なんとか村長の許可を得て、悪魔の森へとつながる山道を歩いていた私たちは、途中でもんのすごい覇気をくらった。
「負けませんっ!」
「いいぞ! もっと来い!!」
エルサさんたちだ。そう言えば、森で修行するとかなんとか。……私が勧めたんだけど。
声のしている方へ歩いていくと──。
「なんじゃこりゃ!!!!」
草刈りでもしたみたいに、見事に大量の木々が斬られていた。
「これは……すごいですね。まるで魔法を使ったみたいに。やはり、純粋な力というものは恐ろしいものです」
感心するものじゃないと思うが。
「でも、使えますね。エルサさんたちも連れていきましょう」
「連れていくってなにを頼むの?」
チハヤの人差し指がぴょんと上がる。
「木々の伐採です。全く人の手が入っていないとすると、すごい状態になっていると思いますから」
「あ~!! サラちゃんに執事さん~!!」
こっちに気がついたエルサさんがぶんぶんと手を振ってくれた。
*
「──話はわかった。コーヒーとやらが本当においしいのかわからないが、ギルド発展のためなら手を貸そう。で、ここから先が悪魔の森とやらか?」
肺にたまっていた息を吐き出して上空を見上げる。悪魔の森──エルサさんがいた森とは全然違う、迷い猫探しで訪れた森とは全然違う暗色の森が空を覆いつくすようにそびえ立っている。
ここへ来たのは2度目だ。1度目はまだ背の低かった子どものとき。いたずら心に村長の目を盗んで一人で山道へ上っていったっけ。
あのときもこの光景を見て……怖くなって逃げ帰ってきたんだ。
それから私は二度とこの場所には近づかないと決めたのに、今、もう一度ここへきている。
ぶるぶると足が震えている。カクカクかもしれない。
「チ、チハヤ、本当に大丈夫なんだよね? 実はモンスターがいたりとかしないよね?」
「可能性は否定できませんが」
「そ、そんなこと言うなよ! どうすんだよ! コーヒーなんてなくて本当はモンスターの巣だったりしたら!」
「なに怖気づいてんだ? サラ。モンスターがいた方が好都合じゃねぇーか。モンスター退治の任務が簡単に達成できる」
お前もいらんこと言うな! なんだ? チハヤとトーヴァの背中を見ていると、モンスターでも呼び出してしまいそうな禍々しいオーラを感じる。
「もしモンスターが出てきても大丈夫だよ! 私もだいぶ強くなったし、執事さんとトーヴァさんでやっつけてくれるよ~」
「エルサさんまでうれしそうにしないでください~」
「ほら、行くぞ! 急がないと時期に陽が沈む! 赤子みたいに泣いてる場合じゃねぇ!!」
「わかってるよ! あと、泣いてないから!!」
悪魔の森へ突入する。あ~本当に、あ~入っていく~禁忌の森に入っていく~。村に災いとか起きたりしないかな? 大丈夫かな? さすがに怖いんですけど!!
……えっ? ってか、めっちゃ生い茂ってない? 村長の家にあった日誌を読んだ感じだとここからの開拓は諦めたっぽいけど、古の時代からずっと人間が入っていなかったからこんなに葉がガサガサ、ツルはうにょうにょ、木は太いしでかいし──ってかごめん邪魔。
前を歩くチハヤの足が止まった。見上げれば空は全く見えなくなっていた。私たちよりもはるかに背の高い木々に覆われた森の中は薄暗く、そしてとても静かだった。
「これ全部コーヒーノキ?」
「いえ、これは違う種類の木です。ただ、コーヒーノキもこれくらいの巨大な木ですね。放っておくと12メートルくらいになるそうですから、サラ様の背丈のだいたい8倍はありますね」
「どうする? 邪魔なら斬るか?」
トーヴァはまた、すぐに剣を抜こうとする。暴れ足りないのか?
「そうですね。ですが、間違えて目的の木を伐採されても困ります」
「でも、チハヤ、これだけあるとどれがコーヒーノキなのかわからないよ?」
あごに手を当てて少し考えた後、チハヤは首を上げた。
「コーヒーノキの木には白い花が咲きます。幻の花と言われているくらい開花時期は短く、可憐な花です」
「そうか! その花が咲いているのを見つければ──」
「花が咲くのは雨季で、乾季の今はおそらく散っているでしょう」
「だったら、どうするんだよ」
「咲かせます」
「へ?」
「この森の木々の成長速度だけを早めて白い花を咲かせます。そのあとで白い花が咲いていない木だけ伐採してください。では」
チハヤが空を飛んでいく。いやいやいや。
「待ってよ! ちゃんと説明しろ!」
「魔法です。ゴーレム船団で王都まですぐにたどり着いたように、空間魔法と重力魔法の応用――とっておきの時空魔法で時間をねじ曲げます」
時間をねじ曲げる!? そんな、なにを恐ろしいことをさらっと言ってるんだ! お前は!!
「サラ様たちは大人しくしておいてください。あまり動かれると手元がくるって魔法に巻き込まれます」
「ゲ……」
年取っちまうってことか!? 18の二度と戻らない青春の時間は貴重だ! よし、わかった! 絶対動かない!!
チハヤの姿が見えなくなったところで、クローバーの髪飾りを通してチハヤの声が聞こえてくる。
<それでは、いきますよ>
「魔法使うって。エルサさんにトーヴァ、準備はいい?」
二人とも神妙な顔つきでうなずくと、黙って木々を見上げた。
「こっちはOK! よろしく!」
<了解。では、スタートです>
衝撃が体を走った。いや、体になにか起こったわけではなくて、地面が揺れている。悪魔の森が本来の流れる時間を超えてとんでもない速さで動き始めている。
葉は揺れ、枝は伸び、そして散っていく。一年間でゆっくりゆっくりと進む変化が短時間で一気に進んでいる。
トーヴァさんが呆れたような笑い声を上げた。
「おいおい。あちこちのギルドを転々としてきたが、こんな魔法、見たこともないぞ」
「うん、チハヤは強いよね。この前もデカいモンスター一人でたおしてたし」
「いや、そういう次元じゃねぇ。時空魔法とか言ったか? そんな魔法聞いたことすらない。異世界転生者と言っても、これだけの──自然の理に干渉するほどの魔法なんていったいどこで習得したんだ? これは、あのマリアンヌ嬢がほしがるわけだ」
いつも人を小馬鹿にした態度のトーヴァが素直に驚いている。同じ悪魔だと思っていたけど、もしかして力はチハヤの方がもっと上? チハヤ──お前、どんだけすごいんだ。
「あっ! 見て! 白い花が!!」
エルサさんが指をさした方向には、真っ白な花が咲き乱れていた。
「あれが花? チハヤッ!」
<こちらでも確認できています。今、時間を止めました>
チハヤが上空からゆっくりと降りてきた。
「それでは、伐採お願いします」
*
「おぉおおおおおおおおお!!!!!!!!!」
「どりゃ! どりゃ! どりゃ、どりゃ!!!!!」
「ってぃやああああああああああああ!!!!!!!!!」
いやいや、自分も自然の理を超えていますがな。なんならエルサさんだってトーヴァよりも時間はかかっているけど、太い大木を斬り落としている。
この人たち、すげぇ……。ってかウチのギルドすげぇ。
「チハヤ、もしかしてエルサさんってすごい人?」
私は、一仕事終えたような顔をして紅茶を飲んでいる執事に聞いた。
「えぇ。私の見込みが正しければ、このまま成長していけば大陸でも1、2を争う剣士になれるかと思います」
「ほぇ~」
全然、ピンとこないんだけど。だって、私の中のエルサさんはニコニコしていて髪を切ってくれる天使のイメージしかないから。
「それに、クリスさんもです。お酒づくりが熱心なところがありますから、魔法の腕前もハマればすぐに上がるかと。それからグレースですが、彼女もいろんな可能性を秘めています」
うわ~じゃあ待って? 才能なしは私だけってこと?
「サラ様は今、自分の才能を疑っていらっしゃいますが」
図星! 心を読んだみたいに言うな!!
「力とは違う才能をサラ様は持っています。そして、今もそれを無意識に発揮されている」
「才能? そんなもの私はないよ」
モブだって言ってたこと忘れないからな!
「人を引き寄せる力、人を巻き込む力、そして人をまとめる力。それがサラ様の力です。私一人なら村長を説得することはおそらく叶わなかった」
「……それは単にチハヤが、言葉が足りなかっただけじゃないの?」
「手厳しいですね。ただ、そうかもしれません。さて──」
若干、哀しそうな微笑をするとチハヤは視線を上げた。
「だいぶ、キレイになりました。行きましょう。コーヒーチェリーを採取します」
そこだけがキレイに切り抜かれたように刈られた枝や葉を避けながら、コーヒーノキに近づくと、チハヤは白い花を一本、指でつまんだ。指を離すと、チハヤの起こした風によって見えない遠くへと飛んでいく。
「実がなるにはまた時間がかかります。今回は量は必要ないのでいくつかの木だけ、時間を進ませましょう」
チハヤの手が幹に触れる。すると、さっきと同じように時間が加速し花は散り、かわいいチェリーのような実が木の枝に成っていく。
「この木の実を使うの?」
「コーヒーチェリーで作られたハーブティーもあります。ですが、コーヒーに使うのはこの実の中にあるコーヒー豆です」
「豆?」
「ええ。さて、もうすぐ収穫できますよ」
緑色だった実が熟してだんだんと赤色に変わっていく。その色がさらに濃くなったところでチハヤは幹から手を離した。深い赤色の実が夕焼けに照らされて宝石のようにキラキラと輝いていた。
「ここからは手作業です。一つ一つ実を取っていきましょう」
「え”っ……」
一本の木に数えきれないほどの実が成ってる。これを、手で摘めと? それも一つ一つ?
「枝ごと切っちゃダメなの?」
「なにを言ってるんですか。貴重なコーヒーノキです! 木の健康も守らないといけません」
顔、怖っ! わかったから、にらみつけるな。
「へいへい。わかったよ」
──そうして、みんなで手分けして作業した結果、チハヤが空間魔法で取り出したどデカいかごいっぱいの量のコーヒーの実が収穫された。
「はぁ、はぁ、疲れた……」
日はどっぷりと暮れ、とっくのとうに夜になっている。アマドさんの畑も手伝ったことあるけどさ、やっぱり大変だよ、農作業は。
「これだけあれば、十分だろ、チハヤ? もう、ムリだぞ、私は一歩も動けない自信がある!」
「変な自慢をしないでください。しかし、これで十分です。それでは調理のためにクリスさんの酒場へ向かいましょう」
「え~まだ終わりじゃないの?」
「お付き合い願います。とてもおいしいコーヒーを用意しますので」
チハヤは柔らかく微笑んだ。……だ、だからそういう顔やめろって! 断れなくなっちまうじゃねぇか!!