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第82話 引くに引けないときはあるけど、今はやめてほしい

「──それで、ギルド戦を引き受けたってわけか!? あぁ!?」


「だって、しょうがないじゃん!! 取引が終わるかもしれないし、クリスさんは暴走するし!! チハヤは黙ったままだし! 無理やり進められるし!! 私はだまされたようなもんだよ!!」


 凄んできたトーヴァをさらに凄み返す。凄みには凄みを。トーヴァは何も言わずに私の手にあった羊皮紙を乱暴に取り上げた。


「ランク2にランクアップか。くそ、してやられた! モンスターの件は至急を要するからとマリアンヌ嬢に任せたが、まさかランクアップ申請までしてくるなんて……」


「今からでもどうにかならないの!? ダニエルさんに言って、取り消してもらうとか」


「ムリだ。一度決まった以上は、ギルド間の問題。センター長がしゃしゃり出てこれる問題じゃねぇ。腹くくって勝つしかないな」


「そんな……」


 マジかよ! こんなだまし討ちみたいな不意打ちみたいなやり方で!! 許せねぇ! マリー!!


「サラちゃん、だいじょうぶだよ~」


「エルサさん……」


「ぶちのめせばいいんでしょ?」


 優しく肩を触られて、振り返ると極悪な笑顔のエルサさんがいた。エルサさん、いったいどこでそんな言葉を……。


 マリーたちを無理やりチハヤに帰らせたあと、みんなには緊急でギルドに集まってもらっていた。エルサさん、クリスさん、そしてグレース。3人ともおびえているような様子には見えない。


「だいじょうぶなんですか? みんな! クリスさんはともかく、エルサさんもグレースも! あのマリーのギルドと戦うんだよ!!」


「だいじょうぶ~」「あんなになめられたら見返すしかないって!」「あう、あう!!」


 みんなは口々に前向きな言葉を発した。おびえていたのは、私だけかもしれない。


「それで、具体的にはどんなルールなんだ? どう考えても、量では向こうに勝てる気がしないが」


「ルールは──」


 私は、マリーの言葉をそのまま伝えた。


 こちらの人数に合わせた3対3の戦い。一人ひとりが戦い、最初に2勝した方が勝利。戦いの途中でギルド員を入れ替えることはできない。


 単純明快なルールだけど、その分一人ひとりの力量で勝敗は決してしまう。圧倒的にこっちが不利なルールだ。


 説明をし終わった後、同じことを思ったのかトーヴァも「厳しいな」とボソッとつぶやいた。


「あのマリアンヌ嬢のことだ。絶対に負けがないようギルドでも選りすぐりの最強の駒をぶつけてくるはず。一人は異世界転生者のヤマト」


 ……ヤマトさん。理由はわからないけど、なにかを決意したような顔をしていた。でも、ヤマトさんと戦うのは、ちょっと……いや、かなりやだな。


 頭に浮かべたヤマトさんの穏やかな笑顔が、険しい表情に変わっていく。


「なにボーっとしてんだ! 集中してくれよギルド長!」


「あっ、ごめん、わかってるよ!」


「二人目は、おそらくフランチェスカだろう。あいつは、いくつものギルドを渡り歩いてきた凄腕だ。ソロになってからは、センター長に気に入られて単身様々な任務を遂行している。マリアンヌ嬢のところにいるのは、暴走しないかどうかお目付け役の意味もあるらしい」


 そうだ。そんなふうなことを言っていた。フランチェスカさんがどこかやる気がなさそうなのは、マリーの完全なギルド員じゃないからかもしれない。


「あと一人。あそこのギルドには大勢いるから、正直だれが出てくるのかはわからねぇな。さて、どうしたもんか」


 うーん。ヤマトさんはコーヒー豆を一瞬で細切れにしたり、モンスターも一撃でたおすような、やっぱり同じ異世界転生者のチハヤがあるし、フランチェスカさんはよくわからないけど強そうなオーラがある。


 ……って、まともに戦えない私が考えてもムダか。頼るべきときは人に頼る。これすなわち、長たるものの心構え。


「チハヤはどう思う? ……というか勝ち目はあると思う?」


 相変わらず静かにコーヒーを飲んでいたチハヤは瞳を開いた。


「もちろん、勝ち目はあります」


 お、おお! いつになくカッコいいセリフを吐いてくれるじゃん!!


「あっ、もちろん今の力量では万が一にも勝てませんが」


 なんなんだよ! 流れるように自己矛盾を起こしてますけど!!


 チハヤはカップを受付テーブルの上に置くと、立ち上がり、ゆっくりと歩きながら話を続ける。


「エルサさんは最強の剣士、クリスさんは最強の魔法使い、そしてグレースは最強のモンスターテイマー。そう、3人とも私が見込んだ資質があります。その力は、いずれ魔王をたおすことのできる力。異世界転生者などは簡単に勝ってもらわないといけない」


 チハヤは部屋の中央で立ち止まると、人差し指を額に当てるというなぞのポーズをとった。


「作戦はあります。それを話しましょう」


 チハヤの表情はいつにもまして自信満々だった。……んだけど、どうしてか私は胸騒ぎが止まらなかった。


 チハヤにもらったクローバーの髪飾りを触る。


 もし、この戦いに負けてしまったら、チハヤがこのギルドから、というか私の前からいなくなってしまうかもしれないんだ──。

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