えっ……はっ? 今なんて──と、頭の中でクリスさんの言葉を反芻する。クリスさんは拳をギリギリと握りしめていた。
「親父──いや、レオン。……てめぇ、こんなところでなにやってやがんだよ!」
親父? やっぱり、クリスさん今ハッキリ親父って……。
「あら……お二人はまさかのお知り合いでしたの?」
みんなの視線がレオンと呼ばれたおっさんへ向く。白いローブに身を包み、そして白いハットを頭にかぶったおっさんの目は、クリスさんと同じ宝玉のような澄んだ緑色の瞳。
おっさんはハットを取ると、中から短く刈り上げたブロンドの髪が見えた。
「やっぱり。面影があると思ったら、クリス
「クリス……
「あぁ、そうだよ。僕の可愛い
渋い声なのに、ちゃん付けに天使、だと?。
「やめろその呼び方! 私はもう子どもじゃない!」
手を払って声を荒げるクリスさん。目が据わっていて怒りがこちらにも伝わってくる。
そう言えば、クリスさんのお父さんって……。
「そうか。随分と久しぶりだもんな。母さん──イリアムは元気かい?」
おい待て、おっさん。それは、クリスさんにとって最低な発言だ。
クリスさんは両手を握りしめるとプルプルと体を震わせていた。きっと、必死に怒りを抑え込もうとしているんだ。
「母さんはもうとっくにいない。死んだんだ」
「……死んだ──だって?」
驚愕の顔を浮かべるおっさん。だけどな、驚愕してるのはこっちだよ。
クリスさんのお母さんイリアムさんは、ずっと一人で酒場を切り盛りしていた。そして、うちのおじいちゃんみたいに突然倒れて亡くなってしまったんだ。
「──レオン。あんたが家を出てから、母さんはずっと働きっぱなしだった。でもずっと、あんたの帰りを待っていたんだ! それなのに──くそっ!」
クリスさんは顔も見たくない、とばかりに後ろを振り返った。金色の長い髪の毛が大きく揺れる。
「待ってくれクリスちゃん。僕の話を──」
「ちょっと黙っていてください!」
私は黙っていられなかった。父娘の問題だということはわかっている。だけど、こんなの口出しせずにはいられない。
おっさん──いや、クリスさんの父親は何も言えず、伸ばした手を引っ込めた。
「マリー、ギルド戦を始める前に少し準備をさせてくれ。動揺したまま始めるなんて、不本意だろ?」
マリーは髪の毛の毛先を指で遊ばせながら、ため息を吐く。
「……そうですわね。今の話、わたくしも驚いていますわ。確かにレオンはいろいろとおろそかになるところがありましたが、さすがにこれは──よろしければ、今からでもメンバーを変えましょうか?」
「いや、いい──」
クリスさんは後ろを向いたまま冷たい声で、でもきっぱりとそう言った。
「そうですか。では──レオン、わたくしたちも作戦会議を始めますわよ」
3人はマリーの元へ集まっていく。そして、私たちはクリスさんの元へ──。
「……クリスさん」
私の視線に気がついたのか、クリスさんは笑顔を見せる。……つらいって、どう見たって作り笑顔、なんだけど。
「大丈夫。戦えるよ」
「でも、クリス──」
心配そうに眉を下げるエルサさんは、言葉が浮かばないのか戸惑っていた。グレースも悲しげにうつむいている。誰もが何も言えない中、口を開いたのは悪魔チハヤ。
「クリスさん。お父様──レオンさんのジョブはわかりますか? あるいはどんな武器や魔法を使うのか、など」
「チハヤ! お前、こんなときに何言って──」
チハヤはじっと私の目を見つめる。
「こんなときだからこそです。気持ちはわかりますが、この先、ギルドの向かう先にどんな敵が出てくるかもわかりません。今はまだギルド戦という命は保障される戦いです。ですが、命の危険と隣り合わせの戦いのとき、肝心なのは気持ちの切り替えです」
「それでもなぁ……!」
納得はできない。チハヤの理屈はそうかもしれない。だけど、言ってみればこれは父娘の確執だ。心が割り切れねぇーだろ!
反論しようとする私の肩を、ポンとクリスさんが叩いた。
「サラ、大丈夫だって。私が何年一人でやってきたと思ってんの」
クリスさんは、ふぅと息をつくとチハヤに向き直る。空気が少し変わった気がした。
「親父のことはわからない。私が子どもの頃ふらっと出ていったきりだったから。……でも、親父は村にいたときに変な発明ばかりしていたな……?」
変な……発明?
「発明……なるほど、レオンさんは見た感じ前衛タイプではなさそうですが」
「そうだね。細身だしひ弱。イリアムの方がよっぽどしっかりしてるよ」
クリスさんの表情が少しずつ生き生きとしてきている気がする。余計なことは考えず、戦いに集中しているのかもしれない。──私だったら、わからない。もし、おじいちゃんが急に現れて敵として出てきたら、はたして戦おうなんて思えるのか。
でも、しょうがない。わかったよ、チハヤ。今は戦いに切り替えよう。
チハヤは考え込むように腕を組むと目を閉じた。
「……向こうのギルド員は剣士・ヤマトに、魔導具使い・フランチェスカ──こちらの戦力は──いや」
不意にチハヤは私に視線を送る。
「サラ様ならどうしますか?」
「どうって、なにがだよ」
「サラ様が向こうの立場なら我々に戦力をどうぶつけます?」
「私、なら……?」
そうだな。いっぱいギルド員がいるんでしょ? かーうらやましいって! 3人とか選び放題じゃん!
「だったら、とにかく強い順番だよね。それなら圧倒できるし、安心じゃん!」
「本当に……そうですか?」
意味深に間をたっぷり開けて聞いてくるチハヤ。なにを求めてるんだ?
「うーん、でもそう言われるとなんか面白くないよね。単純に力でねじ伏せるのは楽しくないじゃん! そう考えたら、同じような感じで組むかな? 強さはこっちの方が上だけど、ジョブが同じっていうか。でも全く同じじゃつまらないから、ちょっと変えて、みたいな?」
「それです」
「どれだよ?」
即答したチハヤに私は反射的に突っ込んでいた。
「おそらく、向こうも同じことを考えているはず。サラ様と向こうのギルド長は似ていますからね」
え~似てるか? あんなお金の力でなんでも解決してきたようなわがままお嬢様とどこが?
「ということで、本来はフランチェスカさんにクリスさんを当てる予定でしたが、この際変えましょう。フランチェスカさんにはグレースを。──そしてレオンさんにはクリスさんを当てます。どうですか?」
「ちょ──」
いくらなんでもそれは、と言おうと思ったらクリスさんが先に不敵な笑みで宣言した。
「いいね~わかった。あいつをボコボコにしてやる!」
拳を打ち鳴らすクリスさん。いや、だからそれは武闘派のやることなんですって!
「──そろそろ、よろしいかしら?」
しびれを切らしたのか、頃合いを見計らっていたのか、マリーが余裕たっぷりに聞いてくる。
「いいよ! やってやろうじゃねぇか!」
「オッケーだよ~!!」
「あうあう!!!」
み、みんないいのか? 本当に大丈夫!?
私だけついていけないまま、戦いが始まろうとしている──。