危険を察知したのか並んでいた人たちは散らばり、観衆となって動向を見守っている。開けた円状の中心にはチハヤとクリスさん、そして2人の騎士とマリアンヌが残っている。
騎士2人は抜き身の剣を構えている一方で、チハヤは平然とたたずんでいた。
チハヤがなにかをつぶやく。
『見えていますか? サラ様』
髪飾りを通してチハヤの声が聞こえてくる。
「あっ、うん! 今、なんか真っ暗なところにいてそこにあった光からチハヤたちの様子が見えているけど……」
『そこの空間は、巨大なカバンの中と考えてください。今、一部始終をご覧になれるよう外の様子を見られるようにしました。あとでなにがあった、こうあったと言われるのも嫌ですし、説明するのも大変ですからね。それでは、会話を終わります』
「ちょ、ちょっと待って──」
一方的に終わらせやがった。
『なにを話していたのかわかりませんが、今、確かに空間魔法とおっしゃいましたね。ますます、ますます欲しくなりましたわ、チハヤ。ただ、いくら魔法の使い手だとしても、わたくしの騎士2人は簡単には攻略できませんわよ』
マリアンヌの声が聞こえる。そうか、チハヤはあいつらと対峙している。長々と話している場合じゃないんだ。
「うぅうぅ……」
グレースの手が震えていた。こんな戦い、見るのは怖いかもしれない。
「グレース。こっちへ来て、チハヤならきっと大丈夫だから」
小刻みに震えるグレースの体を抱きしめる。温かいぬくもりが体中に広がっていく。
きっと、とはグレースに言ったけれど、実際には不安だ。チハヤの魔法がすごいのは知っている。空間魔法とか、ゴーレムとか、さっきもとっさに水の壁を出していたし。
だけど、どのくらいすごいのかは知らない。戦いなんてアビシニア村では見たことがなかった。モンスターもいないし、村のみんなが優しいから、めったに殴り合いのケンカなんて起こらない。
大丈夫だよな、チハヤ。信じて任せて、いいんだよな。
『ちょっと待ちなよ! チハヤくんも! なんか戦う流れになってるけど、一回落ち着いて冷静になって!』
クリスさん……。まさかのクリスさんが仲裁しようとしている。
『いいえ。今さっき言った通り、剣を抜いたら黙っているわけにはいきません。剣は人を傷つける凶器です。それを堂々と構えているのですから、私としても許すわけにはいかない。サラ様の執事として、見過ごすことはできないのです』
チハヤ……お前。ちょ、ちょっとキュンとくるようなこと、言うんじゃないよな!
『つまり、もう互いに引ける状態ではない、ということ。行きなさい2人とも! チハヤに、わたくしの力を見せつけて差しあげなさい』
チハヤが構えるや否や2人が同時に斬りかかってくる。1人に対して2人は、どう考えても対等じゃないけど、チハヤの表情は落ち着いている……ように見えた。けど。
『力の差を見せつけるのはこちらです』
『魔法を使わないつもり!? なめられたものね! 近接戦では、魔法より剣が圧倒的に有利ですわ!!』
えぇ!? そうなの!? た、たしかに剣を振るう方が早い……か。だ、大丈夫なのか、チハヤ!!
『隙がありすぎる! もらった!!』
一方の騎士の剣が正面からチハヤをとらえた。チハヤは顔面を守るために右腕を上げるも、そのまま刃は振り下ろされてチハヤの腕に当たる。って、おい!?
「チハヤっ!!」
金属が響くような音がしたあと、騎士とマリアンヌの目が驚いたように見開いた。
『今の甲高い音! まさか! 身体強化魔法で体の硬度を上げたの!?』
『その通りです。そして、強化したのは硬度だけではありません』
チハヤは一度後ろへ下がると、よろけた騎士に向けて左腕を伸ばす。
『確かに接近戦では剣が有利。ですが、剣よりもさらに自在に動く拳の方が有利です』
チハヤの左腕が金ピカに輝く鎧に命中する。と、ものすごい勢いで男は吹っ飛び、地面へと仰向けに倒れた。
「……え……」
『思った以上にあっけないですね。一応、利き腕ではないんですが』
いやいやいやいやいや。おかしいだろ。パンチで人が吹っ飛び、そしてよく見れば鎧が砕けているじゃねぇか!
これがチハヤの力!? いや、王都のギルドの人たちはこれくらい当たり前だったりするのか!?
……静まり返ってるじゃねぇか!! 王都でもおかしすぎるんだ! この力!
『くっ、くそぉ!!』
残された片割れの騎士は、剣を構えながらもチハヤから距離を取った。でも、まだやる気なのか?
『剣を収めてください。今、降参し、そしてサラ様への侮辱を謝罪するのであれば、これ以上の攻撃は致しません。魔法を使えるあなたなら結果はもう明らかでしょう』
チハヤの視線は、騎士の後ろにいるマリアンヌを見据えていた。そのマリアンヌの顔には明らかに動揺の色が浮かんでいた。
そうだぞマリアンヌ。私にはよくわからないけど、もうやめておいた方がいいんじゃないか?
なんか、思った以上にチハヤが強すぎるんですケド。
マリアンヌは、爪をかみながらギリギリと歯を食いしばっている。
『……降参だなんてそんなこと。できませんわ。わたくしは、アレンシュタイン家の長子ですもの。どこのだれかわからない田舎娘に負けを認めるなど、絶対に……!』
『私はどちらでも構いません。向かってくるなら迎え撃つのみです』
強い、というかもう怖いくらいだ。私がマリアンヌの立場だったら、もう負けを認めてるね。だって、あれはもう本当に悪魔的強さ……。
『くっうぅうう。……水魔法に空間魔法、さらに身体強化魔法まで……! しかもそれを全部無詠唱で……異世界転生者は皆、常人よりも強いと聞きますが、これほどの強さはもはや規格外ですわ』
うん、だからもうやめとけって。
大丈夫。なんかもう田舎娘と言われたこととか、失礼な態度とか全部、どうでもいいからさ。
『ですが、それでも引くわけにはいきません! マリアンヌ・アレンシュタイン、参りますわ』
マリアンヌは、大きく息を吐くとキッとチハヤをにらみつけた。
『連携攻撃で行きますわよ! わたくしが魔法を放ちます。隙を見てチハヤに剣を浴びせなさい! わたくしは、絶対に負けません!!』
えぇ!? お前が戦うのかよ!! いいよ! もう、大丈夫だよ!!!
『行きますわ! ファイア・アロー!!』
腕を交差させると、マリアンヌの手は炎の弓をつかんでいた。同じように魔法で炎の矢をつくりだすと、チハヤに狙いを定めて矢を射る。
『今だ!!』
矢が放たれたと同時に騎士は動き出し、ちょうど矢がチハヤの体に命中するタイミングで剣を横になぎ払った。
矢と剣の同時攻撃だ。だけど、チハヤは顔色を変えることなく、右腕を上から下に払うように力強く降ろした。
強風が吹いて矢と剣はいっしょに弾かれてしまった。
って、ええ!?
『まだですわ!!』
騎士の後ろから、マリアンヌが迫ってきていた。両手で赤く燃える炎の剣を構えて突進してくる……!
『なるほど……』
『くっ……』
激突する瞬間。チハヤは水の壁をつくりだし、マリアンヌの攻撃を止めた。なにもできないマリアンヌと騎士は、衝撃を受けてそのまま地べたへと転がっていく。
『身体強化魔法では、たとえ体の硬度を上げたとしても魔法によるダメージは防げません。その弱点を的確に突いた二段構えの攻撃、見事でした。ですが──』
『まだですわ。まだ、戦えます』
マリアンヌは立ち上がった。せっかくの綺麗な服が汚れてしまっている。
『マリアンヌ様! おやめください! これ以上は……!!』
そうだ。その騎士の言う通りだよ。どう考えても勝てないじゃん!
『わたくしの騎士ともあろう者が情けないですわ。いい? わたくしは無様に負けるわけにはいかない。それが、上に立つ者の姿勢なのですわ』
……マジ、か。覚悟が、がん決まってるじゃねぇか!
『意固地な方だ。プライドが高いと言いますか……ですが、さすがにもうお開きのようですね』
「えっ……なに、どうした?」
チハヤが後ろを振り返る。ギルドセンターの扉が開き、中から一人のおじいちゃんが出てきた。
『お、おじい様!?』
「なにっ!? だれだよ!?」
『世界各地のギルドを統べるギルドセンターのトップ。つまりはギルドセンター長のダニエル・アレンシュタイン殿です』
アレンシュタイン? 待てよ……ということは……?
『そこまでだマリアンヌ。いや、マリーよ。全くお前はまたトラブルを……とにかく、中に入りなさい』
マリアンヌのおじいちゃんじゃねぇか!