「それでは、第一試合。先鋒はヤマトに行ってもらいますわ。クローバーギルドの出鼻をくじいてやりなさい」
「!! いきなりヤマトさん! ってことはこっちはエルサさん! エルサさんお願いします!」
二人ともが大訓練場の中心へと進む。隙のまったくなさそうなヤマトさんに、にへらと笑って緊張感はなさそうなエルサさん。なんとなく大丈夫そうな雰囲気は感じるけど……。
「何度も言っていますけれども、ギルド戦はルール無用。一対一というルール以外は何をしても問題ないですわよ。それに、先ほど言ったように建物が壊れる心配もしなくて結構」
「……あのさ、マリー。建物の心配はしてないんだけど、応援してるこっちに被害が及ぶことは──」
「ああ、ありますわ」
大事なこと、さらっと言ってのけやがったこいつ!!
「なので、基本は自分の身は自分で守ってください」
「おい! そういうことは先に言えって!!」
「ごめんなさい。自分の身を守れないほどの力のない者がいるなんて、思ってもいませんでしたわ」
「ぐっ……」
こいつ、絶対に負かす!! コーヒー豆を大量に購入してもらってヒーヒー言ってもらうからな!!
「サラ様」
隣にいたチハヤが私の顔をのぞき込んできた。
「なんだよ? どうせ私はモブだよ! 村人Aだよ!」
「いえ、そうではなく──サラ様の身は私が守りますので、ご心配なく」
「ぐっ……」
こいつはこいつで! カッコいいセリフをサラッと言いやがって! いっつもこうだ!!
そのとき、ヤマトさんの鋭い視線がこっちを向いた気がした。ヤマトさんの方を見ると、すでに視線はエルサさんに向いているけど、絶対に今、こっち向いてたよね?
──今のは、いったい……?
マリーが手を強く叩いた。
「それでは! ギルド戦開始ですわ!!」
マリーの合図で戦いが始まる。先に動いたのは──エルサさんだった。
「エルサさん! 行けぇ~!!」
拳を振り上げて応援する。
剣士であるエルサさんは、最初からヤマトさんに当てることを決めていた。なぜなら──ヤマトさんの動きが速すぎる。
特訓のときにチハヤは言っていた。
『同じ異世界転生者でも、純粋な早さで言えばヤマトさんに軍配が上がります』って。
だから、速さに対抗できるのはクローバーギルドで最も早いエルサさんだけ。
そして、先手必勝も作戦だ。ヤマトさんは無条件で強い。戦い始めたらきっと隙は生まれない。だから、初手で一撃を決める──狙いだったんだけど。
ヤマトさんは深く腰を落とすと、腰に下げた鞘から一気に刀を抜いた。
「なっ……」「えっ!?」
目に見えるほどの風圧が巻き起こり、真正面から走り寄ったエルサさんの体は強風で吹き飛んでいく。
エルサさんが床の上を転がった後で、弱まった風が私の髪をなびかせた。
「なに……今の? 魔法?」
私の疑問に、チハヤはあくまでも冷静に答えてくれた。
「魔法ではありません。あの刀と呼ばれる剣特有の技です。『抜刀術』と呼ばれる、鞘から刀を抜くと同時に攻撃する技ですが、威力が桁違いで魔法のように強風が起きた──というところでしょう」
「その通りです」
刀をまた鞘にしまい込むと、ヤマトさんがこちらを向いて眼鏡を上げた。
「さすがチハヤさん。魔法以外のこともわかってるんですね。オレは魔法は使えないですが、魔法のような攻撃もできます。刀だからって近くでしか攻撃ができないわけじゃない。……チハヤさんとも十分に戦える」
チハヤを見る目は真剣そのものだった。……というよりもなんか、にらんでる? ヤマトさんやっぱり、なんかおかしい気がする。
「決着はつきました。チハヤさんもわかっていますよね?
ヤマトさんの声が低くなる。まるで、チハヤにケンカを売っているみたいに……。
私は気になってチハヤの表情をちらっと見たが、なんと悪魔は微笑んでいた。
「それは、どうでしょう? 少なくともエルサさんは、まだ戦おうとしているようですが」
「なっ──」
目を丸くしたヤマトさんが視線を戻すと、ちょうどエルサさんが膝をついて立ち上がるところだった。
「エルサさん!」
チハヤの言うとおり、エルサさんはまだ戦おうとしている。でも、エルサさんの足は転んだときにできたのか、ザックリと傷ができていてそこから血が流れていた。
「! 血……血が……!!」
急に顔が青白くなって体がふらふらとしだすエルサさん。そうだよ、エルサさんはまだ血に弱いままなんだ!
──トーヴァとの特訓のときだって。
『たぁ~!! あ~ちょっと待って!! 血、血がぁああ!!!』『待って待ってください~血が出ちゃうかも……』『う~もっと思いっきりですか? でも……血が……』
……血が苦手なエルサさんは、自分が血を流すことも他人の流血も見ることができない。モンスター相手にはガンガン戦っていたが、人となると難しいのかもしれない……。
今にも倒れ込みそうになっているエルサさんを見て、駆けつけようとした私の肩をチハヤが止めた。
「サラ様。一対一の戦いです。手を貸してしまえば、その時点でエルサさんは失格となってしまいます」
「わかってる……だけど!!」
悔しいじゃないか! 美容室を休んでまで、一週間みっちりと訓練に明け暮れてたのに……!! 近寄ることもできずに負けてしまうなんて!
「──サラ様。エルサさんを信じてください。エルサさんは誰よりも優しく、そして誰よりも強い……そうではありませんか?」
……チハヤ? チハヤの顔を見上げれば熱のこもった目でエルサさんを見つめていた。
いや、体ががくんがくんと上下左右に動き、とても大丈夫そうには見えないんですけど。
もうダメだ──と思ったそのとき、後ろから張り上げる声が聞こえた。
「エルサ! しっかりしろよ! 何のためにその剣つくってもらったんだ!? 何のために実家に戻ったんだよ!!」
クリスさんの声だった。今さっきまでショックを受けていたはずなのに、そんなことも忘れたみたいに拳を掲げてエルサさんを応援している。
そっか。この中で言えば、一番エルサさんと付き合いが長いのはクリスさんなんだ。エルサさんの悩みを知っていたのもクリスさんだった。どれだけエルサさんが苦しんでいたか、きっとたくさん聞いてきたに違いない。
それでも。足が震えエルサさんは、ついに倒れ込んでしまった。クリスさんの声も止み、「負け」の空気が訓練場全体に広がっていく。
「……血が苦手なんですの? 前衛職としては致命的ですわね」
ぽつり、とマリーがつぶやく。バカにするような感じではない。ただ、当たり前の事実を述べたような口調。……だからこそ、腹が立つ。
「違う。マリー、そうじゃない」
みんなが私に視線を向けた。構わず私は話を続け、思ったことをエルサさんにぶつける。
「エルサさんが血が苦手なのは、優しすぎるから。それでも戦おうとするのは、心が強いから。……そうでしょ、エルサさん! エルサさんはずっと、誰もいないときからこのギルドを支えてくれた!! エルサさんなら大丈夫だよ!!! だから──立って!!」
ムチャぶりにもほどがあるかもしれない。エルサさんの気持ちなんてわかってないかもしれない。
だけど、エルサさんは私のギルドの剣士なんだ。
「ふふっ。サラちゃんのまっすぐな言葉は、いつも私を動かしてくれる、ね」
ふわりと風が吹いた気がした。強風ではなく、そよ風のような優しい風。倒れたはずのエルサさんは、床に手をつけるとゆっくりと体を起こしていく。
「あう! あう!!」
グレースも興奮しているのか、ピョンピョンと飛び跳ねている。
エルサさんは立ち上がった。足から出ている血を気にする様子もなく。
「ここから、行きます! ギルドを背負っているんだもの。……そう簡単に負けません!」