「……苦っ! 苦いわ!!」
やっぱり幻想は幻想だった。大人ぶってみても味覚はそんなすぐに変わるわけない。私はすぐに残ったサンドイッチで舌をごまかした。
私の姿を見ながら微笑むと、チハヤは淡々と入れ直したコーヒーを飲む。……なんか腹立つ!
さっきまで焦り散らかしてたくせに!!
「サラ様。単刀直入に聞きますが、さきほど私が抱きしめたことで動揺されていたのですか?」
「そ、そんなわけ──!!」
去っていったトーヴァの言葉が、荒げようとした声を押しとどめた。
『自分の気持ちに素直になれ』──。チハヤとこのままぎくしゃくするのはイヤだ。だったら、素直になった方がいい。
最後のサンドイッチを口の中一杯に含んでコーヒーで流し込むと、私は何度か深呼吸して気持ちをそのまま言葉に乗せることにした。
「そ、そうだよ。……動揺するに決まってんじゃん! チハヤはその……イ、イケメンだしさ、少なからず私にとって大事な人なんだから」
って言い過ぎた! これじゃ、間違えて告白してるみたいになってるじゃん!!
「いや、あの! 執事っていうか仲間だからさ。エルサさんやクリスやグレースと同じ!」
「なるほど。では、さっきも仲間として私を助けようとした──そう解釈しても?」
「そ、そうそうそう。だから、ごめんなんか。必要ないって言われているみたいで感情がたかぶっちゃって」
「そうですか……」
そうだよ! 考えてみればヒドくないか!? 人の気持ちバッサリ切り捨ててさ! そういうとこあります、チハヤさん!!
チハヤは考え込むようにコーヒーを飲むと、カップをソーサーの上に置いて手を組み、その上にあごを乗せた。こんなときでもイケメンポーズすな!
「心労をおかけして申し訳ありません。いつか話さなければいけないとは思っていましたが、今、話すべきですね」
組んだ手を解くと、チハヤはじっと射抜くように私の目を見た。や、やめろよ……緊張するじゃん……。
「サラ様の執事を引き受けた理由。つまりは、サラ様のおじいさまとの契約。それは、私にとって命をかけてでも守るべき盟約と言ってもいいものなのです」
おじいちゃんとの……契約? でも、たしかチハヤは遺言を預かっていた代理人だったんじゃ?
チハヤの形のいい口がするすると動く。
「異世界転生者になった私は、サラ様のおじいさまに命を救われました。そして、おじいさまは私に言ったのです。一人残ることになる孫娘を頼む、と。おじいさまはもう自分の死期を悟っておられたようでした」
どういうこと、どういうこと、どういうこと? えっ、だって私、おじいちゃんから病気とかケガとかなんにも聞いてなかったよ?
「私はおじいさまと策を練りました。なるべく自然とサラ様の側にいられるような策を。それが、ギルドを引き継ぐこと。そして、私が執事としてともにギルドを盛り立てていくことでした」
私は頭を抱えた。そんなこと──あるわけない。私はおじいちゃんが処理するのを忘れていたギルドを無理やり引き継がされて、それで借金返済のために働くハメになって──それが全部チハヤとおじいちゃんの計画だったって言うこと?
チハヤはコーヒーをすすった。とんでもなく苦いコーヒーを。
「なので、サラ様を危険にさらすわけにはいかなかったのです。命を落としかねない危険な状態にあったサラ様が無事だと安堵した瞬間、私は思わず抱きしめてしまいました」
「……ちょっと待って」
頭が混乱している。おじいちゃんはチハヤの命の恩人? チハヤは、だからおじいちゃんの願いを叶えるために一芝居打って、私をギルド長に仕立て上げた。全部は私を一人にさせないため。
──だけど、それじゃあ、私がバカみたいじゃないか。一人で舞い上がって、一人で暴走して、一人で落ち込んで。
「ですが、それだけではありません。いえ、最初はそうでした。でも、サラ様と過ごすうちに私は契約を忘れて純粋に楽しんでいました。サラ様と一緒にギルドをつくるのを。おかげでおいしいコーヒーもできたことですし」
「……チハヤ」
顔を上げる。チハヤは初めて見る満面の笑みを浮かべていた。
「あのときの私は感情に動かされていました。サラ様を危険にさらした悔しさ、サラ様を亡くしてしまうのではないかという恐怖、そして無事だったと感じたときの喜び。あの行動は、サラ様の身を案じてのことであることは、間違いありません」
「どういうこと? チハヤ、言い回しが長ったらし過ぎてよくわかんないよ」
「つまりは、私にとってサラ様も大切な存在だということです」
「チ、チハヤ、お前……!?」
顔から火が出るんじゃないかと思うほどの恥ずかしさのあまり、私は甘いも苦いも関係なく、とにかく顔を隠すためにコーヒーを飲んだ。
くっそ。そんなふうに言われたら許しちまうじゃねぇか!! おじいちゃんのこととか、契約のこととか吹っ飛んでしまう!!
おま、だってそれ、だから告白してるようなもんだって……!!
*
それからのことは体がふわふわしていてあまり覚えていない。コーヒーを飲み終わった私たちは互いに部屋へと向かい、そして私は……寝れないかも、と思いきやすぐに爆睡した。