『う、おおお!』
発光器官が破壊された途端、キラーラビットが苦しみだした。
胸を貫かれた痛み、というよりはもっと違う何かに見えた。
『いや、だ。いやだいやだいやだ! 私はまた戻るのかい!? 誰かに狩られるのを嫌がり、隠れて、怯えていなければならないあの日にまた戻るのかい!? いやだ!』
「……誰だってそんなもん嫌だよ。わたしだって嫌だわ」
『助けて、助けてくれ……』
「ちなみに人を殺したことは? その姿になる前もカウントしろよ」
キラーラビットはどんどん人の形から、元の四足歩行に戻ろうとしている。
そんな中、わたしはちょっぴりの情けをかけた。
『そんなもの、数えられるわけないじゃないか』
「そうかい。じゃあお前を見過ごすわけにはいかないな」
もしも四足歩行状態含めて、一人も殺していなかったら。そうすればこのまま見逃してやることも考えた。
けど、殺しているのなら話は別だ。
殺しているのなら、こういうことも覚悟しなければならない。それは魔物の世界でも同じことだろうさ。
『ひどいよ! ちょっと殺しただけなのに! 私がキラーラビットだからかい!?』
「ちげーよ。お前が誰かを殺したからだよ。だから、死ね」
魔力による砲撃の音が、その場で鳴り響いた。
◆ ◆ ◆
『うぅ……ひどい。私はもう生きられない。致命傷だ』
わたしの前で、キラーラビットが倒れていた。
呼吸が浅くなっている。二度と立ち上がることはないだろう。
「会話をした縁だ。遺言くらいは聞いてやるよ」
『もっと人間を食いたかったなぁ。その辺の動物も美味だが、やはり人間は格別だったな、と死ぬ間際に思ったよ』
「クソみてーな遺言をどうも。おかげで、お前を殺すことに何の罪悪感もわかねーや」
『なぁ君、最後に腕を一本食べさせてもらえないかな?』
気づけばわたしはキラーラビットの顔面に火球の魔法をぶち込んでいた。
ここまで会話に値しねーとは思わなかったな。もう一発追い打ちかけても許されそうだ。
『あぁ……故郷の仲間を思い出すなぁ。最後に、彼らと会えればどんなに良かったか』
「……キラーラビットの仲間か?」
仲間、という単語についわたしは会話を続けてしまった。
こんな畜生、さっさと殺しちまえば良いのに。
勝敗がついている余裕なのだろう。
『あぁ、知っているかどうかは分からないが、私達は群れで動く。何体かが対象の行動力を奪い、その間に喉笛を嚙み切るのだ』
「……まぁ、やっていることはわたしらも変わりねーか」
『群れは相性が良いもの同士しか集まらないんだ。一体でも悪意持つ個体がいれば大変さ。最悪、仲間と思っていた個体から食われてしまう』
「ろくでもねーな」
『まぁ、そう言わないでほしい。そうして壁を乗り越えた者たちが結束し、群れとなるんだ』
「ふーん」
『だから最後に会えれば良かったな。最高の群れ、最高の仲間……』
死にゆく命だからか、言葉が通じるからなのか、どうにも同情してしまう。
だからつい、わたしはこんな提案をしてしまった。
「その仲間の特徴ってどんなのだ? 絶対敵だろーが、もし出くわしたら一言くらいは伝言しといてやるよ」
『ふふ、それに関しては心配無用だ』
どういうことだろうか。重ねて問いかけると、キラーラビットはこう言った。
『だって、今までの話はぜーんぶ嘘だからね! どう? 騙された? ねえ騙された? なーに人間が生意気に同情してるんだよ! キラーラビットは群れなんか作りませ~ん! 単独で行動してるんで~す! やーい! 引っかかった!』
わたしが我に返ったのは、
「なんっっっなんだよあのド畜生がぁぁぁ!」
最後の最後におちょくられた。
こんな屈辱があるか? いいや、ないね。
わたしはしばらくの間、地団駄を踏んでいた。
◆ ◆ ◆
「流石マルファさんですね! ありがとうございました!」
依頼を持ってきた女性職員はニコニコしていた。あれだけ手こずっていた案件が片付いたからだろう。
「あぁ……ありがとうございます」
「? どうしたんですか? なんだかテンションが下がっているようですが……。キラーラビットと戦った際、何かありましたか?」
「何かあったと言えばあったし、なかったと言えばなかったし……ってところだな」
「えと、それはどういう……?」
「……すいません。簡単に報告書作ったから、あとはそれを読んでください……」
あのキラーラビットのことを説明するには、いささか体力と精神力が足りなかった。
もはや口で説明するのも億劫だったので、わたしは女性職員に押し付けるように簡単な報告書を手渡した。
変わりに報酬と、冒険者ギルドからの
「おい見ろよ。かなりもらったぜ――っと」
わたしは無意識にひとり言を喋っていたことに赤面した。何をやっているんだ、わたしは。この席には誰もいないじゃないか。
……あぁ、そういうことなんだな。
アメリア、エイリス。やっぱりわたしにはあいつらといる時間が好きだったんだな。
次の瞬間、バンと冒険者ギルドの扉が開け放たれた。
「マルファ!」
「うお!? エイリス!?」
イーリス王女もといエイリスが飛び込んできた。
その表情はなんだか暗いものだった。
「どうしたんだよいったい。まるで緊急事態じゃねーか」
「緊急事態だよ。他でもないアメリアの件だ」
アメリア。
わたしは胸がざわつくのを感じた。