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第36話 ダニエルさんはセンター長

「さきほどは孫娘のマリーが失礼しました。マリーは、美しく強いギルドをつくる、というのを目標に掲げておりまして。他ギルドからの強引な引き抜きが少々目に余るときもありまして、私どもの方で都度、注意はしているのですが……」


 チハヤの魔法により謎の空間から外に出された私とグレース、そしてチハヤとクリスさんは、そろってギルドセンターの長机に座って紅茶をいただいていた。机をはさんで相対するのは、突然ケンカを吹っかけてチハヤにボロボロにされたマリアンヌと、そのおじいちゃん。


 白髪をオールバックで撫でつけ、チハヤと同じように執事風の服に身を包んだおじいちゃんの名前は、ダニエル・アレンシュタイン。端的なチハヤの説明によると、アレンシュタイン家とかいう大層な貴族の現当主かつギルドセンターのセンター長らしい。


 つまり、ものすっごく偉い人って解釈しとけばいいだろう。


 そんなことより、他ギルドからの強引な引き抜きって……。しかもそれを注意だけで終わらせる。その甘さのせいでアレンシュタインとこのマリーちゃんは、こんなんになってんじゃないのか?


「マリー。最後まで負けを認めず立ち向かうのは誇るべきことだが、非礼を素直に認め潔く謝るのもまた大切なこと。ギルド員の他ギルドへの移行は自由だが、それは双方合意の上であることが原則。しっかりと謝罪なさい」


「はい。わかりましたわ。おじい様」


 マリアンヌはイスを引くと立ち上がった。意外だな。駄々でもこねるかと思ったのに。


「サラ様。チハヤ様。この度はわたくしの暴走により、ご迷惑をおかけしたこと、そして無理な勧誘を試みたこと、ここに謝罪します。そして、これからはギルドの原則にのっとり強引な勧誘をしないことをお約束いたします」


 そして、深々と頭を下げる。あ~いやいや、そんなご丁寧にすみません、とこっちもペコペコと頭を下げた。


「それでは、失礼いたしますわ」


 席に座ると、マリアンヌは手ぐしで髪の毛を整え、上品な微笑みをつくった。いや~こうまじまじと見ると、美少女だな。ツヤのあるピンクの髪はゆるくツインテールに、そして大きな緑色の瞳は翡翠の宝玉のよう。人形みたいだ。


 まあ、その自分で言うのもなんだけど、私が自然体の美しさ(仮)なら、人の手によってつくり上げられた洗練された美しさというのを感じさせる。いや~きっと日々、丁寧な暮らしをして美を探求しているのだろう。ギルドに美しさを求めるのもわかる気がする。


「さて。それにしても、チハヤ様の実力には驚かされました」


 センター長が口を開く。そう、私も驚いた。便利魔法の使い手かと思っていたら戦いもできるとは思わなかったからね。


「通常、属性や種類の違う魔法を扱えるのはせいぜい2、3種類が限界と言われています。異世界転生者の中にはその常識を大きく超えた数の魔法を扱える者もいると聞いてはいますが、チハヤ様はさらにそのワクを超えている。なにか秘訣はおありですかな?」


「秘訣と言っても……そうですね、世界中を旅したくらいでしょうか」


 チハヤお前、テキトー言ってるだろ? 私にはわかる。ダウトうそだね。


「……なるほど。大陸からはるか離れたアビシニア村にギルドがあったことも驚きでしたが……これは、この先楽しみですね」


「念のため、ことわりを入れておきますが、私はあくまでもサラ様の執事としてギルド再興のお手伝いをしている立場です。ギルド員ではありません」


「そうですの?」


 マリアンヌは上目遣いでチハヤを見つめる。その仕草が若干なにか期待しているように見えて、私はすぐに話に入った。


「でも、チハヤはギルドに欠かせない存在だからな。勧誘はなしだぞ」


「わかっていますわ。サラ様。今、約束したばかりじゃないですの」


 だといいんだが、なんだかどうも気になる。印象的にプライドが高い感じだから、今さらうそをつくなんてことはしないと思うけど、ね。


「えー、そのようですな。私は一応責任者としてギルド員の一覧には目を通していますが、チハヤ様の名前はなかったように思います。異世界転生者の方の名前はこの世界では特徴的で、見たら一度で覚えますからな」


「そうだ! ダニエルさん、私たちのギルド、もうすぐランク1になると思うんですけど、確認お願いできますか?」


 ここで確認してもらうのは重要だ。もし、ランクアップ条件が間違えてなんていたらシャレにならない。こっちはギリギリでやってるからな。


「わかりました。それでは──誰か至急、アビシニア村ギルドの資料を!」


 近くにいた職員らしき人が軽やかに返事をする。話題が止まり、手持ち無沙汰になった私は紅茶を飲んだ。透き通ったストレートティ。隣では、紅茶が苦手なグレースが特別に用意してもらったホットミルクを飲んでいる。


「ところで二人に聞きたいことがある。獣人のことだ。差別がどうのこうのって言ってたけど、いったいどういうことだい?」


 テーブルの端に座っていたクリスさんが切り出した。そう、それも気になっていたこと。


 さっきのグレースに対する視線は、どこか侮蔑的だった。差別って言葉も全然穏やかじゃない。


 アレンシュタインの当主と孫娘は、互いに顔を見合わせると、ダニエルさんは一口紅茶をすすった。


「いいところのようですな。アビシニア村は。モンスターがいないとは聞いていましたが、獣人に対する偏見のかけらもないようで」


 穏やかな口調だけど、どこか慎重に話し始めるダニエルさん。グレースも自分の話だからか、コップを置いて真剣な顔つきで話を聞こうとしている。


「かつて、人間と獣人を含む亜人種は敵対関係にありました。そのせいで人間は、モンスターと同じように亜人種をとらえており、友好関係を結ぶようになった今でもそのしこりのようなものが残っております」


「亜人種は人間よりも圧倒的にその数が少ないの。だけど、みんな人間にはない能力を持っている。それを怖がる側面もあるのかもしれないですわね。わたくしには理解できない感覚ですが、今でも亜人種を毛嫌いしている人は少なからずいますわ。ああやって、差別意識を表に出すやからも」


 マリアンヌが軽蔑するような目つきをする。


「マリーの言う通り、今はなんのしがらみもありません。特にギルドは昔から、人種も能力も立場も関係なく平等に、その門を叩く者は受け入れてきました。ですから、ギルド員と思しき冒険者がそのような陰口を叩いたことは恥ずべきことです。グレースさん、申し訳ありませんでした」


 ぴょこんと耳を立てると、グレースは恥ずかしくなったのかコップで自分の顔を隠した。……隠れてるつもりで丸見えなところが、かわいい。


「センター長! 資料、お持ちしました」


 丁寧な物腰の大人な女性って感じの人がいくつかの紙の束を持ってきてくれる。ダニエルさんは、軽く礼を述べると資料に目を通した。


「えぇ、ギルド長は、サラ様。ギルド員にクリス様とグレース様、ギルド員はあとお一人で条件を満たしますね。それから、依頼達成数は4件、こちらはあと2件です。もうひと踏ん張りといったところですが、わざわざ王都にいらしたということは、こちらでなにかご依頼が?」


「そうです! 2件の依頼が王都に来ないとできないことで、あとは依頼が達成すれば最後の一人が仲間になります! エルサさんって言うんですけど、ダニエルさん、もしかしたら知っているかも。エルサ・ブラックウェルって」


「ブラックウェル……おじいさま、まさかあのブラックウェル家のことなのでは!?」


 声を上げたのはマリーだった。チハヤの魔法を見たときくらいびっくりしてるわ。


「これはこれは、また優秀な人材を。ブラックウェル家とギルドセンターは長い付き合いでして。ギルドの創立のときからその技術を活かし、ヒーラーの発展に尽力していただきました。今のヒーラーのグランドマスター・・・・・・・はそのほとんどがブラックウェル家の手ほどきを受けたものです」


 グランド……マスター? なんだそれ?


「グランドマスターとは、言わばその職業ジョブに就くために必須の技術を教えてくれる師匠です。確か、正式なギルドになれば派遣されるとうかがっていますが」


 ダニエルさんは、首をゆっくりと縦に振った。


「ええ。さすがよくご存知で。ランクアップが楽しみですね」


 ……えっ、おい、チハヤ。私、そんなこと一回も聞いてないんだけど。なんでお前だけ知っとるんや。


 というつっこみを入れることなく、ダニエルさんは紅茶を飲み干すとイスから立ち上がった。


「さて、それでは紅茶をいただいたところで、私は仕事に戻ることにします。ああ、気にせず、ゆっくりとお過ごしください。マリー、もう無茶なことはしないでおくれよ」


「もちろんですわ。おじいさま」


 優雅に孫とのあいさつを交わすと、ダニエルさんは散歩でも行くかのようにゆったりとギルドの受付に消えていった。センター長だもんな、忙しいんだろう。


 ……ってか、待てよ。センター長ってことは、結局あの人がウチのギルドを認めたってことじゃないのか? えっ、ってことはつまり借金は──。


「はぁ。おじいさまの相手は疲れますわね」


 ん? あん? なんだ、こいつ、急に雰囲気が変わって──。


 ダニエルさんを見送ったマリアンヌは、こちらに顔を向けた途端に、にたり、と悪役みたいに笑った。


「それで、どういう条件でしたらチハヤをわたくしのギルドに譲っていただけますの?」

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