チハヤの空間魔法を使い、すぐに私たちは村へと戻った。着いたのはギルドではなく、暗闇に覆われた悪魔の森──コーヒーノキを育てている森だった。
ちょうど、近くの丸太の上に座っていたトーヴァに走り寄る。トーヴァの周りは火が灯され、明るかった。
「トーヴァ! どうなってるの!? 大量のモンスターが出たって!! 村のみんなは!? ケガ人は!?」
トーヴァは「おお」と少し驚いたような声を出すと、緊急事態にも関わらず「帰ってきたな、ギルド長」と言って笑った。
「帰ってきたなじゃないよ! 笑っている場合じゃない!!」
「落ち着け。ギルド長は、こういうときにこそ、落ち着いて冷静に対処できないといけない。お前の後ろにいるセンター長の孫は落ち着き払っているじゃねぇか」
「……あら、噂通りサラのギルドにいますのね、トーヴァさん」
マリーが私の横に並んだ。瞳の中でたいまつの炎が揺らめく。
チハヤから事情を聞いた後、私はすぐにマリーに頭を下げて助けを求めた。チハヤがいたこともあって、二つ返事で了承してくれたマリーは、コンフォートギルドからギルド員を集めて私たちと一緒に村までやってきてくれた。
ギルド員のなかには、フランチェスカさんと、そして……ヤマトさんもいる。ヤマトさんにチハヤ……正直、気まずいがそんなことを気にしている場合じゃない。
「あいさつはいいだろ! それより早く状況を教えて!!」
「まあ、焦るな。アビシニア村の人たちは誰もこの事態には気づいていない。ここにいたゴーレムと、元々村にいたゴーレムとで村を巡回しているから、今のところ村人は安全だ。まずは、こっちへ来てくれ」
トーヴァは丸太に立てかけていた大剣を肩にかけると、森の奥へと移動する。私たちもそのあとを追った。
「サラちゃん!」「サラ! 帰ってきたのか!!」
森の奥にはエルサさんとクリスさんもいた。
「二人には、お前が戻ってくるまで見張りをしてもらっていたんだ。崖下──洞窟のあったところを見ろ」
トーヴァに言われて、海を渡った先の洞窟へと視線を移し目を凝らす。暗闇の中にうごめく数十もの影があった。人間じゃない。どう考えても。
「モンスターの群れ……いったいどうして?」
「理由はわからねぇが、執事が言うには転送先の向こう側から押し寄せてきた、と」
「向こう側……チハヤ! そうなの!?」
暗闇からぬっとチハヤの顔が現れる。
「サラ様の話と現状を考え合わせるとそれしか思いつきません。封印していた壁が破られている形跡もありました」
「そんな……」
なんで? いったいどうして?
「ふーん。あれが聞いていた洞窟ですわね。転送装置とは、また古いものが」
今度は、マリーの顔が暗闇から現れる。
「転送装置のことを知っているの?」
「わたくしは博識ですから。昔、おじいさまから聞いたことがありますわ。ギルドができるよりはるか前、まだ人々が別種族と争っていた時代に魔王と戦うためにつくられたものだと」
偉そうに言っているけど、すごいのはお前のおじいちゃんだから。
「転送装置は破壊尽くされたと聞きましたが、こんなところに残っていたのですわね。そう考えると、モンスターを呼んだのはもしかしたら──魔王かもしれませんわ」
「魔……王?」
そんな──そんなバカな話が。だって、ここはアビシニア村。モンスターのいない平和な村のはずなのに。
「可能性ですわ。どちらにしても、魔王の力が強まっている影響がここにも現れているのは間違いないと思います。それで、チハヤ、わたくしたちも呼んでなにか策はあるのかしら?」
チハヤはすっと目を細めた。
「封印だけですめばよかったのですが。ことはそうはいかないようです。一体一体の敵の力はともかく、数が多い。みなさんの力も借りて一気に殲滅します。そのあとは、転送装置も破壊しようと思いましたが、ギルドセンターの方では調査がしたいのではありませんか?」
「そう、ね。魔王につながる手掛かりかもしれないですから、おじいさまならきっと、センターで保護して派遣、調査を行うべきと考えるでしょう」
「ええ。ですから、判断をあおぐために、先にトーヴァさんから手紙を送っていただきました。本当はこうなる前にセンターの保護下に置いてほしかったのですが……」
「さすがね。すでにそこまで考えて行動しているとは」
私は両手を握り締めた。二人ともなにをごちゃごちゃと話をしているんだ? いや、わかる。今後のことまで考えて動く、いわゆる「大人の事情」というやつ。だけど今、大事なのはそんな話じゃない!
「ギルドセンターがどうとか、魔王がどうとか、どうでもいいよ!! 今はみんなで村を守らないと!! 村のみんなが気づいちゃったら、もうここは安心して暮らせる場所じゃなくなってしまうかもしれない! コーヒーが取れたって何の意味もなくなるよ!! マリー、私はごちゃごちゃと話をするためにお前に頭を下げたんじゃない!! 一緒に村を守るために来てもらったんだ!! すぐにでも動かないと!!」
みんなの視線が私に集まる。空気が変わった、気がした。
「そうだね、サラちゃん!」「わかってるって、サラ」「あう!」「暴れ回るとするか!」
マリーが力強くうなずいた。
「もちろん、わかっていますわ。あなたの故郷ですものね。わたくしのコンフォートギルドは全力で協力いたします」
「……マリー」
「では、出陣を。作戦は、チハヤに任せますわ」