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第50話 結局名物がないとダメっぽい

 くっそぉ。トーヴァさん、いやトーヴァ。チハヤと同じようなことを言いやがって。


「だいたい圧が強いんだよ! そう思わない? グレース!」


 沈む夕日に照らされたグレースはなにも言わず、伏し目がちになった。


「どうしたの? グレース、もうお腹空いた? あーそう言えば、チハヤがいないから今日のご飯どうしようか? 戻って、クリスさんの酒場でも寄っていく? レストランの方がいい?」


 しかし、グレースは返事をしない。ご飯のことならなにをおいても反応するはずなのに、いったいなにが。


「ほう、酒場か。それもいいな」


 はぁうあああ! 風圧が、いや違う特大の圧が背中から感じる! 振り返るとそこには、当然のような顔をしてトーヴァがいた。


「で、出た!!!!」


「出たじゃない。人を化物みたいに言うな。はぁ、何度こんなセリフを言ったことか」


「いやぁ、でも、トーヴァさん。なんでこっちに?」


 ギルドから出てもう10分くらいは歩いている。こっちには私の家くらいしかないんだけど。


「なんでって、宿泊施設がないんだから、サラの家に泊めてもらうしかないって、執事から了承は得て──その顔、さてはなにも聞いてないのか?」


 コックン、とうなずき一回。


「執事には確認取ったぞ? 『それでしたらサラ様とグレースをよろしくお願いします』とかって言ってたけどな」


 あ、あ、あいつ! よりによってとんでもないことを言い忘れやがって!! いや、わざとかわざとなのか? 私に対する嫌がらせなのか!!!!!


「というわけでよろしく頼む。ギルドの固い床じゃ寝れないし、部屋はいっぱいあるんだろ? しばらくお世話になるよ、ん?」


 肩を組んできやがった!! 逃げられない! もう、逃げられないよ!!


「……うぅ、不本意ですが、わかりました。いくらトーヴァさんと言えども、ベッドもないような場所に置いておくわけにはいきませんから」


「ずいぶんイヤミったらしいな。サラ、お前、性格悪いだろ」


 お前にだけは言われたくないんだよっ!


「あうっ……あう、あう!」


 服の袖を引っ張るグレースが急に笑顔になった。かわいっ!


「とりあえず、よろしくお願いします。まずは酒場に戻りますか」


「ああっ! そうしよう!」



 お酒をしこたま飲み(トーヴァさんだけ)、クリスさんの手料理でお腹を満たした後、私たちは家へと帰ってきた。


 玄関の扉を開けると、疲れた様子のグレースがさっさと家の中へ入っていってしまう。子どもだし、もう、眠いのだろう。


「ここが、サラの家か」


「ええ。狭いところですが、どうぞ」


 トーヴァさんを連れてひとまずリビングへと向かう。いつもならおいしいチハヤの料理が並んでいる食卓テーブルは今はきれいさっぱりなにも置かれていない。


「寂しいか?」


「む……寂しくなんてないです。いつも一緒にいるんで、たまにはいない方が気が楽です」


「そうか……うらやましいな」


 トーヴァさんは意味深につぶやくと、イスを引いて座った。なんとなく、私も向かいの席に座る。グレースはと言うと、すでに床の上で寝そべっていた。


「私のこと、嫌なやつだと思っているだろ」


 無遠慮な質問だ。でも、今日一日だけで散々やり合ってるし、実際嫌なことも言われているから、私も遠慮くなく言わせてもらう。このサラ、そんなにお人好しじゃないんでね!


「そうですね。嫌なやつです」


「猫被ってたくせに、本当は粗暴で口も悪いし攻撃的、そんなところか?」


「あと、圧もすごいです。まあ、ギルドのためを思っていってくれてるとは思うんですけどね」


 意外そうに首を傾げると、トーヴァさんはなぜか笑みをこぼした。


「なんですか? 気持ち悪い。またなにか企みでも──」


「そうじゃない。やっぱり、いいやつだなって思ったんだ」


「はぁ? こんなに嫌味ばっか言ってるのに?」


「ストレートに言われると、逆にうれしいもんだよ」


 トーヴァさんは目をつむった。透き通るような白い肌、細い体に小さな顔、絵画から抜け出てきたような神秘的な美しさは、力任せに大剣をぶんぶん振り回すイメージとはとてもかけ離れて見えた。


 再び目を開けたとき、トーヴァさんの瞳にはどこか哀しい色が映っていた。


「私は強いからね。どこのギルドに行ってもだれも正面から文句を言ってくるやつはいなかった。その代わり裏でコソコソと言い合って、しまいにはある日突然解雇だ。いろんなギルドを見てきた。私なりに真剣に向き合ってアドバイスもしてきたつもりだ。そう、真剣だったんだよ。だけど、結局どこも私を受け入れてはくれなかった」


 ふと、トーヴァさんは私の後ろで寝そべっているグレースに視線を向けた。なんとなく、その意図に気づいてしまい、私はいや~な気持ちになる。


 本来、こういう話は酒場の席でやるものだ。たぶん、知らんけど。


 でも、きっとグレースがいるから気を遣ったんだな。たぶん、知らんけど。


 豪胆なくせに繊細、いろいろとめんどくさい人だ。この人は。たぶん、知らんけど。


「感謝している。本当だ。私を受け入れてくれてありがとう」


「受け入れたというか、受け入れざるをえなかったというか。でも、アドバイスはありがたいです。無理難題ですけどね」


「ふふっ。センター長が言ってたことは当たりだったな。弱小ギルドだけど、居心地は悪くない。どっかのギルド長のお人柄ゆえ、かな?」


 さあ、それこそ、知らんけど。


「トーヴァさん、いえ、トーヴァと呼び捨てしてもいいですか? それと、敬語もめんどくさいのでやめたいです」


「いいよ。その方がやりやすいだろ?」


「うん。じゃあ、トーヴァ、改めてこれからよろしくね」


「こちらこそよろしく頼む。一緒にギルドを大きくしてやるよ」


 はぁ。さてまためんどくさい。せっかく、のんびりライフを送ってたのに。


 でも、実際問題金稼がねーとやってられないからな。改めて、ギルド経営頑張りますか!


 ……明日から。



「たぁ!!」


「とぉ!!」


「きゃ~!! 血が~!!」


「エルサさん! 消毒しますから落ち着いて!!」


 かすり傷で血が出たことで取り乱すエルサさんをグレースが抑え込み、その隙に消毒を施す。包帯を巻き巻きすれば、また打ち込み開始。


 ギルドでは朝から盛んに稽古が行われていた。王都の強面店主から譲り受けたボロい剣を手にし、エルサさんは熱心にトーヴァのデカい大剣に打ち込んでいく。そんな様子を見ながらも、私の頭の中は別のことでいっぱいだった。


 あ~ヤバいな~全然思いつかない。


 昨日、トーヴァとの話し合いを終えてベッドに向かった私は、すぐにギルドの発展、そのための村の発展の方法について考えた。そして、気がつけば朝を迎えていた。


 悩み事があっても数秒で眠れる自分に腹が立つ。まるで悩んでないみたいじゃねぇーか。


 でも、マジでなにも思いつかん。大陸からの誘致も考えたけど、こんな需要のない村に誰か来るか? エルサさんみたいな事情でもある人以外はまず選択肢から外れるだろ、この村。


 自分で自分の村を下げるのは悲しいがしょうがない。リアリストになるんだよ、サラ。夢だけじゃ食ってけないんだ。


「はぁ~」


「なんだぁ? どでかいため息を吐いて! そんなひまがあったら動いてみろっ!!」


 なに? もしかして稽古をつけながら叱咤激励してる?


「道がないなら切り開く! アイディアがないなら聞きまくる! ガードが固いなら切り崩せ!!」


 その言葉にハッとしたような顔を浮かべて、エルサさんは剣をなぎ払った。そして続けざまに剣を振るうと、トーヴァが押され後ろへと下がる。一瞬のその隙をついて、エルサさんは飛んだ。


 ……けど、ガンッと天井に頭をぶつけて床に倒れる。あれは痛い。血は出てないけど、あれは痛いよ。


「やっぱり狭いな。戦い方を見てわかったが、エルサはスピードタイプの剣士だ。フットワークの軽さを活かして縦横無尽に動き回り敵を切り崩すのが向いている。だが、その良さを伸ばすためにはこの部屋では狭い。早く訓練場を建てなければ……」


 そうは言ってもお金、人、材料、あらゆるものがないんだけどね。あっ、でも──。


「森に行ったらどうですか? 『悪魔の森』の手前。ほら、迷い猫を見つけた辺りとかなら広いし、日差しも遮られてちょうどいいかなって」


 トーヴァは剣を鞘に納める。


「なるほど、森か。木々が多くて邪魔そうだが、まあ斬ればいい。障害物も実践訓練に役立つかもしれないしな。じゃあ、エルサ、昼から行けるか?」


「は……はひ……一人美容室にお客さんが来るんで、それが終われば」


「客を取ってる場合じゃない! が、現状では仕方ねぇか。わかった、休憩にしよう」


 エルサさんはしばらく痛むであろう頭を押さえていた。



「さて、なにを頼もうかな~レストランに来るなんて久しぶりだから、迷っちゃうな~グレースはどうする?」


 グレースは、メニュー表とにらめっこをしたあと、指をさしてメニューを選んだ。


 豚肉ステーキ。チハヤがいつも朝食で出してくるものだ。もう、チハヤの味が恋しいのかもしれない。


 まあ、わかる。ずっと朝、昼、夜とチハヤのご飯だったからな。しかも超絶上手いし。


 ……待てよ。それはどうだ。つまり、「シェフ・チハヤ」のレストランだ。たとえばクリスさんの酒場で、雑誌に描かれていてもおかしくないレベルのイケメンシェフのチハヤが豪勢なディナーを振舞う。5日間というハードルを越えてでも、大陸からのお客がやってくるかもしれない。


 あいつ──チハヤを狙っているマリーとか。そう、狙いは貴族だ。あいつらはきっと時間もお金もあるからやってくるだろう。


 『チハヤ! 来たわよ! 私のものになりなさい!!』『チハヤくぅん! 今晩店閉めた後どう? 一緒に二人きりで飲まない?』


 チハヤ! チハヤくぅん! チハヤ! チハヤくぅん!


 だ、だめだだめだ! チハヤを取り合う絵しか浮かんでこない! 繫盛はするかもしれないけど! なんかいやだ!!


 う~ん。もっと違う、なにか……こう。


「おーい、サラちゃん、飯決まったかい?」


「ん? ああ、すみません。じゃあ、豚肉ステーキ二つで」


「あいよ!」


 レストラン『メモリアル』の店主オナヴェルさんは、元気な声で注文を取るとキッチンに向かった。すぐにジュージューと肉の焼ける音といい香りが漂ってくる。


 そこへ、店のドアが開きお客さんがやってきた。


「あら、サラちゃんじゃない? どう、ギルドの経営上手くいってる? なんか王都から新しい人が来たんだって? もう村中で噂になってるわよ」


 以前、猫探しの依頼を受けた掃除屋のシーラさんだった。噂の発信源は、たぶんシーラさんの気がするんですけど。


「上手くいってないですよ。それが、その王都から来た人にギルドと村の発展が必要だって言われて。訓練場とか宿泊施設とかもろもろ建設しろって言うんですけどね……」


「あら、難題ね」


 シーラさんは私の横の二人掛けの席に座るとメニュー表を開いた。


「でも、もし宿泊施設? まあ宿屋ね。宿屋ができるなら私やってみたいわね~。憧れてたのよ宿屋の、なんていうの? 管理人?」


「本当ですか!?」


「ええ~本当よ~サラちゃんにはマシュマロちゃんを助けてもらったお礼もしたいと思っていたし。そうだ、ギルドの2階、あそこを宿屋にすればいいんじゃないかしら。小さいスペースだけど、ベッドを置いて装飾すれば数人くらいは泊まれるわよね。近くに食べるところもあるし」


「いいですね! それ!」


 確かに現状2階のスペースは使われていない。まあ、訓練に一瞬使ったけど狭すぎてダメだとなったし、ベッドとか装飾くらいならそんなにお金もかからないはず!


「あっ、でも……宿屋開いても肝心のお客さんが来ないと意味ないですよね──」


 また、お店のドアが開く。今度は、農家のアマドさんが食材を持ってきたらしい。


「おぉ。サラちゃん、珍しいねメモリアルに来るなんて」


 アマドさんは食材を詰め込んだ箱をカウンターに乗せると、額の汗をぬぐった。


 なんだぁ? 迷い猫探しの依頼主たちが集まってるんだが。確か、マシュマロにクッキーにシュガーに甘い物ばっかりの名前だったような。


「アマドさん、なにかいいアイディアありません? 今、ギルドの発展を考えているんですけど、なんか村の名物になりそうなものとか」


「う~ん? 名物? 俺んとこの作物は全部村のみんなのものだからな。おいしさは保障するけどな」


 だよね、そうだよね。


 結局、決定的なアイディアは生まれないまま、私とグレースは店を出た。お腹は膨れたけど、考えることもいっぱいだ。


「……グレース。やっぱり、どう考えても村に新たな名物が必要ってことだよね」


 グレースは、うんうんとうなずいてくれる。


「大陸から人を集める『なにか』が必要なんだよ。それがないと結局、宿屋をつくっても訓練施設をつくっても、上手くいかない」


 逆に言うと、そのなにかが見つけりさえすればいいんだ。シーラさんは協力してくれるって言ってたし、他のみんなもきっと同じだ。


「村を発展させるこれっていうとっておきなものが見つかりさえすれば……」


 ギルドのドアを開ける。ふわりと紅茶の香りが漂ってきた。


 受付にいたのは、いつものチハヤの姿だった。


「え……チハヤ? 早くない? 王都に行ったんじゃ……」


「ああ、もう資格を得ましたよ、グランドマスターの。元々魔法はほとんどの系統が使えていたのであっさりでしたね」


「あっ、ああ、そうなんだ」


 やっぱり化物級の強さだな、こいつ。


「ところで、聞きましたよ。人を集める『なにか』が必要だと」


「ああ、うん、そうなんだよね。結局、それがわからなくて──」


「一つ、この村に来てずっと考えていたことがあります」


「えっ、なに? なんかアイディアあるの?」


「ええ。それは、この世界にはまだない『コーヒー』栽培です」


 コー……ヒー? なんだそれ。

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