空は青い。雲一つなく、だからこそなんの陰りもなく、おだやかな顔をしていた。っていうか暑い。暑すぎる。アッツ!!!
「……まだ来ないのかチハヤ~」
作戦会議のあと、トーヴァもチハヤも、戦うことになる3人もそれぞれが訓練を開始した。ギルド戦はちょうど1週間後。作戦通りの動きができるように、休む間もなく鍛えなければいけない。
けど、私はひまだった。……結局、戦えないからね。正確に言うと、私にもやらなきゃいけない仕事が与えられた。その一つが、エルサさんの剣を鍛えるための
単独で来るとしたら王都まで何日もかかる。船便も限られているから、チハヤに迎えに行ってもらうことにしたわけなんだけど。
私は面識あるけど、チハヤは顔を知らないから時間がかかっているのかもしれない。
「うわっ! てめぇ、なにする──ぐべぇ……」
なんにもない空中から、格好悪く登場したのはおっさん──じゃなくてベルナルドのおっさんだ。おっさんは、手足をばたつかせるとそのまま草原の上に落下してしまった。
「連れてきました、サラ様。間違いありませんね?」
「うん、間違いないね。一度見たら忘れない、このいかつい顔」
「それでは、あとはお任せします。なにぶん時間が限られていますので」
「ありが──」
お礼を言う前にチハヤは姿を消した。あいつ……お礼ぐらい言わせろよ……。
「くっそ、なんだってんだって、あぁ!! あんたはサラ!! ってことはここは……!?」
混乱しているおっさんに、チハヤのことや便利魔法のことを長々と説明するのもめんどくさ──時間がもったいなかったので、私は手を差し伸べつつ、一言で状況を伝えることにした。
「ようこそ、おっさん。アビシニア村へ」
*
「──このなまくらを鍛え直すってか」
おっさんの大きな手にはエルサさんの剣が収まっていた。
「うん、無償でね、お願い!」
「無償って、仕事だからな、さすがに少しかはお金もらわねぇと」
「この前の食事代、払ったの私だけど」
ほんの数日前のことだ。忘れたとは言わさねぇ……!
「おう、わかった。無償でいいぜ!」
おっさんは、あっさりと引き下がった。
「お金はともかく、かまどがないんじゃムリだ。鍛冶道具は持ってきたが、さすがに火は持ってこれねぇからな」
「──では、火を起こしましょう」
開けた空間から、ヌッと顔を出したのはチハヤ。おっさんはびっくりして、エルサさんの剣を落としそうになっていた。
「おいチハヤ! その状態気持ち悪いって!」
「失礼しました」
チハヤの全身が現れる。ただ、出てきたのはチハヤだけじゃなかった。一緒に後ろからクリスさんも出現する。
「クリスさん? なんで一緒に?」
「いやぁ~チハヤくんから、これも魔法の訓練だとか言われて……自信ないけどやっちゃっていい?」
どういうこと? ああ、火の魔法をクリスさんがやるということか。威力は心配だけど、これだけだだっ広い場所だったら問題ないだろ。
「いえ、サラ様の思っていることは少し違います」
「は?」
「剣を鍛えるには、ただ単に火を起こせばいいのではありません。一定の温度に保った火を、しかも扱いやすいように燃焼させ続けなければいけません。それがかまどなのです。今からクリスさんには、かまどをつくってもらいます」
かまどをつくるって言っても、どうやってだよ!?
「クリスさんお願いします。教えた通り、魔法を言葉ではなくイメージで発動してください」
「イメージで……発動……」
クリスさんは手のひらをなにもない草原に向けた。ぶつぶつとなにかをつぶやいてはいるけど、魔法の詠唱という感じではない。
「サラ様。魔法には詠唱魔法と無詠唱魔法があります。違いはわかりますか?」
突然、チハヤは質問を出してくる。わかるわけねぇーだろ、と言いたいところだがこれまでの戦いを見ていてわかる。
「詠唱ってのはなんか魔法を放つ前に決まった言葉を言うやつだろ。ファイアボールとか。無詠唱は、言葉を使わないで魔法を放つやつ」
チハヤが使っている魔法だ。
「その通りです。多くの場合、無詠唱魔法は詠唱なしで同じ現象を起こしていると思われがちですが、実際には違うのです」
「……なにが違うの?」
正直興味はなかったが、重要そうな感じで話をしているので一応聞いておく。だって、私、魔法使えないもん。
「無詠唱魔法はイメージで放つ魔法。使いこなせれば思い通りに魔法を扱うことができる。だからこそ、無詠唱魔法を使える魔法使いは、実力が段違いなのです。そして、今、クリスさんはその
その言葉で、私はすぐにクリスさんの方を見た。いつになく真剣な顔にうっすらと一筋の汗が流れていた。
「よし、今!!」
クリスさんの手が動く。すぐにその現象は現れた。
ドゴン、と音を立てて草原の一カ所がへこみ、土がなだれ落ちていく。
「かまどの形成です。なるほど、地形を活かして土でかまどをつくることにしたのですね」
「それから……!!」
また、クリスさんの手が動いた。今度は手のひらから丸い火の玉が放たれて、くぼみの方へとふわふわ飛んでいく。
「で……できた!!」
私とベルナルドのおっさんは、確認するために草原のくぼみへと向かった。はたしてそこにあったのは、四角い土の塊に、ぽっかり空いた丸い穴のなかで燃え続ける炎──不格好だけど本当に土のかまどだった。
「おっさん、これでできる?」
「問題ねぇ! こいつはもう立派なかまどだ! よっしゃ、待ってろ鍛え直してやる!!」
すごい……これ、本当にチハヤじゃなくてクリスさんが?
「クリスさ──」
お礼を言おうと振り向いたときには、もうすでに二人の姿はなかった。
「いや、だから消えるの早すぎるだろって!」
「サラ! で、どうすればいい? 元の状態に戻せばいいのか?」
呆れている余裕もなく、やる気を出したベルナルドのおっさんが、両手に工具を持ちながらうれしそうに聞いてくる。
「あぁ、それなんですけどね──」
*
エルサさんの剣を任せると、私は次に村長のところへと向かった。
ずっとモヤモヤしていて、ずっと気がとてつもなく重かったけど、昨日の件は村長には伝えておかないといけない。
村は、いつも通り平和そのものだった。一時的かもしれないけど危機は去ったから、村に配置していたゴーレムはチハヤの指示で悪魔の森の開拓へと戻っている。
道行くみんなが私に気づいて声をかけてくれたり、手を振ってくれたりした。モンスター退治が失敗したら、みんなの日常も笑顔もなくなってしまっていたのかもしれない。
平和じゃないアビシニア村はどんな村になってしまうのだろうか──そんなことを考えながら歩いていると、あっという間に村長の家に着いてしまった。
あれ、だれか扉の前で立っている……? だれ──って、ああそうか村長の髪の毛はふさふさになったんだった。
村長も私に気がつくと、穏やかに微笑み手を上げた。
「サラちゃんか、待っていたよ」
「……村、長……?」
その目は笑っていなかった。
「聞いたよ、昨日の件。村の近くでモンスターが大量に現れたそうじゃな」
「!! ……っつ──なんで、そのことを?」
だれにも言っていないはずだった。村のみんなが不安になってしまうからと、秘密のままで解決したはずなのに。
「村のみんな、知っとるよ。シーラさんが触れ回っておったからの」
「で、でも……みんな、だれも言ってこなかったけど……」
村長は、ホッホッホと笑いながら自慢の髭をなでる。いつの間にか日は暮れて、赤い夕陽が村長を照らしていた。
「あんなにうるさかったのに、村のだれも気づかぬわけがないよ。じゃが、この村にはサラちゃんがおる。サラちゃんのギルドがあればだいじょうぶ、とみんな安心しておるのじゃ」
「そんな──」
覚悟していた。怒られる、どころじゃない。厳しく責め立てられてギルドへの協力、コーヒーの収穫は辞めになるのかもと思っていた。やっぱり、悪魔の森に入っては行けなかったんだと、なんでそんなことをしたんだと詰められると思っていた。
だけど──。
「なんで、そんな、みんな優しいんですか? 私が村を守り切れなくて、今頃大変な事態になってたかもしれないのに。それなのになんでですか?」
「じゃから、サラちゃんがいるからじゃ。サラちゃんのことをわしも含めて村のみんなは信頼しておる。ギルドは、このときのためにつくってくれたんじゃろ?」
違います。ギルドをつくったのはチハヤ。残してくれたのはおじいちゃん。私は、言われるがままに動いていただけ。
──ああ、ダメだ。
体の力がふっと抜けて、気がつけば地面にひざがついていた。
今になって気づいてしまった。チハヤがなにかあるごとに言っていたことの意味を。ギルドの役割を。魔王の力が増して、モンスターが現れてしまえば、平和なアビシニア村に立ち向かうすべはなかった。
もし、ギルドがなければ、クリスさんとグレース、エルサさんが入ってくれなければ、村は守れなかった。
「村長……ギルドを率いているのは私なんです。私が失敗すれば、村は守れなかったかもしれない」
そしてようやく気づいた。本当の意味でのギルドを率いるという重責を。
「だいじょうぶじゃ」
事実に気づいて力の抜けてしまった私の頭を村長は優しくなでてくれた。昔、子どもの頃おじいちゃんがそうしてくれたように。
泣きそうなのをこらえて、私は顔を上げた。夕陽がまぶしすぎて村長の顔をまともに見ることはできなかったけど。
「サラちゃんがわしらを守ってくれたように、わしらがサラちゃんを守る。アビシニア村には温かい人の心がある。そして、団結力もあるのじゃ」
「……村長……」
私はまた下を向いた。くぅ……。夕陽が傾いたことで村長のかつらがズレていることに気がついてしまった。
こんな、こんな素敵な言葉をかけられているのに、笑うわけにはいかない!!
「ん……?」
村長も事態に気がついたのか、慌てて後ろを向くとカツラの位置を調整し始めた。
「そうか……」
その様子を見ていてなぜか力が戻る。立ち上がった私は、手をかざして夕陽を見た。
クローバーギルドも、アビシニア村に必要な存在になったんだ。
「だったら、絶対に負けるわけにはいかない、よな。チハヤ」
『ええ、その通りです。サラ様』
クローバーを通して聞こえてくるチハヤの声は、いつにもまして心強かった。