雲一つない快晴。それが、今日の天気だった。
王都に来て二日目。窓の外から見る景色は、まだ慣れない。
「おはよう~サラちゃん~なんだか昨日は大変だったみたいだね~。グレースは大丈夫かな?」
「いや~ホントに大変でした。でも、見てる感じだとグレースはあまり気にしてなさそうです。私やクリスさんもいますしって、えぇ!? そう言っているエルサさんも大変そうじゃないですか!?」
振り向いたエルサさんの姿は、一言で言えば異様だった。一枚布で作られた真っ白な服のあちこちに赤いものが飛び散っている。その姿は大量の返り血を浴びたバーサーカーのよう。
「早朝から現場に入っていてね~でも、大丈夫~」
「いやいや、血だらけですよ! 見てください、エルサさん自分の服を!!」
「あはは~そんなわけないでしょ~私、血を見たら卒倒しちゃうくらいなんだから、そんな血塗れなんて~」
「え? じゃあ、その服についてるのは血じゃないんですか?」
「あはは~」
エルサさんは笑っている。笑っているが、全く視線を下に向けようとしない。こ、これはまさか!?
「……サラちゃん、血なんてついてないよね? ね? 大丈夫だよね? ね?」
「エルサさん! ごめんなさい、見間違えですぅ~。私ったらちょっと疲れているのかもしれません~」
「そうだよね~ふふふ。血なんてないもんね~」
エルサさんは現実逃避をしている。血がたっぷり服に染みついているというのに、いや、むしろそのせいで血なんてあるわけがないという、妄想を無理やり自分に納得させようとしている。
エルサさんに現実を突きつけることもできるが、なにが起こるかわからないので私は一生懸命、現実逃避に迎合することにした。
……現場では、いったいなにが起きているんだ。きっと想像を絶するなにかが行われているに違いない。
「それじゃあ、今日はこのあと教会にいかないといけないから~サラちゃんたちは?」
「あっ、私たちはですね──」
目を瞑る。そう、今日はずっと頭の片隅で気になっていたあの日なのだ。
*
「それでは、行ってまいります。サラ様」「サラちゃん、行ってくるね~」
「クリスさん、チハヤと腕を組もうとするのやめてもらってもいいですか?」
別れ際にそっとチハヤにくっつこうとしたクリスさんをけん制する。
「あーバレたか。わかったわかった。安心して~愛しのチハヤくんには指一本触れないから、たぶん」
「バッ……! 別にそんなんじゃないです! ただ、あまりいちゃいちゃされるのも、見てて嫌だっていう──」
「大丈夫。任せろ!」
クリスさんは謎のグーポーズを決めると、そのままチハヤと人ごみの中に消えていった。
ギルドへのあいさつもすまし、今日は、もう一つの依頼である村長の依頼品を手に入れる日にしていた。
そう、あの怪しげな村長の依頼だ。私に内緒にして、チハヤとクリスさんだけが依頼内容を知っている。つまり、大人なあれ。
18の私ももう成人ではあるけど、まだ乙女。色気ムンムンなクリスさんみたいな大人ではない。チハヤは──経験があるのかどうか知らないし知りたくもないけど、なんでもこなせそうだしまあいいだろう。
とはいえ正直、気になる。気にならないと言えばウソになる。やはり、あれだ私の中の知的好奇心というやつがうずいている。気になると言えば、昨日のお風呂でクリスさんはやたら丁寧に体をすみずみまで洗っている……ような気がした。
でも、ダメ。私はなにも知らない純真な乙女であろうと、依頼を受けたときに決めたのだ。村長の小さなプライドは正直どうでもいいけど、私は近寄らないそう決めた。
……大丈夫だよね? クリスさんは信用できないけど、チハヤは大丈夫。たぶん。
くっ。なんだ? これじゃ、まるで私がチハヤのことを気になっているみたいじゃないか! いやいや、あいつは悪魔だぞ。そりゃあ、イケメンだしスタイルもいいし、なんでもできるしときには顔を近づけてきたり、お姫様抱っこみたいな大胆なことをしたり、カッコいいセリフを吐いたりするけど──。
いいかサラ。誰のせいでこうなってると思ってるの? たしかに今は楽しいよ。楽しいけど、こうなる前になんかもうちょっとやりようがあったじゃない。悪魔、悪魔、いや魔王、魔王。私にとって、あいつが魔王みたいなんもんなんだ。
……あーダメだ!! 気になり過ぎる!! なんで別行動なんだよ! 別にチハヤ一人で行けばええやん!! クリスさん関係ないやん! ダメだぁ! これじゃあ、精神衛生上よろしくない!
「……んっ、んっ……」
「ん? グレース、どうしたの?」
グレースが私の服の袖を引っ張っている。まるで「行こう」と言わんばかりに。
「……もしかして、グレースも気になってる?」
「んっ、んっ」
どうやらそうらしい。……私だけでグレースを連れ歩くのはちょっと不安はあるけど──。
「行こうか、グレース! チハヤの尾行だ!!」
私はグレースと仲良く手をつなぎ、チハヤたちの後を追っかけていくことにした。絶対にこの手は離さないと、心に決めて。