未開拓エリアに入った瞬間、魔物が襲いかかってきました。鳥型の魔物、エッジイーグルです。
私は手にカサブレードを出現させ、早速立ち向かうことにしました。ギラーボアよりは怖くなさそうなので、割と前向きな気持ちです。
「やー!」
両手でしっかりとカサブレードを握りしめ、振り上げます。そしてタイミングを図り、一気に振り下ろしました。
しかし、エッジイーグルはひらりと避わし、私のお腹に体当たりをしてきます。
飛行速度をそのまま威力に変えているので、とても痛いです。カサブレードで身体能力が底上げされているらしいですが、痛いものは痛いです。
「この前のギラーボアは見ててばっかりだったから、少しは協力してやるとするか」
マルファさんが前に出ると、片手を前へ突き出します。するとマルファさんの背後に、小さな魔力の弾がいくつか現れました。
「いけ、追いかけろ!」
魔力弾は高速でエッジイーグルを追いかけます。エッジイーグルも危険を察知し、回避行動に集中しましたが、やがて追いつかれ、撃ち落とされました。
続いてマルファさんが更に魔法を発動します。
「トドメだ! 風刃魔法!」
可視化出来るほど凝縮された風が三日月状の刃となり、エッジイーグルへ襲いかかります。一瞬小気味よい音がした後、エッジイーグルは胴体が真っ二つになりました。
「すごい……」
私は思わず感嘆の言葉を漏らしていました。私があれだけ苦労したエッジイーグルをああも簡単に倒してしまうなんて……!
つい私はマルファさんの手を握っていました。
「すごい! マルファさんすごいです! すごい魔法です!」
「! ば、ばかっ! 何いきなり手ぇ握るんだよ!」
「だってすごかったんですから!」
「そ、そりゃ良かったな……ふん」
マルファさんが顔を背けてしまいましたが、顔が赤くなっていたので、きっと照れ隠しなのでしょう。
それからの私達はすいすい進むことが出来ました。私がカサブレードで叩き、マルファさんが魔法を撃ち、エイリスさんが攻撃用魔具〈魔力剣〉で斬っていきます。私が魔物との戦いに慣れてきたのもあってか、連携もスムーズになったような気がします。
これならきっとすぐに目的地までたどり着けるはず! そう簡単に思ったのが間違いでした。
「何か音がしませんか?」
私の耳は、物音を捉えました。メイド業務で鍛えた聴力は間違いなく、私達以外の生物の可能性を示します。
耳を澄まし、方向を探ります。これは、後ろですね。
「後ろ……?」
なんと鹿型の魔物がこちらに向かって走ってきていました。
「やべぇ! 〈ランスディアー〉だ! 逃げるぞ!」
「そうだね。不意を突かれた状態なら相手が悪い」
「ランスディアーってなんですか!?」
マルファさんが手短に説明してくれました。鹿型の魔物〈ランスディアー〉は非常に凶暴な魔物のようで、獲物を見つけたら、突撃槍のような形状の角で貫き殺してしまうようです。
しかも一度走ると、何かを突き刺すまで絶対に止まらないようです。どんな攻撃を受けてもランスディアーは突撃を止めません。確実に止めるには、四本の脚全てを切断しなければならないとされます。
ランスディアーを倒したければ不意打ちで倒すのがセオリーのようです。
「まだ追ってくるぞ! エイリス、囮になれよ!」
「謹んで遠慮させていただこう! 君はまだまだ体力を持て余しているようだし、君が囮になってみてはどうかな」
「お断り! ならアメリア行け! アメリアはカサブレード持ってるし、何とかなるだろ!」
「無理ですよ~! なら三人で玉砕しましょうよ!」
「アメリア、君も中々過激なことを言うね……」
マルファさんの手のひらに氷の塊が生まれます。すると、マルファさんはその塊をランスディアーの前にポイと投げました。
「この氷魔法で転がりな!」
ランスディアーの進路が凍りつきます。急な出来事に、ランスディアーは方向転換することが出来ず、足を滑らせます。巨体の倒れる重い音が森の中に響き渡ります。
マルファさんは立ち止まり、ガッツポーズを決めました。
「っしゃ! やってやったぜ!」
「今のうちに逃げれるだけ逃げよう!」
「ひぃ~!」
ランスディアーが完全に見えなくなった距離まで逃げてきた私達はようやく立ち止まることが出来ました。
私は膝に手をつき、ぜーぜーと酸素を求めました。命がけの逃走だったので、身体の中の酸素が空っぽです。胸いっぱいに空気を吸い込み、ようやく私は落ち着くことが出来ました。
「し、死ぬかと思いました。皆さん大丈夫ですか?」
「もち」
「いい汗をかけたよ」
「それは良かったです。……ちなみにここってどこなんでしょうか?」
私は必死で逃げていたので、どうやってここまで来たのか覚えていません。で、ですが大丈夫なはず。きっとこの二人が覚えていてくれて――!
「わかんねー。迷ったなこりゃ」
「うん、これは迷ったというやつだね。でもまぁ元より迷子のようなものじゃないか、アッハッハッハ」
「二人が冷静すぎて、私がおかしいのかなと思い始めました」
もう終わりです。私達は永遠にこの森から出ることは出来ないんです。いつしか動けなくなって、この森の養分になる……。想像しただけで泣きそうになってきました。
「なんで泣きそうなんだよアメリア」
「だ、だっでぇ……みんなごごがどこが分からないんじゃ帰りようもないじゃないでずがぁ」
「大丈夫だって、なんとかなるって。とりあえずは予定通り伝説の古魔具とやらを探そうぜ」
「そうだよ! そうじゃなければここまで来た意味がない!」
エイリスさんとマルファさんのこの前向きさがひたすら羨ましいです。メイドである私はこういう場所とは縁がないので、不安で仕方がないというのに。
すると、エイリスさんは懐から未知の物体を取り出しました。
「そろそろとっておきの魔具を使ってみるとするか」
L字型の棒が二本です。一体何に使うのか、皆目見当がつきません。マルファさんも同じ意見のようで、黙って見ていました。
「何だよその妙ちくりんな棒は」
「妙ちくりんとは失敬な! これはボクが最も愛用している魔具だよ!」
「魔具ぅ……? それがか?」
「見れば分かるだろう! アメリア、君には分かるだろう? この洗練された機能美と秘めたる力が……!」
「ごめんなさい、全く分かりません」
私は答えるとき、死んだ眼になっていなかったでしょうか。それだけが心配です。