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第70話 カッコいいとはこのことだ

 残った観客たちがざわつく。当たり前だ。まるで役者みたいに目立つ動きをして……。演劇はもう終わったんだぞ、マリー。


「あれ? あの方はたしか、コンフォートギルドのとこの──」「あっ、見て! 最近噂の異世界転生者もいるわ!! はぁ……やっぱり、カッコいい」「指差されてるあの子は……誰だ? いかにも田舎から来たような──」


 悪口を遮るように私は手を上げた。


「マリー! 場所を変えよう! ここじゃ目立ちすぎる!!」


 これ以上目立ってたまるかっての! そうです。私は貴族でもなければ異世界転生者でもない! ただの村人! 変な目で見られるに決まってる!!


「わかりましたわ。それでは、場所を移しましょう」


 マリーはピンクの髪の毛を払った。


 それから5分後──。私たちはなぜか劇場の控室にいた。


「さて、移動している間に言い訳は思いついたかしら?」


「ちょっと待って、マリー。なんで、なんでここなんだ?」


 終演後の控室だ。だから、さっきまで大きな声と大仰な動きで劇を演じていた役者たちが、休憩したり談笑を交わしたりご飯を食べたりしている。


「なんで……って。この劇場、わたくしが資金を提供しているパトロンの一人だからですわ。今回の劇にも協力していますの」


「そういうことじゃなくてっ! いや、それはそれですごいうらやましいことだけど! ここじゃ、さらに目立つじゃん!!」


「? 誰もわたくしたちの方なんて見てませんわよ? 変にレストランやギルドに行けば、午前のときのように逆に注目されてしまいますわ」


 私たちは控室の隅っこの方にイスを持ってきて座っていた。たしかに視線は感じないし、ワイワイガヤガヤとうるさい。


 なるほど、「木を隠すなら森」というやつか。……いまいち釈然としないけど。


「まあ、わかったよ。それで、ヤマトさんと一緒にいたのは──」


「……なんですの? 正当な理由がないとわたくし黙っていませんわよ」


 もうすでに黙っていないと思うんだけど。いや、そんなことを言っている場合じゃない!!


「それは、私がお願いしたんだ。王都に来たからには一度演劇を見たいと思って、でも、地理がわからないし劇場にも入ったことがないし、それでたまたま・・・・宿屋の近くにいたヤマトさんに頼んだってわけ」


 セーフ。これで問題ないだろ。完璧すぎる言い訳!! まさかデートなんて口が裂けても言えねぇ。


「ふぅん。あくまでも道案内を兼ねてということですわね。ですが、その割にずいぶんと仲良くしていたように見えましたが。耳元でこそこそと言葉を交わしたりして」


 疑いの眼差しを向けるマリー。


「いやいや。大声でしゃべっていたら迷惑だから」


「ですが、ヤマトは初対面の割にサラ、と敬称をつけずに呼んでいましたわよね」


「……え?」


 な、なぜそんなことがわかる! 後ろの方から私たちの様子が見えていたとしても、話の内容までなんて……。


「わたくし、読唇術を身につけていますのよ。貴族のたしなみの一つですわ。そしてサラ、今の反応──道案内の話はウソですわね」


「!! ……っく!」


 くっそ! そうだよ! ウソだよ!! これなら上手く誤魔化せると思ったのに!!


「ふっふっふっふ……」


「なに? 急に笑い出して怖いんだけど!」


「かかりましたわね! 私は読唇術などできませんわ! 今のはただのハッタリ!! ですが、あなたの嘘は見破りましたわ! さあ、本当のことを話しなさい!!」


 な、なんだこいつ!! 妙に芝居がかった言い回しをしやがって!! さては今の演劇の影響を──いやぁ、そんなことはどうでもいい!!


 マズい! どうする! どうしたら……!!


「──誘ったのはオレです。マリー様」


 ヤマトさんが立ち上がった。マリーも私もグレースも驚いて顔を上げた。


「……あなた、が? どういうことですの?」


「同じ異世界転生者のチハヤさんの話を聞きたかったんです。でも、話している途中でオレの不用意な言葉でサラが落ち込んでしまって。それで──」


「まさかそれで同情して、一緒に出掛けた……なんて言うつもりでしょうか?」


「いえ、同情ではありません。放っておけなかったんです。サラの落ち込んだ顔を見ていられなくなって、気づいたらデートに誘っていました」


「デ、デデデデデデート!?」


 ハッキリと言われると照れてしまう。だけど、今はにやついている場合じゃない!


 ヤマトさんが事実を述べると、マリーはひどく焦り出してしまった。


「わ、わ、わ、わかっているのですか? デートがどういうものなのか!? それは、紳士と淑女がたしなむものであって、あの、そのし、親密な関係の二人にしか許されないような行為を──」


 マリーの顔が紅潮している。怒ったようにヤマトさんをにらみつけると、マリーもイスから立ち上がった。


 マ、マズい! 雰囲気がヤバい!!


「とにかく! あなたはわたくしのギルド員なのです! それなのに勝手に他のギルドの、それもギルト長と仲良くデートなどとハレンチなことを!! 私の顔に泥を塗る気ですか!! ヤマト!!!」


 一触即発、そんな空気だった。狭い部屋だからこそ何も起きていないけど、外ならたぶん魔法の一つや二つ放たれている。


 とにかく、止めないと!!


「マリー!! 落ち着いて! デートはデートだったけど、たぶんマリーが想像しているようなことは何もしていないから!!」


「いいえ! あなたは黙っていてください! これは、わたくしのギルドの問題! いいえ、ギルドを率いるわたくし自身の問題ですわ!」


 マリーの手が帯剣している剣の柄に触れた。


「ギルド員の不祥事はわたくし自身の不祥事! よって、この場でけじめをつけさせていただきますわ!!」


「ちょ、待て! マジでやめろって……マリー!!」


 止めようとした私の体を突き飛ばすと、マリーは剣を抜いた。


「あーっと。マリー様、また暴走してる? 仕方ないな、ポチっと」


 誰かの声が割って入ると、突然目の前が白い光に包まれた。この光は……さっきの演劇の!?


「おいおい! なんだよ!」「もめ事はよしてくれ~」「こんな狭い部屋で使っちゃダメだろ……」


 控室にいた役者の人たちは、呆れたようにため息を吐いた。光が消えると、光を放った声の主がマリーの腕をつかんで止めていた。


「は、放しなさいフランチェスカ……!」


「いや~ムリだよ。さすがにここで剣を振り回したらケガ人が出るから。大人しくしよう、マリー様」


 細身の女性だった。というか……。


「マリアッカートニー!?」


「……ん?」


 女性の顔がこちらを向く。カッコいい銀髪のベリーショートにクールな瞳、そして歩くバラのようなスタイル! 今さっき観ていた演劇のスターが、そこにはいた。


「あぅあ! ああ~」


 ずっと眠そうに傍観していたグレースも、その登場には興奮して声を出している。私たちは、今起きていたことを忘れてマリアッカートニーに近付いた。


「さっきの演劇観ました! とってもカッコよかったです!!」


「あう! あうあうあ~!!」


「さっきの? ああ、お客さんか。どうもどうも。せっかくだからサインでもしようか?」


「あっ、えっ!? いいんですか!? ぜひ、お願いします!!」


 完全に私は舞い上がっていた。だから、周りの妙なざわつきも、マリーが剣を収めたことにも気がつかなかった。


「……なんだか、興ざめですわ。ひとまず、この件は不問とします」

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