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第114話 知能ある魔物 3(マルファ視点)

『う、おおお!』


 発光器官が破壊された途端、キラーラビットが苦しみだした。

 胸を貫かれた痛み、というよりはもっと違う何かに見えた。


『いや、だ。いやだいやだいやだ! 私はまた戻るのかい!? 誰かに狩られるのを嫌がり、隠れて、怯えていなければならないあの日にまた戻るのかい!? いやだ!』

「……誰だってそんなもん嫌だよ。わたしだって嫌だわ」

『助けて、助けてくれ……』

「ちなみに人を殺したことは? その姿になる前もカウントしろよ」


 キラーラビットはどんどん人の形から、元の四足歩行に戻ろうとしている。

 そんな中、わたしはちょっぴりの情けをかけた。


『そんなもの、数えられるわけないじゃないか』

「そうかい。じゃあお前を見過ごすわけにはいかないな」


 もしも四足歩行状態含めて、一人も殺していなかったら。そうすればこのまま見逃してやることも考えた。

 けど、殺しているのなら話は別だ。

 殺しているのなら、こういうことも覚悟しなければならない。それは魔物の世界でも同じことだろうさ。


『ひどいよ! ちょっと殺しただけなのに! 私がキラーラビットだからかい!?』

「ちげーよ。お前が誰かを殺したからだよ。だから、死ね」


 魔力による砲撃の音が、その場で鳴り響いた。



 ◆ ◆ ◆



『うぅ……ひどい。私はもう生きられない。致命傷だ』


 わたしの前で、キラーラビットが倒れていた。

 呼吸が浅くなっている。二度と立ち上がることはないだろう。


「会話をした縁だ。遺言くらいは聞いてやるよ」

『もっと人間を食いたかったなぁ。その辺の動物も美味だが、やはり人間は格別だったな、と死ぬ間際に思ったよ』

「クソみてーな遺言をどうも。おかげで、お前を殺すことに何の罪悪感もわかねーや」

『なぁ君、最後に腕を一本食べさせてもらえないかな?』


 気づけばわたしはキラーラビットの顔面に火球の魔法をぶち込んでいた。

 ここまで会話に値しねーとは思わなかったな。もう一発追い打ちかけても許されそうだ。


『あぁ……故郷の仲間を思い出すなぁ。最後に、彼らと会えればどんなに良かったか』

「……キラーラビットの仲間か?」


 仲間、という単語についわたしは会話を続けてしまった。

 こんな畜生、さっさと殺しちまえば良いのに。

 勝敗がついている余裕なのだろう。


『あぁ、知っているかどうかは分からないが、私達は群れで動く。何体かが対象の行動力を奪い、その間に喉笛を嚙み切るのだ』

「……まぁ、やっていることはわたしらも変わりねーか」

『群れは相性が良いもの同士しか集まらないんだ。一体でも悪意持つ個体がいれば大変さ。最悪、仲間と思っていた個体から食われてしまう』

「ろくでもねーな」

『まぁ、そう言わないでほしい。そうして壁を乗り越えた者たちが結束し、群れとなるんだ』

「ふーん」

『だから最後に会えれば良かったな。最高の群れ、最高の仲間……』


 死にゆく命だからか、言葉が通じるからなのか、どうにも同情してしまう。

 だからつい、わたしはこんな提案をしてしまった。


「その仲間の特徴ってどんなのだ? 絶対敵だろーが、もし出くわしたら一言くらいは伝言しといてやるよ」

『ふふ、それに関しては心配無用だ』


 どういうことだろうか。重ねて問いかけると、キラーラビットはこう言った。



『だって、今までの話はぜーんぶ嘘だからね! どう? 騙された? ねえ騙された? なーに人間が生意気に同情してるんだよ! キラーラビットは群れなんか作りませ~ん! 単独で行動してるんで~す! やーい! 引っかかった!』



 わたしが我に返ったのは、炎柱えんちゅうの魔法で、キラーラビットを焼却し終えたあたりだった。


「なんっっっなんだよあのド畜生がぁぁぁ!」


 最後の最後におちょくられた。

 こんな屈辱があるか? いいや、ないね。

 わたしはしばらくの間、地団駄を踏んでいた。



 ◆ ◆ ◆



「流石マルファさんですね! ありがとうございました!」


 依頼を持ってきた女性職員はニコニコしていた。あれだけ手こずっていた案件が片付いたからだろう。


「あぁ……ありがとうございます」

「? どうしたんですか? なんだかテンションが下がっているようですが……。キラーラビットと戦った際、何かありましたか?」

「何かあったと言えばあったし、なかったと言えばなかったし……ってところだな」

「えと、それはどういう……?」

「……すいません。簡単に報告書作ったから、あとはそれを読んでください……」


 あのキラーラビットのことを説明するには、いささか体力と精神力が足りなかった。

 もはや口で説明するのも億劫だったので、わたしは女性職員に押し付けるように簡単な報告書を手渡した。

 変わりに報酬と、冒険者ギルドからの追加報酬心遣いを受け取り、わたしはいつもの席に座った。


「おい見ろよ。かなりもらったぜ――っと」


 わたしは無意識にひとり言を喋っていたことに赤面した。何をやっているんだ、わたしは。この席には誰もいないじゃないか。


 ……あぁ、そういうことなんだな。


 アメリア、エイリス。やっぱりわたしにはあいつらといる時間が好きだったんだな。

 次の瞬間、バンと冒険者ギルドの扉が開け放たれた。


「マルファ!」

「うお!? エイリス!?」


 イーリス王女もといエイリスが飛び込んできた。

 その表情はなんだか暗いものだった。


「どうしたんだよいったい。まるで緊急事態じゃねーか」

「緊急事態だよ。他でもないアメリアの件だ」


 アメリア。

 わたしは胸がざわつくのを感じた。

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