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第80話 朝から来客はキツすぎる

 そして次の日。怒涛の展開が待っていた。


 朝一番にチハヤの魔法でアビシニア村にマリーとヤマトさん、そしてフランチェスカさんがやってきた。マリーは昨日のモンスター襲撃を、直接おじい様ことセンター長のダニエルさんに話したらしく、センターの方で調査が入ると告げた。


 そして、問題は──。


「さっそくですが、チハヤの淹れたコーヒーをいただけますでしょうか。モーニングにコーヒーを飲む。そのためにこんなに朝早く来たのですから」


 おい、マリー。それはこっちのセリフだ。コーヒーのためにこんなに朝早く来たのかよ!


 現在時刻は午前6時。まだ、眠いんだよこっちは。


「なあ、チハヤ。なんで昨日の夜言ってくれなかったんだ? マリーたちがこんなに朝早く来るって」


 ギルドではまだコーヒーが作れないからと、クリスさんを叩き起こして酒場のキッチンでコーヒー豆をゴリゴリ削っているチハヤに私は小声で聞いた。


「……だからです」


「な、なに?」


 ゴリゴリ音がでかすぎて上手く聞こえない。チハヤは耳元に顔を近づけた。


「昨日、サラ様が泣いているのを見て報告を忘れてしまったからです」


 チハヤの言葉を聞いて一気に顔が赤くなったのがわかった。ちょっと忘れてたのに、思い出しちまったじゃねぇか!!


「わ、わかった。了解……」


 恥ずかしいからチハヤの側を離れると、マリーとヤマトさんがこっちをにらんでいた。


 マリーはわかるけど、ヤマトさんはなんで……?


 昨日のこと、ヤマトさんはなにかまだ思うことがあるのか?


 そう思って私はヤマトさんに話しかけにいった。客席で突っ伏したまま眠っているクリスさんの横にヤマトさんがいたから、クリスさんを間に挟んで座る。


「……サラ! おはようございます」


「おはようございます。あの、ヤマトさん……なにか怒っていたりします?」


 昨日のことなら誤解を解かなければ。私はチハヤとそういう関係ではないし、まあ、執事であるということだけじゃなく一人の仲間だと再確認はしたんだけど。


「チハヤのことだったら、その──」


「いや、サラいいんだ。気持ちはわかっている。ただ、オレはチハヤさんともっと話をしないといけないと思ってる」


「は、はぁ……」


 よくわからないけど、「なに言ってんだ!?」なんていうツッコミはヤマトさんにはできない。どうしようかと思っていると、マリーが急に立ち上がった。


「コーヒーの芳ばしい香りがしてきましたわ!!」


 興奮した表情でキラキラした瞳が見つめる先で、チハヤは布にくるんだコーヒー粉をティーポットの上に乗せてお湯を注ぎ始めた。コーヒーの独特の光沢のある黒い液体がポットの中を満たしていく。


 店中にコーヒーの香りが広がっていく。横にいるヤマトさんの喉を鳴らす音が聞こえた。


「……サラちゃん」


「あ、起きましたかクリスさ──」


「ダメ、ちょっと声のボリュームを落として……」


 むくりと顔を上げたクリスさんが、なぜかこそこそと耳打ちしてくる。


「チハヤくんとヤマトくん、どっちにするの?」


 はぁ!?


「なんですか、どっちって……」


 私も小声で応酬する。クリスさんは怪しげに微笑み、はぁ、と色っぽいため息をついた。


「わからないか。ま、サラちゃんだもんね」


 それきりクリスさんはまた眠りに入ってしまう。どっちって、どういうことだよ!? チハヤとヤマトさんの関係になにかあるの!?


「できました」


 チハヤの声に我に返る。チハヤは用意したカップにていねいに抽出したばかりのコーヒーを注いでいく。そわそわとしているマリーが、まるで子どものように見えた。


 コーヒーを注ぎ終えると、チハヤは言った。


「どうぞ、お飲みください」



「くぅ~!! 格別ですわ!! やはり、思ったとおりチハヤの淹れてくれたコーヒーはおいしいですわね!!」


 マリーはうれしそうな笑顔になると、まさかの拍手をした。おいおい、性格変わっちまってんじゃねぇーのか。


 あっ、ヤマトさんもコーヒーを飲む。


「……これは、悔しいけどウマいです。やっぱり、チハヤさん、この世界でコーヒーを生み出しただけある」


 なんでか険しい顔のままだけど、チハヤのコーヒーはほめてもらえたみたいだ。


 ヤマトさんの様子は気になるけど、この機を逃してなるものか!


「マリー、コーヒー豆の契約のことだけど──」


「もちろん買わせていただきますわ! 言い値で構いません! コーヒー豆一袋いくらですの!?」


 まさかの食い気味なマリー。しかし、言い値? いったいいくらくらいが打倒の値段なんだ?


 チラリとチハヤの方を見て助けを求めると、チハヤはスラスラと答えてくれた。


「一袋ですと、だいたい1000リディアくらいでしょうか。しかし、これは世界中に流通している前の世界の金額を基準としていますので、現時点ではもっと値が張ります。コーヒー豆は自然物。もちろん気候にも左右されますし、収穫には人手が必要です。さらに精選、焙煎などの手間を考えると──1万リディアではいかがでしょうか」


「1万!? いくらなんでも高すぎるんじゃ!?」


 だって、1万リディアって毎月ギルドセンターに払う借金と同額だぞ!? そんな金額が入ってきたらめちゃくちゃうれしいけど!!


「1万リディア。吹っかけてきましたわね、チハヤ。しかし、わかっていますの? この味を出せるのはチハヤだけですわ。聞けば専用の器具もないとか」


 ほらみろ! お札風呂に入ってそうなマリーだってムリだって!!


「ええ。ですが、マリアンヌ様がそのあとのコーヒーの流通を決めることができるのです。アビシニア村には、現在流通ルートがありません。販路の拡大と、今言われたコーヒー器具の開発、ひいてはコーヒー産業の育成をお願いすることになるわけです。そう考えると、決して高い金額ではないと思いますが」


 しれっと言ってのけやがった! 表情一つ変えずに!


「なるほど。まったく未知の商売を大きくしていく。……いいですわね。このコーヒーにはそれだけの価値がありますわ」


 おぉ!? おっ? まさか……!?


「このマリアンヌ・アレンシュタイン!! ここにクローバーギルドとの契約を交わしますわ!」


 や、やりやがった!! チハヤのやつ! なんという商売上手! これで私のギルドとアビシニア村は安泰だぁああああ!?


 ──そのとき、嫌な予感が背中を走った。だいたいそうなのだ、いいことがあったらめんどくさい事態が起きる。ギルドを経営し始めてからずっと、そのくり返しだった。


 マリーはコーヒーを一口飲むと、うつむいた。そして、くっくっくっくと腹の底から意地悪い笑い声が聞こえてくる。遠くで様子を見ていたフランチェスカさんが呆れたように首を振ってため息をついている。


「ヤマト、例の書類をサラに渡してあげなさい」


「はい。サラ、悪いけどこれを──」


 ヤマトさんは一枚の羊皮紙を取り出すと、私へと手渡した。そこに書いていたのは──。


「サラ。ランクアップおめでとう。そして、あなたたちのギルドに『ギルド戦』を申し込むわ」

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