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第68話 無自覚イケメンほど心臓に悪い生き物はいない

 チハヤのことを聞いてもいいよ、と言ったはいいものの──。


 正面から顔が見れない! マジで太陽みたいにキラキラ輝いてる! という理由で私は視線を泳がせながら話をしていた。


 主に、チハヤとどんな生活を送っているのか、現地人(異世界の用語で、異世界に元々住んでいる人のこと──つまり、私たちのことを指すらしい)と異世界転生者の違い、どんな魔法を使うのかなどなど。


 どうやら、毎日のようにマリーはチハヤのことを話しているらしく、ヤマトさんは同じ異世界転生者でもあり、噂の的のチハヤのことがずっと気にかかっていたらしい。


「大丈夫ですか? 顔色が良くないような……」


 ちょっと眼鏡を上げて見つめてくる。見つめないで! 顔が赤いのがバレてしまう!!


 くっ。ぐっ。くぅっ。


 ヤマトさんが私の顔色を文字通り窺うたびに、私は顔を左や上や右やはたまた斜めに動かした。


 ……何をやってるんだ?


 チハヤとヤマトさんでは、同じ異世界転生者でも全然タイプが違った。いや、まあ、人が違うんだから当たり前なんだけど、チハヤは超イケメンだったが性格があれだったのでなんにも気にせず話せたのに、ヤマトさんは現時点では、性格が悪いわけではない、というかむしろ性格もイケメンなので、いろいろと気にかかってしまう。


「? オレの顔に何かついてますか?」


「え? いえ、ついてませんが……」


「そうですか? 全然目を合わせてくれないから、何か面白いものでもついてるのかなと思って。ハハハ」


 ハハハじゃないんだよ! なんで無自覚イケメンなとこは一緒なんだ! いいか! 無自覚×イケメンは心臓に悪いんだ! 人によっては、キュン死するんだぞ!!!


 ……などとチハヤにはつっこめるのに、ヤマトさんにはつっこむことができずに。


「……すみません。ちょっと、あの、目を合わせると上手く話せない気がして」


 なんてガラにもないことを言っちまってる!!


 そんな私の心の中の葛藤なんぞ知るわけもなく、ヤマトさんは微笑むと話を続けた。


「まだ、初対面ですもんね。なんか、図々しくてすみません。オレもけっこう人見知りの方なんですけど、サラさん話しやすいから、つい。ちょっと距離感バグっちゃって」


 や、やめろ。そんなキュンキュンさせるような言葉を吐くんじゃない!


 いや、確かに思ったよ。チハヤに対する変なもやもやを解消するためにも王都に行こうって。イケメンもいっぱいいるって。だけど、こういう展開は想定してないだろ!


 「あーイケメン、目の保養、目の保養」ぐらいだろうが!!


「そうだ。チハヤさんってどういうふうに異世界転生してきたんですか? オレは道路に飛び出した犬をかばったら、運悪くトラックに引かれて」


「え? トラック? 引かれて?」


「あぁ、すみません。向こうの言葉でした。あっ、でも異世界転生者って、転生なんで向こうで一回死んでからこっち来てるんですよね。チハヤさんから話聞いてないですか?」


 一回死んでからこっちへくるって、なかなかヘビーな話だな。いや、確かに転生なんだからそうなんだけど。チハヤからは、そんな重い話を聞いたことがないような。


「いえ。聞いたことないですね。でも、チハヤは猫アレルギーらしいんで、なんかそういうので亡くなったとかですかね」


「あーじゃあ、転生前は何してたか聞いてますか? 学生とか社会人とか、転生前の趣味とかハマってたものとかも気になるかも。同じ世代だったらいいな~」


 ヤマトさんはニコニコと楽しそうに笑っていた。私も合わせるように笑顔を見せる。


「わからないですね。チハヤ、あんまりそういう話しないから」


「え? そうなんですか?」


「うん……そう、なん、だよね」


 歯切れが悪くなる。私は、気づいてしまった。


 チハヤのことをぜんぜん・・・・知らないことに。


 知っているのは、なんだ? 紅茶が好きだけど実はコーヒーが好きだったこと。猫アレルギーなくせに猫好きだってこと。それから──それから?


 料理が得意というか美味しい。イケメンだけど悪魔のように働かせてきて、でも意外に気にかけてくれていて、仲間を大事にしてくれるところもあって、人を傷つけられるのが嫌だったりして、そして。


 私の執事。なのに、私はチハヤのことをほとんど知らない。


 私は、また隣にいるグレースの手を握った。何か思うところがあったのか、グレースも握り返してくれる。


 いやいや、そんなこと考える必要ないじゃん、と言ってくる自分もいた。いつもならそう、ぜんぜん話さないチハヤも悪いし、と思って納得させていただろう。


 だけど、私は気づいてしまった。何も知らないことになぜか傷ついている自分を。


 ……なん、でだよ……くそぉ──。


「サラさん、どこか出かけましょう」


「え……?」


 ヤマトさんは私の腕をぐっとつかむと、半ば無理やり立ち上がらせた。


「すみません。なんか考えなしに質問してしまって。イヤな思いさせてしまいましたよね。だから、どこかで気分転換しましょう」


 手を引かれながらも乙女回路が動き出す。


「え、ちょ、え──それって」


「デートです。オレとじゃダメですか?」


 私はまたグレースの手をつかむ。今度は離されないようにするために。


 いい!? グレース!! 絶対、どこかへ行かないでよ!!

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