私は、持っていたサンドイッチを皿の上に戻した。
「どういうこと、チハヤ? たしかに危なかったけど、私がいなかったらあのモンスターは──」
「たおせなかった。そうです。ですが、あの場で神聖魔法を使うのは、なにもサラ様でなくてもよかった。元々魔導具を持っていたフランチェスカさんでも、他の誰でもよかった。力のないサラ様が危険をおかす必要はなかったはずです」
「待って、だけど、私はチハヤを助けたいと思って──」
「今言ったように助けるのはサラ様でなくてもよかったはずです」
「でも……!!」
最後までしゃべらせてもらえない。言葉が途中でさえぎられて、全部正論を言われる。だけど、そうじゃない、そうじゃない、そうじゃない!!
「私だってチハヤのことを守りたいんだよ!! わかる!? いつまでも守られているだけじゃいやなんだよ! だって、チハヤは私の──」
チハヤはなんだ? 私の執事、異世界転生者で最強でなんでもできて、でも──。
「サラ様」
私が言葉を見つける前に、チハヤは悲しい瞳で私を見た。
「前にも言いました。サラ様はなにもできないわけではありません。戦いに参加することはない。ギルド長なのですから、ギルド員に指示を出して動かせばいいのです。私も、もちろんそうします。サラ様の執事ですから」
「……執事?」
「ええ」
当たり前だ、と言わんばかりに首を縦に振るチハヤ。そうだ。チハヤは私の執事。
それは、出会った最初からそうで。なにも変わることはない。
……はずなのに。なんで、私は……。
「サ、サラ様!?」
涙を流しているのだろう。
慌てたチハヤがテーブルを回って、私の元へと駆けつけてくれる。その衝撃でカップからコーヒーがこぼれ落ちてテーブルが汚れてしまった。
「いかがなさいましたか!? もしかしてケガを──」
ケガ。もしかしたらそうなのかもしれない。でも。
「わからない。チハヤ、私はチハヤのことをなにも知らないんだよ」
自分の口がなにを言っているのかわからなかった。伝えたい思いが優先するあまりに、言葉が支離滅裂になってしまっている。
そう思っているのに、流れる涙と同じように、どうしても言葉を止めることができなかった。
「ねえ、なんでチハヤは私の執事をやってるの? 私はなにもできていないのに、チハヤはなんで私の側にいてくれるの? 力を貸してくれるの? 目的はなに? 異世界転生者ってなに? ──チハヤは私のなんなの?」
「サラ……様」
チハヤは、珍しくどうしていいのかわからない様子で立ち止まったままだった。いつもならスッとハンカチ一枚渡して「ひとまず涙をふいてください」とでも言いそうなのに。
そんなチハヤの様子に私も戸惑っていると、突然後ろから声が聞こえた。
「──あ~!! もう! めんどくせぇな!!」
ぎょっとして後ろを振り返ると、ソファで寝ていたはずのトーヴァが起き上がっていた。
「トーヴァ!? いつから起きて……!!」
「お前らの痴話げんかがうるさすぎて寝れねぇんだよ!!」
「痴話げんかって……ちっ、ちがっ!! そういうことじゃない!」
トーヴァはめんどくさそうに首をひねる。ポキポキと小気味いい音が鳴った。
「どっちでもいいけど、ハッキリ言わせてもらう。執事!」
呼ばれたチハヤはトーヴァに顔を向けたが、その顔はとてもびっくりしていた。
「あんたの姫様は戸惑ってんだよ! 戦闘中に、急に抱きしめられてな。その理由を説明もしないで、危険だからもうやめてくださいなの、なんなのと、そりゃ、いくらサラと言えども気持ちがおかしくなっちまうだろうが!!」
チハヤはトーヴァの言葉にハッとしたような顔をして、私を見つめていた。
「それからサラ!!」
「は、はひ!!」
今度は私の番!?
「お前はもっと自分の気持ちに素直になれ!! 悔しいだの嬉しいだの、言葉にしないとこのボンクラ執事に伝わるわけねぇだろ!!」
トーヴァの説教を受けて、私も思わずチハヤの顔を見つめた。流れていたはずの涙は、とっくに消えている。
「そういうわけだから! しっかり話し合いなりなんなりしてくれ! 私はもう寝る!! じゃあな!!!」
トーヴァはソファから降りると、そのまま客間として貸し出している自分の部屋へと向かい、バタンと乱暴にドアを閉めた。
私たちはお互い顔を見合わせる。一瞬の沈黙の後、動いたのはチハヤの方だった。
「ひとまず机を片付けます。サラ様、残りのサンドイッチはどうしますか?」
「……食べるよ。せっかくチハヤが作ってくれたんだから。それから、私にもコーヒーちょうだい。ミルクなしの苦いやつね」
「ブラック……大丈夫ですか?」
「うん。今はブラックの気分だから」
私が精一杯の強がりで笑顔をつくると、チハヤは目を細める。そのまま食器を片付けてキッチンに戻っていく。
しばらくするとコーヒーのいい香りがしてきた。大人になるってこういうことなのかもしれない……そんな幻想にひたりながら私はチハヤのコーヒーが出てくるまでサンドイッチを頬張っていた。