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第37話 約束は破るためにある…わけじゃないと思うけど

「それで、どういう条件でしたらチハヤをわたくしのギルドに譲っていただけますの?」


 !! ……こいつ、やっぱり!!


「お前!? 今、約束したばかりじゃねぇか! 勧誘はもうしないって──」


強引・・勧誘はしないとは約束しましたが、勧誘をしないとは言っていませんわ」


「っくそ、屁理屈みたいなことを言いやがって! ダメダメ、チハヤはうちの大事な執事なんだ! 絶対に譲らない!」


 「そうだ! サラちゃん!!」とクリスさんはヤジみたいな応援を飛ばしてくれた。けど、肝心のチハヤは紅茶を楽しんでいる。おい、お前の問題なんだぞ!


「いくら積まれても?」


「いくら積まれてもだ!」


「ランク0とおっしゃっていましたよね。初めて聞きましたわランク0なんて。正式なギルドですらないのなら、ギルドの維持費に多額のお金がかかっているのではありませんか?」


 う……痛いところを突いてくる。


「た、たしかに大変だけど、サポート料の支払いが迫っているし」


「その費用、全部、わたくしが肩代わりしてさしあげますわ」


 なっ、なんだってー!! それはちょっと、考えてしまうことは否めない!!


「そして、チハヤが抜けたら戦力が痛いでしょうから、コンフォートギルドから3名、そちらのギルドに移行させましょう。戦士に魔法使いにヒーラー、どれも一級の腕前です」


 チハヤ一人に対し、3人も? それなら簡単にランクアップできそうだけど……。


「いいですか。それだけの価値が、チハヤにはあるということですわ。美しさはもちろんですが、純粋に強さという点でも他に類がない。モンスターが出ないアビシニア村に住んでいてはわからないでしょうが、大陸では魔王の力の影響か、モンスターの脅威が日々増しています。そのことを考えても、チハヤはわたくしのギルド、そうでなくとも大陸のギルドにいるべき存在です」


 緑の瞳が真剣に訴えてくる。


 モンスター。確かにチハヤも言っていた。「ギルドは魔王討伐に欠かせない存在だ」って。そんなすごい力を持っているチハヤを、ちゃんとモンスターと戦うことのできるギルドに行ってもらうことはみんなの平和にとっては大事なことなのかもしれない。


 ウチの村だったらチハヤは紅茶を飲んでゴーレムを出して、なんやかんやありつつも大きなことはなにも起こらない平和で平穏な日々を過ごすだけ。


 ……それに、ここでチハヤを売っちまえば、ギルドの借金はなくなる。もうギルドを手放してしまったっていいんだ。望んでいた勝ち組の生活にはなれなくても、お金に困ることのない人生を歩むことができるかもしれない。


 ──だいたい、こうなったのも半分くらいはチハヤのせいもあったんだ。あのとき、チハヤに出会わなければ、ギルドを引き継ぐなんて言わなければ、私の人生はもっと上手くいっていたはず。今頃、おいしいものを食べて好きな服を着て、もしかしたら乙女らしく恋愛なんかをして自由気ままに生きていたはず。


 私はチハヤを見た。カップをソーサーの上に置いたチハヤは、私の視線に気がついたのか射抜くような目で私を真っ直ぐに見つめる。……だからさ、チハヤ。自分がイケメンであることをもっと自覚しろって。


「でも、それでもチハヤは引き抜かせない。チハヤだけじゃない。クリスさんもグレースも、そしてこれから仲間になってくれるエルサさんも。いろいろ大変だけど、つっこむことばかり起きるけど、それでも私はたぶん、みんなでギルドをつくる今の生活が一番楽しいんだ!」


 引かない。マリアンヌがなにを言っても、引かない。


 そんな気持ちで私はマリアンヌと目を合わせた。ふふっと、微笑むとマリアンヌは目を閉じる。


「サラ。あなたはギルド員のことを仲間と呼びましたね。わたくし、そういう仲良しこよしは嫌いですわ。わたくしにとってギルド員は、駒。ギルドを大きくするための駒。ですが、ギルドをつくるのが楽しいというのは同意いたします」


「じ、じゃあ……!!」


「チハヤのことは一度手を引きます。けれども、わたくしの思いは変わりません。チハヤはわたくしのギルドにいてこそ輝く価値のある存在。いつか必ず、わたくしのものにしてみせますわ。それでは、これで失礼いたします」


 マリアンヌ──いや、マリーはイスを引き一礼すると、きれいな横顔を向けて席を離れていった。


「……ああ、そうですわ。たしか、その子、グレースと言いましたわね。仲間だと思うなら、少なくとも今王都にいる間は気をつけた方がいいですわ」


「気をつけた方がいいって、なにがだ?」


「亜人種、獣人はレアな存在。つまり、チハヤと同じように存在自体に価値がありますの。忌み嫌う方もいますが、逆にその価値が欲しい方もいます。奪われないように、気をつけなさい」



「いや~かっこよかったよ、サラ! 見直した! あんなふうに真っ直ぐ言われるとくすぐったくなっちゃうけど、うれしくなっちゃうよな、グレース!」


 クリスさんは大声で笑いながら、泡だらけのグレースの体にお湯をかけている。うんうん、うなずくグレースもどこかウキウキとしているように見えた。


「……私も、振り返ると本当に自分の口からあんな言葉が出たのか不思議です。クリスさんなんて、イケメンに勧誘されたらコロッとあっちのギルドに行ってそうですけどね」


「それは、そうかも!」


 そうかも! じゃねぇよ。


 でも、いまさらながら恥ずかしくなって、私は湯船に半分顔を沈めた。薬草のエキスが入った、薬用効果のあるお湯らしい。エルサさんの屋敷には、シャワーだけじゃなくてでかいお湯が張ってあって家族も使用人もみんなそこで一日の汚れを落とすのだとか。


 チハヤは、「こ、これは! まさかお風呂!!」とか珍しく大きな声で興奮してたけど。


 あのあと、私はまた人酔いで苦しみながらエルサさんの屋敷に帰ってきて、エルサママから例の治療を施されそうになったから、それを拒否すると、すぐにこのお風呂とやらに投げ込まれた。


 クリスさんとグレースも後からやってきて、今はクリスさんがグレースの体を洗ってあげている。猫だから水は嫌いなんじゃないかと思っていたけど、そうでもないらしい。いや、人間の生活に慣れてきたのかもしれない。


「それはそうと、気になりますねクリスさん」


「うーん? 最後に捨て台詞みたいにマリちゃんが吐きすてていったことか?」


 そうだけど……マリちゃん……。


 クリスさんは、ナイスバディを揺らしながら今度はごしごしとグレースの頭を泡まみれにしている。グレースは気持ちいのか、鼻歌まで歌い始めた。


「確かに気にはなるけど、そんなにびくびく気にすることでもないんじゃないか? グレースには常にいつも誰かがついている。それに、安全だからってずっと檻みたいなところに入れておくことはできないだろ? グレースはなにも悪くないのに、自由を制限されるのはおかしいって」


 それは、そう。クリスさんの言っていることは間違いない。


 だけど、私が不安なのは、ここが人酔いするほどたくさんの人が行き交う王都ってこと。

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