私とマルファさんが遠い目をしている中、エイリスさんは自信満々に説明を始めます。
「これは魔具が放つ特有の魔力波を検知する魔具でね。L字の短い方をこうやって両手で持ってね、魔力波を検知したら自然と動くんだよ。あとはその反応があった方向へ進んでいくと、魔具に辿り着くって寸法さ!」
「アメリア、こりゃ駄目そうだ」
「はい……私達はもう駄目です」
「話を聞いてくれたまえ! 君達、この魔具の性能を信じていないね!?」
「だってそりゃあ……なぁ」
「ごめんなさいエイリスさん。擁護をしたいのは山々なんですが……」
エイリスさんはきっと、色々な経験をしてきたから私達に対して、自信満々にプレゼン出来ると思うのですよ。ですが、まだ私達は魔具に対しての認識が不足しているようです。二本の棒に運命を託せるかどうかはまた別問題なのでした。
「二人ともだいぶ疑っているね? けど任せて欲しい。ボクはなんどこれで窮地を乗り越えてきたか分からない。今回も一定以上の成果は約束できると思う。だから頼む、ボクを信じて欲しい」
エイリスさんは頭を下げました。それには私とマルファさんもびっくりです。
「何やってんだよ! 頭上げろエイリス! わーったよ! 信じる! 信じるから!」
「エイリスさんごめんなさい! そこまでしてもらったら、私もマルファさんも信じます! よろしくお願いします!」
エイリスさんはいい意味でプライドがありません。自分というより、全体が良き方向に向かうならば、いくらでも頭を下げられる人だと思っています。その認識は正しくて、今まさにエイリスさんは頭を下げています。その意味を知らぬほど、私達はエイリスさんのことを疑っている訳ではありません。
「ありがとう二人とも。必ずや一定の成果を挙げてみせるよ」
エイリスさんは魔具を手に、神経を研ぎ澄ませていました。右へ向けばシーンとし、左を向けばくるくると棒が回ります。
私とマルファさんは互いに顔を寄せます。
「良いかアメリア。こっから先はお互い文句なしだ。わたし達はエイリスに賭けた。そっから何が起こってもわたし達のせい。良いな?」
「良いです。私はエイリスさんを信じきれていませんでした。だからとことん信じてみせます」
「へっ、よく言ったな」
するとマルファさんが少し言いづらそうに言葉を続けました。
「その、あのときは本当に悪かったな。最初の時、騙すような真似して。お前がこんなに根性あるやつだとは思わなかったわ」
あのとき、というとマルファさんが魔法を使って私からお金を巻き上げようとしたあの時しかありません。
私はどうしようかと悩みました。怒り狂ってもいいでしょう。嘆いてもいいでしょう。だけどそれで私は気分が晴れるのでしょうか? 否、そんなことにはなりません。メイド時代は常に相手の言葉は信じてこなす。それだけでした。
ですが、今はメイドであり冒険者の身分です。冒険者は常にリスクと隣り合わせの仕事です。そんな仕事に就いて知らなかったはありえません。これから知っていくしかないのです。
自戒の意味を込めて、私はこう返しました。
「良いですよ。酷い貴族様の所へ勤めていた頃を思い出しましたから」
「酷い貴族様?」
「はい。言葉の裏の裏を読めなかったら
正直、マルファさんがしたことと、以前の勤め先のことを考えたら、そこまで気分は悪くありませんでした。
知らなかったのなら、知っていけば良いのです。人生日々勉強なのですから。
「待ってくれアメリア。それは名前を出せるところかい?」
エイリスさんが何故か悲しそうに聞いてきました。
ですが答えは決まっています。
「ごめんなさい、出せません」
「それは何故だい? 義理立てかい?」
「いいえ。そういうのではありません。その職場で知ったことは決して口にしない。それが私のメイド道です」
答えは一切の無言。それだけです。だってそうじゃないですか。私は私という個人はおいておいて、その貴族の家の歯車として求められた人間です。歯車は色々知ることがありますが、その情報を口にしてしまえば、もはやメイドでありません。
私は私なりのこだわりを持たせてもらっています。たとえエイリスさんでも、マルファさんでも、よほどのことがなければ口にはしません。
そんな私のちっぽけな覚悟を認めてくれたのか、エイリスさんは小さく頷きました。
「そういうことだったか。アメリア、無礼を許してくれ。だけどボクはアメリアのようなメイドが虐げられているというのは、少し我慢が出来なかっただけだけだよ」
「エイリスさんからそう言われると不思議で、なんだか報われたような気がします」
私の言葉に嘘はありません。エイリスさんはどうしてこう、神々しい言葉というか、いままでやっていて良かったと思わせるような言葉を投げかけてくれるのでしょうか。
本当に冒険者なのでしょうか? ここまで人に寄り添った言葉を投げかけてくれる方は中々いません。
「そ、そうかい……? ボクみたいな奴の言葉でそう思ってくれるのなら、
「私はエイリスさんのこと、好きですよ?」
「うっ……! いま、君の言葉が眩しかったよ」
「まっ眩しかったですか?」
「でも心地が良かった。これからもそういう言葉をもらえれば、ボクはもう少し頑張れるだろうなって」
その言葉を受けて、マルファさんが鼻を鳴らしました。
「エイリスってやっぱり妙なやつだよな」
マルファさんの言葉に、エイリスさんはやや強気に口を返しました。
「そ、それっどういう意味だい? ボクが世間知らずのお嬢様だって言いたいのかな?」
「誰も、んなこと言ってねーよ。落ち着け」
「だったら何故そんなことを言うんだい?」
「基本魔具オタクなくせに、そういう細かいことに関して、みょ~に神経質っていうか、そんな気がしただけだよ。それ以上でも、それ以下でもねー」
マルファさんは至極、冷静に言いました。