからないよ。


「あぁ!? なにをわけがわからないこと言ってんだ! ケンカか!? あぁ!?」


 マズい! クリスさんがキレかかってる!!


 握ってもらっていたグレースの手を離すと、急いでクリスさんの腕をつかむ。


「ちょ、クリスさん待ってください!」


 気持ちはわかりますけど! でも、今は余計なもめ事を起こさないでほしい! 切実に!


「あなた、誰に向かってそんな口を聞いているの? いいわ、ケンカなら私の騎士が買ってあげるけれど」


 女の子が右手を上げると、隣に待機していた騎士が腰に下げた剣を引き抜こうとする。


 えぇ~っ!? さすがにそれはマズいんじゃ!!


「待ってください。もし、その剣を引き抜いたら、こちらも黙っているわけにはいきません。あなた方を戦闘不能にさせるのは造作もないことですが、ギルドセンターの前での争いは少々問題になるのではないでしょうか」


 チハヤが瞬時に私たちの前に出ると、軽く右手を握り締める。開いた手には、バチバチと嫌な音とともに気のせいだと思うけど小さな雷が飛び交っていた。


「それに、なにか言いたいことがあったのではないですか?」


「ふん。もういいわ!」


 鼻を鳴らすと、無駄に偉そうな女の子は騎士に命じて剣を抜くのをやめさせた。


「わたくしのことを知らないようですから、まずは、自己紹介といこうかしら。マリアンヌ・アレンシュタイン。アレンシュタイン家の長子。そして、ランク5ギルドのコンフォーコギルド長でもありますわ。以後、お見知りおきを」

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