「あなた、意外にミーハーでしたのね」
「えー場を混乱させたことはごめん。それで、何がどうなったんだっけ?」
あのあと、私とグレースはそれぞれマリアッカートニー役のフランチェスカさんからサインをもらった。喜んでいたのも束の間、周りの視線で我に返り、事態を思い出したのだった。
「はぁ……。ヤマトの件はひとまずいいですわ。だけど、今度隠れてヤマトとやり取りをしていたなら許しません。ギルドセンターに訴えてやりますわ。覚悟なさってください」
「けど、マリー様。他のギルドの人間を狙っているのは、同じじゃない? この子んとこのチハヤさ?」
「ぐ……。問題ないですわ! 私はあくまでも正当な手続きでチハヤをギルドに迎え入れようとしているのです!」
「脅迫まがいもしたって、聞いてたけど」
「ぐ……。フランチェスカは黙っていなさい!」
一緒に会話に加わることになったフランチェスカさんは、舞台の上でのイメージとはずいぶんと印象が違った。カッコいいクールな女性を想像していたんだけど、どこか眠そうな目にやる気のない口調、無表情というか何を考えているのか読めない顔と、なんか全体的にやる気がなさそうな人だった。
そんなフランチェスカさんは、マリーにまったく臆することなく疑問を投げかける。
「マリー様が剣を抜かなければ傍観してようと思ったんだけどね。さすがに暴走は止めないといけないでしょ。それに、任務中はともかくプライベートでしょ? 厳しいって」
「うぅ……。わかりましたわ! あ~もう! これだから! おじい様はなんであなたをギルドに入れたのかしら!!」
「こういうときの暴走を止めるためでしょ」
頭を抱えて悔しがるマリー。その様子を見つめて微笑むと、フランチェスカさんは立ったままのヤマトさんに視線を送った。
「……さて、ヤマト。今回のことはマリー様の暴走が悪いけど、あんたも何も考えなさすぎ。この子は若いけど、ちゃんとしたギルド長でしょ。今後は慎重に立ち回らないとね」
「はい、すみません。サラ、迷惑をかけてしまってごめん」
「……ああ、いや……その……」
子犬のようにしゅんとした瞳でこっちを見るなぁ!! というか、さっきのあのセリフは──。
『いえ、同情ではありません。放っておけなかったんです。サラの落ち込んだ顔を見ていられなくなって、気づいたらデートに誘っていました』
い、意味深すぎるだろ!! ダメだ……今は深く考えないようにしよう。
「そ、それよりフランチェスカさんも、マリーのとこのギルド員なんですか? それから、さっきの白い光は──演劇中も使われていましたけど……」
私は、ヤマトさんの視線に耐えられなくなり、話題を変えることにした。
「私は、もともとはギルドに属さないでやってたんだけどね。この間からマリー様のギルド員になったんだ。ほら、ギルドセンターの前でマリー様があんたを襲った事件の後だよ。センター長が気を揉んで私をお目付け役としてコンフォートギルドに派遣したんだ」
「そんな、襲っただなんて言いがかりですわ!」
いやいや、あれは問答無用で襲ってきただろ。さすがの私もキレたからね。
「じゃあ、さっきの白い光はフランチェスカさんの魔法?」
「ああ、あれは……まあ、魔法なんだけど正確に言えばちょっと違う。私は魔法使いじゃないからね。魔法を封じ込めたこの指環──魔導具を使っただけなんだ」
「魔導具……そう言えば、さっきヤマトさんも……」
ちらりとヤマトさんを見ると目が合う。慌てて私は視線を外した。気、気まずい……。
「魔導具は、錬金術師がつくる魔法アイテムですわ。その指環はこの演劇のために、私のギルドの錬金術師につくらせた特注品。まさか、ここで使われるとは思っていませんでしたけれど……」
錬金術は、前にチハヤが言っていた。何かと何かを組み合わせて魔法アイテムをつくるとか。気に食わないけど、さすがに大所帯のギルドだけある。いろんな
私のとこ、剣士と魔法使いしかいないんだけど……。
「さて、トラブルも収まったことだし、ここらで解散しよう」
「あっ、だったら今日のお詫びにサラを宿屋まで──」
「この子は私が責任をもって送り届けるよ。ヤマト、あんたはマリー様を送ってくんだ」
「で、でも」
ヤマトさんがまた私を見る。グレースが不思議そうに、私とヤマトさんを交互に見つめていた。
「行きますわよ、ヤマト。エスコートをお願いいたしますわ」
「ほら、行くんだ。ヤマト」
ヤマトさんはなにか言いたげに口を開いた。けど、すぐに口を閉じると黙ったままマリーと一緒に先に控室を出ていく。
その大きな背中に、私は何か言いたかったけどなにも言葉が出てこなかった。
*
帰り道、雑踏に紛れながらも私は会話をすることもなく、ただ黙って考えごとをしながらフランチェスカさんの後をついていく。
考えていたのは、今日の出来事だった。そもそも、私がチハヤのことで落ち込んだりしなければ、ヤマトさんと外出するなんてことはなかったのかもしれない。一緒に街を散策することもなければ、ケーキを食べることも、劇場に行くこともなかった。だいたい、私はなんでこんなにチハヤのことを──。
ふと、フランチェスカさんの足が止まった。フランチェスカさんは、ゆっくりと後ろを振り返る。
「面白かった? 演劇」
「あっ、はい。とても面白かったです。初めて演劇を観れたのもそうですけど、マリアッカ―トニーがとにかくカッコよくて! 私もああいう女性になりたいって思いました!」
「ああ、どうも。そこまでほめてくれるのは悪い気はしないよ。ヤマトとのデートはどうだった?」
「デート。そうですね……」
正直、感想を聞かれると困る。最初の方は頭が混乱していたし、どう接したらいいものかと。優しくてイケメンはズルいよな。
「でも。楽しかった──楽しかった、と思います」
そう言えば、ヤマトさんといるときはチハヤのことを考えなかった。緊張はしていたけど、不思議とずっと楽しかった。
気づいていなかったけど、ヤマトさんのおかげで気持ちが晴れていたのかもしれない。
私は顔を上げる。急に目の前の景色がワントーン、明るく変わったような気がした。
トクン──と胸の音が高鳴る。
「あの、ヤマトさんに伝えてもらえますか? 明日、きっと会えないと思うので」
「伝言? いいよ、ヤマトもなにか言いたげだったし」
「今日のことすみません、ということと、今度、アビシニア村に来てほしいということを。あの、チハヤにも会えると思いますし」
「ふーん。了解。そのまま伝えとくね」
私の心の中を見透かしたように、フランチェスカさんは微笑んだ。
*
宿屋までフランチェスカさんに送ってもらった後、一番上の階の貴賓室へと戻る。
「あー楽しかったとはいえ、いろいろ疲れたね、グレース」
「あぅ」
「明日に備えて今日はもうゆっくり寝ようか」
ドアノブを握ると、鍵がかかっていなかった。
「え──誰かいる……?」
「お疲れ様でした。サラ様」
「! チ、チハヤ!?」
部屋の中にはなぜかチハヤがいて、優雅にコーヒーを飲んでいた。いや、なんで? ちょっと待ってよ! 今、逆に一番会いたくないんだけど。これから一晩心の整理をして、アビシニア村に戻ろうとかって考えてたのに!
「突然、なんでいるんだよ!!」
チハヤの黒い瞳がゆっくりと瞬いた。
「ええ。話は長くなるのですが、ギルドセンターへ行ったら、コンフォートギルドに行ったと言われ、ギルドへ行ったら、ここで待っていろと言われまして」
「そういうことじゃなくてっ! なんの用事でここに来たのかってこと!!」
う~気まずい……ってかなんかイライラする。はっ、待って!?
「チハヤいつからこっちにいるの!? 私の会話聞いてた!?」
チハヤはコーヒーをすすると、立ち上がった。マズいマズいマズいマズい!! あんなことやこんなこと聞かれてたら、超絶気まずいじゃん!! ただでさえ、どんな顔して会ったらいいかわからないのに!!
「私がここへ来たのは、ほんの少し前です。それより、急用です。大変な事態が起こりました」
「た、大変な事態って、なに?」
「アビシニア村に大量のモンスターが出現しました」