一番心配していた人酔いは、王都3日目ということもあり体が慣れてきたのか我慢できるほどだった。人間の適応能力というやつだ。ふふん。
今まで下ばかり向いていて、まったく見ていなかった街並みを見ながらチハヤたちの尾行をする。
街を二分する大通りは行き交う人どころか馬車が走れるくらいに広い。私たちのギルドやクリスさんの酒場、エルサさんの美容室があるアビシニア村のなんちゃって大通りとは規模が全然違う。
一軒一軒色の違うカラフルなレンガのお店や家々を進むと、開けてきたのは昨日訪れたギルドセンターがそびえ立つ広場。
「ん……?」
あっ、ヤバッ!! チハヤが振り向く!
「……なにかあった? チハヤくん」
「いえ、なにも。どうやら気のせいのようです」
「ふぅん……それでどうだい今夜あたり、二人で──」
チハヤはなにも気づかないクリスさんと一緒に人ごみにまぎれていった。
あっぶねぇ~。都合よく近くにタルがあってよかったぁ~。チハヤが振り返るあの一瞬でグレースを後ろに引き寄せてしゃがみ込むなんてすごわざができるのは、さすが私だ。それに、クローバーの髪留めは、今はカバンの中。私の声は聞こえないんだ。
「おい、あんた、お客さんじゃないんじゃ、避けてくれないかね」
「お客さん──あっ」
白いエプロンを着たおじさんの大きな顔の横には、こんがり焼けたパンみたいにおいしそうなこげ茶色の看板。ってかパン屋さんだった。
「あっ、すみません。すぐ移動します」
ぐぅ~~~~~~~~~。っと大音量のお腹の音を鳴らしたグレースは、にへらと可憐な花のような笑顔を見せた。
*
「う~ん、
クロワッサンを食べながら広場を見渡すも、チハヤの姿はもう影も形もなかった。これに関しては、グレースのかわいさに打ち勝てなかった私が悪い。
当のグレースは何個も買った白パンをうれしそうに頬張っている。
あきらめるか? だが──去り際にクリスさんは言ってたな。『今夜あたり、二人で』と。
なんだ? 二人ですること? あやしい匂いしかしない。
村長の依頼といい、クリスさんのつぶやきといい、あやしさしかないぞ、今のところ。ここで引き返したとして、何食わぬ顔であの二人と顔を合わせられるのだろうか。
──NOだ。想像してみたらわかった。私、めっちゃ動揺してる。動揺しすぎて目が泳ぎまくって、会話も上の空だ。
真実を、真実を見極めなければならない。……でも、どうやって?
「ここが、大陸全土のギルドの総本山とも言えるギルドセンターです。もちろん、冒険者やギルド員が連日連夜訪れる仕事場ではありますが、この太陽の光を反射する眩いばかりの白さ。『白の巨塔』の異名を持つギルドセンターは、観光名所としても有名で──」
観光客、だろうか。10人くらいの集団がぞろぞろと並んで通り過ぎていく。
「この広場の奥は、マジックショップが並んでいる専門区です。そして、あの坂道を登った先には、ほらごらんください、数々の奇跡を生み出した教会がちらりと顔をのぞかせています。穢れのない無垢を象徴するような真っ白の建物は『白の砦』とも呼ばれ──」
また白かよ! どっちか違う色にしろ!
いや……待って。その前に今。
「マジックショップって言った?」
チハヤの行きそうなところだ。だけど、村長の依頼となんの関係が? 待てよ。魔法……あやしい、得体の知れないイメージ……村長の依頼もあやしい……多少こじつけくさいけど、関連はあるかもしれない。
「行ってみるか……」
あちこちのお店に目移りしては立ち止まろうとするグレースを、ときには引っ張ったり、ときにはなだめたりしながら広場を抜けると、途端に人通りがまばらになった。
歩いてきた大通りや広場とは違って、どこか陰鬱な暗い雰囲気が漂う狭い通り。カラフルだった街並みは、色を失ったように黒に灰色とモノトーン一色となる。街の喧騒もなくなり、どこかひっそりとした空間は同じ街なのか、と感じさせるほどだった。
「うむ……あやしい」
そう、その静けさが逆にあやしい。秘密を共有するのにはピッタリの、そんな雰囲気がここにはある。
でもって、立ち並ぶお店の周りには、見たこともないような花や木、さらにはホンモノかニセモノかはわからないけど、ドクロのようなものもあったり、他にも魔法使いっぽく杖やほこりをかぶった本が平積みにされていたりと、私の知らない未知の世界がここにあるよ、と教えてくれる。
「なんだい、嬢ちゃん、こんなところに……魔法使いには見えねぇが」
ジッと品物を見ていたのが悪かったのか、またしてもお店の人に声をかけられてしまった。
「あっ、私は──」
その人の顔を見た私は言葉を失った。
「ん? なんだ? 俺の顔になんかついてんのか?」
「ああ、いえ、なんでもないです……」
強面だった。とんでもない、なんか悪いこと
だけど、そんな猛禽類のような鋭い目つきが凄みをきかせてきたから、一瞬戸惑ってしまう。
「魔法使いじゃねぇんだな。じゃあ、行きな。ここにはなにも──おい、待てや」
「なっ、なんですか?」
ま、まずい。間違ってヤバい場所に来てしまったのかもしれない。王都にはいろんな人がいる。昨日、それを知ったばかりなのに。
「後ろの嬢ちゃん、獣人か?」
意地の悪そうな店主の声に反応して、ぴょこぴょこと動く耳。しまった。もう、ごまかしは効かない。だったら──。
「行こう、グレース。ここに用はないみたい」
さっさといなくなるのが賢明だ。昨日みたいな差別的な言葉、グレースには聞かせたくない。
「ああ、いや待ちなって。あんたみたいなモフモフにいいものがあるんだ」
「……はい?」
きっと、私はとんでもなく眉をしかめていたことだろう。
*
「ほぉ~やっぱりよく似合うねぇ!!
強面の店主は大木みたいな太い腕を組むと感心したように大きくうなずく。その視線の先にはグレースの両手。
グレースは不思議そうに自分の手を眺めていた。それは、そう。自分の手にモフモフの毛皮で作られた手袋がはめられているから。そして、その手袋の先にはそれぞれ3本の凶器がついている。
これって、たぶんあれだ。爪だ。主になにかを引き裂くために使われる武器。
こんな物騒なものをかわいくデコレーションしているのはなぜ?
「あの……」
「皆まで言う必要はない。お代はいらねぇよ、やっとこの武器に似合う存在と巡り会えたんだ」
「いや、あの──」
「なんだ足りねぇってか! もっとモフモフでキュートでフェミニンなアイテムはないかって! そうだ! あるぞ、ちょっと裏の倉庫にあるからな、そこで待っててくれ!!」
「あ、、」
行っちまった。私はただなぜ相反するような凶器とかわいいが同時に存在する武器を作っているのか、その意図を聞きたかっただけなんだけど。
「……うん、とりあえず帰ろうか!」
「ふ~ん?」
ここはいかにもあやしいお店だ。逃げるなら今がチャンス!
「行くよ、グレース!」
手を伸ばしたけれど、爪のついた手を触るわけにはいかず、私はグレースといっしょに店の外へと出た。
そこで待ち受けていたのは──。
「やあやあ、大丈夫? 変な店に連れてかれたみたいだけど」
えっ。また、誰?
今度は好青年だった。ニコニコと人好きのする笑顔で話しかけてきたけれど。
「そこのお店はねぇ。変なおっさんが店主なんだ。獣人に対するこだわりがすごいのか、マニア向けのアイテムをつくっていてね。君みたいな獣人はもう格好のカモだよ」
「あっはは~そうだったんですか。ありがとうございます。それじゃあ、私たちは急いでいるのでここで──」
また、むちゃくちゃあやしい人だ。ここは一旦、広場まで戻って──と後ろを振り返ったときには、グレースが2人の男に羽交い絞めにされていた。
はっ……?
「ちょっと、ちょっと、待って! いきなりなにをしてんだ!?」
「変なおっさんの方がまだ安全だったかもね。獣人は、レアもの。高く売れるんだよ。しかも、こんなにかわいい子だったらなおさら」
「なに、わけのわからないことを!! グレースは──」
話しかけてきた青年の方を振り返ると、視界いっぱいに太い棒が振り下ろされる。
「……ひぃあああ……」
鈍い衝撃音がして、頭がぐらりと揺れた。ウソ──ダメだ──意識が──。
グレース……逃げて……チハヤ……チハヤ……助けて……チハ──。
「…………………………ラちゃん! サラちゃん!!」