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第69話 デートは非日常な言葉

 デート。でーと。デェート。つまりそれは、少なからず好意がある相手と一緒に過ごすという非日常的なイベントである。一般的にはそうである。


 つまり、私は今、そういう乙女的イベントを体験しているのだ。


 私は上目遣いでケーキを食べているヤマトさんの顔を見つめた。その眼鏡には今、私の顔ではなく柔らかな食感のチョコレートケーキが映っていることだろう。


 ヤマトさんとグレースとギルドの外へ出た後、私たちは王都の散策をして服やアクセサリー、小物や雑貨などのお店を回って、今、少し休憩しようとケーキを食べていた。


 最初はぎこちなかった会話も、ヤマトさんと話をしていくうちに慣れてきて変に緊張はしなくなった。今ではもう真正面からそのご尊顔を見ることができるようになった。


「う~ん。ケーキと紅茶もいいけど、やっぱりコーヒーが一番合うかも。サラはどう思う?」


 さらっと自然に呼び捨てで名前を呼んでくれるようになったヤマトさんだけど、私はまだ「さん」付けのままだった。ついでに敬語も抜けきらない。


「コーヒーも合うと思います」


「そうだよね! この世界にコーヒーを誕生させてくれたチハヤさんには本当に感謝しないと。今後、コーヒーが流通していったら、きっと革命が起こる。ケーキともパンともコーヒーは合うから。他にもいろいろとね」


 コーヒーの将来を思って目を輝かせるヤマトさんは、屈託のない笑顔で笑った。


 ほんの数時間過ごしただけだが、ヤマトさんは良い人だとわかる。言動に偽りがないというか、気持ちがいいというか、素直というか。それに、一緒にいて楽しい気持ちになれる。


 ヤマトさんは、王都に関してほとんど何も知らなかった私にも、一つ一つ丁寧に教えてくれた。街の地理や建物の歴史もそうだけど、魔王と対立するギルドによってこの街が発展してきたことも教えてもらった。魔王の配下であるモンスターの侵攻から、各地を守るためにギルドの結成を呼びかけたのが、この王都レブラトールだったとか。


 記憶の片隅にかろうじて残っていたおじいちゃんの遺言にあった言葉──「ギルドバブル」とは、そのことだったんだ。まあ、モンスターのいないあの島につくったことが、そもそもの私の苦労の始まりなんだけど。……考えなしに作りやがって、おじいちゃん。


 他にもギルドのこと、世界のこと、いろんなことをヤマトさんは教えてくれた。


 そして、私はまたしても知ったのだ。自分がいかに世界のことについて何も知らなかったのか、ということを。


「……ごちそうさまでした。もうそろそろ日も暮れ始めてきたけど、最後に一緒に観たいものがあるんだ。まだ時間大丈夫?」


 私は紅茶を飲むと、微笑む。


「いいですよ。なんですか?」


「この世界のエンタメが全部詰まった、演劇です!」



 演劇──それは、一つの舞台の上で役者が集まり架空の物語を紡ぎ出す魔法のような芸術。


 アビシニア村にいては絶対に観ることができなかった演劇を、雑誌の中でしか知ることのできなかった演劇を、想像することしかできなかった演劇を、今、私はこの目で観ることができている。


 幕が上がる。劇場に集まった観客の拍手が沸き上がる。私もその一人になって、大きな拍手を送った。


 演目は「マリアッカートニーと白の指環」。主役の女騎士であるマリアッカートニーが、貴族という身分を隠してギルドに入り、様々な冒険やロマンスを経て凶悪なモンスターから街を守り抜くストーリーだ。


 いかにも王族や貴族の住む王都の人たちが好きそうな題材で、私には縁もゆかりもない世界だけど、私はすぐにその世界の虜になった。


 剣や魔法を駆使して果敢にモンスターと戦うマリアッカートニー。そして、恋に落ちた相手はなんと身分が違うだけじゃなく、モンスターとも通じていたギルド員だった。街を混乱させた張本人だったのだ。


 怒り、悲しみ、諦めを経て最後にマリアッカートニーは、街を破壊せんとする大型のモンスターに対して、恋人からもらった指輪を天高く掲げる。


 すると、指輪は赤、青、黄色、緑と次々と魔法が起こり、最後には白い光が指環から放たれた。観客席を包むまばゆい光が消えると、モンスターは倒れ、最後にマリアッカートニーがその首を剣で斬り落とす。


「おっおお!!!! あっ、やべ……」


 思わず感嘆の声を漏らしてしまった私を見て、グレースをはさんで座っていたヤマトさんが優しく微笑んでくれた。そして、グレースの頭越しに耳元に顔を近づけると──。


「今のは本物の魔法なんだよ。特別に錬金術師に作ってもらった魔導具なんだ」


「魔導具? それって──」


 なんだ?


「……サラ。もしよかったら、この後──」


 低い声で続けて何かをしゃべろうとしていたヤマトさんだったが、グレースが興奮して身を乗り出したために話は中断された。ヤマトさんは、苦笑いをしつつ退散した。


 ……いや、ちょっと待って? 今、もしかしてグレースが動かなかったら危なかった? 「もしよかったらこの後──」って。完全なるロマンス伏線じゃ……。


 あっぶね。ありがとうグレース!!



 そんなこんなもありつつ、最後はハッピーエンドになった「マリアッカートニーと白の指環」の終演後、観客の後に続いて普通に外へ出ようとすると、聞き覚えのありまくる声が「待ちなさい!」と引き止めた。


 キュンキュンとロマンティックがちょうど半分ずつくらいだった気持ちが一気に氷点下以下まで下がる。


 いや、来る可能性はあったよね。劇場だもん。面白かったもん。貴族でギルド、いかにも奴が好きそうな話じゃねぇか。


 振り返ると、そこにはやはりマリーの姿が。上階にいたマリーは、ビシィッと人差し指を私に向けて言った。


「わたくしのギルド員と、なにをしてるのかしら?」

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