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第34話 マリアンヌとかいう女

 突然現れたピンク髪のツインテールの、めちゃくちゃ偉そうで失礼な、そして意味のわからない女は、なぜか深くお辞儀をすると、これまたなぜか自己紹介を始めた。


 マリアンヌ・アレンシュタインとかいう舌を噛みそうな名前らしい。


「アレンシュタインだって?」「コンフォーコギルドってあの名門ギルドか!」


 またざわつく周りの人たち。有名人らしい……が。そんなことより私は、頭の痛いこんな状況を一刻も早く抜け出さないといけないわけで。だけど、チハヤに「さっさとなんとかしろよ! こらぁ!」と言えるような状況でもないので、まもなく限界を迎えようとする体とたたかいながら二人の様子をうかがうことしかできなかった。


「わたくしの名を出しても動揺しないとは、あなたやはりただ者ではないようですわね。気に入ったわ……ふふっ」


 ……これ以上突っ込みたくはないのだが、たぶんチハヤは、お前のこと知らないだけだと思うぞ。


「ご丁寧に自己紹介をいただきありがとうございます。私はチハヤです。チハヤ・ナゲカワ」


「チハヤ・ナゲカワ……いい響きね。名前の感じから言って異世界転生者かしら」


「はい、その通りです」


 マリアンヌとかいう女の口角が二ッと悪そうに横に広がる。


「いいわね。異世界転生者はレアもの。それに無詠唱魔法を使える実力、そしてなにより美しいそのルックス」


 なにをぶつぶつ言っているんだ……?


「それで、なにか用件があるのでしょうか? 私たちは今、取り急ぎ中でして」


 いや、それな。今すぐにでもトイレに駆け込みたいところ。


「そうでしたわね。つい、あなた──チハヤの品定めを、ね」


 マリアンヌは微笑みを浮かべたまま一歩一歩近づいてくる。波が引いたみたいに周りにいる人たちはマリアンヌとその騎士たちを避ける。


 マズいなぁ……もう……本当に嫌な予感が的中した。


「チハヤくん、逃げろ! こいつ、なんかやばい!!」


「やばいとはまた、下品な言葉遣いですね。まあ、いいでしょう。用件というのは、そこの獣人のことです」


 獣人? グレースのことか。


 マリアンヌは刺すような目で私の後ろにいるグレースへ視線を移した。グレースの口から「ヒッ」と悲鳴にも似た小さな声が漏れてしまう。


 グレース。まさか、こいつ、グレースになにかしようというんじゃ……。


「獣人を差別するような言葉が聞こえましたのでね。それは問題だと、ここにいるみなさんを注意しにきたのです」


 注意? それだけ?


「人と獣人を含む亜人種は、もうとっくに和解をしているのですから、今はギルド員に亜人種を雇うことも珍しい時代ではなくなりました。平和の象徴でもあるこのギルドセンターの前で、そんなやり取りが聞こえたので少し気になりまして」


 なんだ? 変な人だけど意外にいい人なのか?


「と、最初の用件はそれだけだったのですが、たった今、もう一つ用件ができましたわ。そこのいかにも田舎娘の格好をしているあなた──」


 マリアンヌの翡翠の目がバカにするように私を見る。……え? 田舎娘?


「そう、あなた。見てたところ、チハヤはあなたを守っていたようだけど、チハヤはあなたの執事かなにか?」


 まあ、執事と言えば執事だけど……え? なに?


「私はサラ様の執事です。それに、サラ様はアビシニア村のランク0ギルドのギルド長。立場で言えば、あなたと同じようなものですが」


「ランク0? なにそれ聞いたことないけれど。それにアビシニア村って、あのなにもない変哲な島? やっぱり、田舎者ね」


 グサッ! グサ、グサ! 痛いところを突いてくる! けど、こいつ、こいつ、いくらなんでも失礼過ぎじゃないか?


 沸々と黒いものが胸の中に溜まっていく。吐き気も増しているが、それ以上にムカムカしてくる。


「はぁ……。そんな田舎娘にチハヤはもったいないわ」


 わざとらしくため息を吐きながら、こいつ……! ゆ、許せねぇ……!!


「だから、わたくしがもらってあげるわ。チハヤは実力も容姿もわたくしのギルドにふさわしい。あなたでは、チハヤを活かしきることができない」


「はっ……?」


 マリアンヌだか、なんだか知らねぇーけど、こいつ、マジ!


 私はつかんでいたクリスさんの腕を離すと、チハヤの体も押しのけてゆっくりと前へと進んだ。


「ま、まずい! サ、サラちゃん! 落ち着いて!! 誰に何を言われようとも、チハヤくんはサラちゃんの執事だから大丈夫! ほら! チハヤくんもなにか言ってあげて!!」


「えっ。しかし、そんな当たり前のこと──」


「いいから! ああなったサラちゃんは危険なんだ!! 普段はたいていのことを心の中でつっこんですませることのできるサラちゃんだけど、限界を超えて鬱憤うっぷんがたまるとぷっつんときてしまう! そうなったときのサラちゃんは、自分自身ですら制御できない猛虎になってしまうんだ!」


「も、猛虎!? い、いったいこの田舎娘にどんな力が!? と、とにかく二人とも用心のために剣を抜きなさい!!」


 私はそのまま真っ直ぐに進むと、マリアンヌの前で足を止めた。


「おい、てめぇ……田舎娘だぁ? なにもない変哲な島だぁ? それにあろうことか、人の執事を勝手に自分のものにしようとしやがって。あぁ、許せねぇ。こいつは許すことができねぇ」


「ひ……」


 マリアンヌの顔が明らかに引きつっている。だが、そんなことは関係ねぇ。


「サ、サラ様! 危険です!」


「いいんだ、チハヤ。こんなにコケにされて黙っているわけにはいかねぇ。……おい、人のことを勝手に値踏みして、あぁ、てめぇはいったい何者なんだ。言ってみろよぉ」


「で、ですから。わたくしはマリアンヌ・アレンシュタイン。アレンシュタイン家の長子で、ランク5のコンフォートギルドのギルド、長……」


「あぁ、それがいったいなんだってんだぁ……? 貴族だかなんだか知らねぇが、ランク5がどれだけ強いのか知らねぇが、勝手に人のことを決めつけていい理由にはならねぇ」


「なっ! 言わせておけば! わたくしに逆らうということはギルドセンターに逆らうことも同義なのですよっ! わたくしをいったい誰だと思って!!」


「だから、関係ねぇんだよ。ピンク色のふわふわした髪しやがって。なんだその歩く貴金属みたいな服はよぉ。逆に下品まであるぞ、金持ちを見せびらかして歩いてよぉ。こっちはなぁ、わざわざ海を渡って王都に来て、今、必死の思いでここに来てんだよぉ。わかるかぁ? 人酔いする者の気持ちが? あぁ? 今にもぶっ倒れそうなくらいに頭がフラフラして吐き気も催してるってのに、お前みたいなやつの相手をしないといけないこっちの気持ちがわかるのかってんだ」


「そ……それは、あの、休んでいただいた方がいいのでは」


「うるせぇ! あぁ!?」


 ヤバい限界だ! 胃の中が上流してくるのがわかるっ!


「はっ? なにかしでかすつもりね! 2人ともいいから早く剣を抜いて、わたくしを守りなさい!!」


 ちがっ、そうじゃないぃ!!


 私は胸を押さえて屈み込んだ。せり上がる気持ち悪さに、迫りくる騎士2人。目が回る私の前に黒い影が颯爽と現れた!


「……チハヤ……」


「空間魔法でサラ様とグレースを一時的に収納します。このあとの対応は私にお任せください」


 空間魔法って、あの紅茶とか紅茶とか紅茶とかを出し入れしているあの便利魔法か? 今から私とグレースがそこに!?


「って、どういうことだよぉ!!」


 と、叫んだときにはもう暗闇の中にいた。


「はぁあああああ!?」


 いったいなにが起こってって、立ち上がろうとしたら、なにかもふっとしたものに手が当たった。


「あっ、グレース!?」


「……あぅう?」


 グレースもよくわかっていないのか、疑問の声を出した。真っ暗だからなにもわからないけど。


「あっ、でも待って。なんか光が見える。あそこに行ってみよう、グレース」


 今度は、私がグレースの手を引っ張って光のところまで連れていく。人混みじゃなくなったからか、途端に人酔いの症状は消えていた。それよりも知りたいのは、なにがどうなってここにいるか。そして、今、この空間の外ではなにが起こっているか、だった。


「えっ、見てグレース!」


 光は外の光だった。少し白いもやがかかっているように見えるけど、間違いなく今まで私たちがいたギルドセンターの前の光景が広がっていた。


「!!」


 外では、チハヤが2人の騎士とにらみ合っていた。

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