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第51話 コーヒーなんて聞いたことがない

「コーヒーとは、コーヒーノキというアカネ科の植物の種子を原材料として作られている紅茶と同じ嗜好品です」


「なんかよくわからん単語が並んでいたけど、紅茶と同じってことは、ようは飲み物ってこと?」


「そうです。私はずっと、ずっと、ずぅっとそのコーヒーが飲みたかった。転生前はカフェイン中毒じゃないかと思われるほどにコーヒーを愛飲しておりまして、この世界でも飲めるだろうと思っていたらところがどっこいどこに行っても飲めない! 紅茶はあるのにコーヒーはない! 私はコーヒーを求めて世界中を旅して回りました。しかし、どこの大陸に行っても! どこの国に行っても! ない! ないんです!!」


「お……おう」


 そ、そんなに飲みたかったのかコーヒーとやら。チハヤがこんなに感情を込めて熱く語るなんて……。おそるべし飲み物だ。


「でもさ、世界中にないなら辺境のアビシニア村にだってないじゃん。え、どうすんの? もしかしてこの前の怪しい猫のおやつみたいに魔法でつくるとか?」


「いいえ。そんな魔法でつくるなんて邪道です。私はちゃんとしたコーヒーが飲みたいんですよ。カフェインががっつり入ったやつをね!!」


 目がギラギラしてるやん。なんかもう、怖いまであるんですけど。


「ねぇ、さっきから言ってるそのカフェインってなんなの?」


「カフェインは物質名です。それ自体はこの紅茶にも含まれていますし、他にもいろんな飲料に含まれています。カフェインは、人の精神に作用する働きがあります。主には、興奮作用や覚醒作用──これらの精神作用、思い当たるものがこの村にはないですか?」


 興奮? 覚醒? そんななんかヤベーやつなんてこの村に……いや、待てよ。


「ま、さ、か……悪魔の森のこと!?」


「ご明察です。悪魔の森は人を狂わす力があるとか。私は考えたんです。コーヒーの種子がなるコーヒーノキは寒さに弱く、主に暑い地域でしか栽培されません。しかも、雨がたくさん降る時期と全く降らない時期があり、なおかつ土地が高い場所が最適です。アビシニア村は、まさにその条件に合致している。悪魔の森も山を登った奥にありますしね」


「えっと、じゃあ、なに? 悪魔の森にはチハヤの言うところのコーヒーノキがあるってこと?」


「可能性は非常に高いです。おそらく、悪魔の森の伝承は過去にコーヒーの種子を食べた誰かがカフェインにより精神に異常を来たした──ように見えたことから人を狂わす力がある、とされたのではないかと思います。そして、年月が経つうちに悪魔の森自体が力を持っているとされ、入るのを禁じられたのでは、と。ここは一つ、村の歴史に詳しい村長に話を聞きにいきましょう!」


 やる気だ! いつになくやる気満々だ! こんなチハヤ見たことなくて、なんかキ……いやなにも言うまい。


「わかったよ。でも、一つ確認していい?」


「はい、なんでしょう」


「そのコーヒーって美味しいんだよね。村の名物になるくらい、海を隔てた遠い大陸からでもお客さんが来るようなすごい名物ってことでいいんだよね?」


 チハヤは見たことのないほどのうれしそうな笑顔を浮かべた。


「もちろんです。大陸どころか世界中で大人気になるに違いない。コーヒーとは、ある意味で確かに人を狂わせる。それくらいにおいしいものなのです」



 チハヤの言葉を信じ、私たちはもう一度村長に話をすることにした。チハヤから聞いた話をすると、村長はいぶかしげにあごひげをさわる。


「うーむ。チハヤくんの話はわかった。だが、悪魔の森は代々村に伝わる禁忌──いくら村を発展させるためとはいえそう簡単には教えることはできないですぞ」


 まあまあまあ、そうだよね。村の誰もが近づかない場所だもん。チハヤの話を信じていないわけではないけど、もしみんなに影響があったらと思うと怖くて近づけられないよね。


 どうするの、チハヤ? と横を見れば悪人のようににたりと笑う顔があった。


「……村長、急に髪型が変わりましたね?」


「あっ、ああっ……チハヤさんの依頼品のおかげですじゃ」


「そうですね。まさか私も村長から直々に依頼が来ると思いませんでした。それも、まさかあの手の代物とは」


「はっははははは」


「カツ──」


「わかった。うちの書棚にアビシニア村の歴史に関する本がある。その中に悪魔の森に関する記述があったはずじゃ。今、持ってこよう」


 村長はそそくさと立ち上がると奥の部屋へと走っていった。なんつー脅し方だよ。……でも。


「おい、チハヤ」


「なんですかサラ様」


「グッジョブ!」


「お褒めにあずかり光栄です」


 村長はもう弱みを握られたものだ。私も、今度困ったことがあったら使ってみよう。ギルドのサポート料の支払いとか。


 そんな悪い考えを巡らせていると、息を切らして村長が戻ってきた。その手にはほこりをかぶったいかにも古めかしい本がある。乱雑にまとめられた紙に表紙をつけてひもでくくったような簡素なつくりだ。


「あった。ありましたぞ。すぐに見つかってよかった。代々、アビシニア村の村長は日誌を残しておりましてな。2代目村長の日誌に悪魔の森の詳細が書かれていました。ここです」


 ……なんだこの虫が這ったような文字は。インクもにじんでいるし全然読めないって。


「……開拓のため山に入った若干よわい20になる村の戦士が一人たおれた」


「って、読めんのかい!?」


 びっくりしすぎてストレートなツッコミを披露しちゃったじゃねぇか!


「多少、古代文字の解読知識もありますので。山に分け入り何かの種子を食す。症状。異常な興奮、激しい動悸に体の震え。そして、強い覚醒状態。その戦士は恐怖と不安のゆえに開拓を拒否。なるほど……」


「なに? なんかわかった?」


「この症状はカフェインを大量に摂取した際に起こる症状に似ています」


「じゃあ、そのコーヒーがあるってこと?」


「待ってください。……青々と茂る樹木。香のする白い花。その赤の実、悪魔の実なり。村の衆には注意すべし御触れ出す。山に人を狂わす悪魔あり」


「『山に人を狂わす悪魔あり』。そうか……それが、時代を経るにつれて山が人を狂わせる、つまりは悪魔の森と呼ばれるようになったということじゃったか……」


 えーいやいやいやいや。


「コーヒーノキは常緑樹です。つまり、季節を問わず葉が青々と茂っている。また、いい香りのする白い花を咲かせます。また、コーヒーの実は一般に赤や紫色をしていて、今言ったようにカフェインを含みますので大量に食べると症状が起こります」


 チハヤは勢いよく立ち上がった。


「でも、間違いない。悪魔の森にはコーヒーノキが自生しています。村長、コーヒーの実を元にコーヒーをつくれば、アビシニア村の新たな名産になるはずです」


「ちょっと、ちょっと待つんじゃ! 悪魔の実と呼ばれているんじゃ。危険なものではないのか?」


「今、説明した通り、大量に摂取すれば症状が起こります。ですが、一般的に飲用する範囲でしたら問題はありません」


「し、しかし……チハヤさん。悪魔の森なんじゃ。わしらはずっと先祖代々悪魔の森は禁忌としてきた。誰も近寄らん。そんなところから取ってきた実を誰が飲むはずもない」


「ですが、それでは村の発展が──」


「待って」


 私も立ち上がる。そうして、ストレートにチハヤの黒い瞳を見つめた。


「村長の思いもわかるよ。私はこの村で生まれてこの村で育った。悪魔の森はやっぱり怖いし、その実を食べるなんて体が拒絶しそう。だけど、その気持ちと同じくらい私はチハヤのことも信じている」


 いや、もしかしたらチハヤを信じる気持ちの方が強いかもしれない。私は都会にも行った。人酔いもして、変な治療を受けて、人さらいにあって、モンスターを間近で見て……おいおい嫌な記憶しかねぇーじゃん。


 でも、この村にいたら知らなかったことをたくさん知ることができた。私はもう知っている。この世界にはまだまだ未知なものがたくさんあるということを。


「チハヤ。私が飲むよ。最初の一杯。それで大丈夫だよって、安全だっていうことを証明するよ」


 チハヤは顔をしかめた。


「嫌です。最初の一杯は私が飲みます」


 ちょ、お前! 今、話がまとまるところだったじゃん! 村長の不安もチハヤの思いも、そして村の発展もギルドの発展も全部が全部まる~く環状に平和の輪で終わるところだったじゃん!


「だって、この世界に来てからずぅっと飲みたかったんですよ?」


「うぐっ!!」


 うぉわぁああああああ!!!! 久しぶりにくらったわこの感じ!! 急にイケメンがかわいくお願いしてくるんじゃねぇ!!!!!!!!!


「……わかった。じゃあ、半分ずつにしよう。それでいいだろ?」


「まあ、半分ずつなら」


「村長もそれでいいですか?」


「うーむ、むむむ。仕方ない、サラちゃんがそれでいいというのなら」


「ありがとうございます! それじゃあ、チハヤ!」


「ええ。悪魔の森へ向かいましょう」

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